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番外編 メイドたちの日常

おまけの番外編その2です。

メイドのミミとジャスミン視点のお話。

「ミミ、そろそろ仕事は終わったかしら」

「はーい! ジャスミンさんの方ももういいんですか?」

「ええ。じゃあ、行きましょうか」

 

 ここは交通要衝の地、リバーウォークにある犬公爵の城。

 ショートヘアのメイド・ミミと、黒い髪を結っているメイド・ジャスミンは、館内の仕事を終えて集合していた。

 二人はこれから、北にある魔犬専用の食料庫へと向かうのだ。


「ギルドの人、今日来てたらしいですね」

「そう。どんな死体を置いていったのかしら」


 北の倉庫へは定期的に、冒険者ギルドから魔物・魔獣の死体が搬入されている。

 毛皮や爪など、使えそうな素材はギルドによってあらかじめはぎ取られ、残りの部分がここに回されるのだ。

 ミミとジャスミンはそれらの死肉を魔犬たちが食べやすいように解体したり、厩舎へ運んだりする仕事をしていた。


 倉庫の扉を開けると、死体の異様な臭いが漂う。

 分厚い土壁のおかげで中はひんやりとしているが、一日以上死肉を置いておくことはできない。早めの処置が必要だった。

 奥には鮮やかな色をした、太い丸太のような何かが置いてある。


「うえー。これ、蛇ですかね? 虹色だ!」

「あらかた鱗ははがされてるみたいだけど、地肌もこんなに色がカラフルなのね」


 それは大蛇の死体だった。

 ところどころ、はがしきれていない硬質な鱗が残っている。

 体表は毒々しい色をしているが、こういうのは意外と皮をはぐとそうでもないことが多い。ミミとジャスミンは倉庫の壁にかけてあった大きな鉈を外すと、死体に向かってそれを容赦なく振り下ろした。


「毒、ないんですよね、これ?」

「そうね。一応ギルドの方で毒の有無については確認してもらっているけど」

「どうみてもありそうですー!」

「大丈夫よ。以前これに近いものを御犬様たちに与えたけどなんともなかったもの。だから多少の毒があっても平気よ」


 ミミとジャスミンはすぱすぱと肉から皮をはいでいく。

 この鉈は魔法が付与されていて、ゼリーを切るように簡単に肉が切れるのだ。


「そうなんですか? ならいいんですけど。ってか、もしあったら私たちもやばいんですよね?」

「ええ。もし万が一、毒があったら――こうしてさばいてる間に、肌がただれてるわね」


 すぱすぱっと骨も断つと、大蛇の胴体は七つに分かれる。

 ミミとジャスミンは鉈をしまうと、今度は魔法が付与された皮手袋をはめた。これも魔法が付与されたもので、重いものを持っても羽のように軽く感じられる。

 蛇の死肉は、つぎつぎと大きな籠台車の中に放り込まれた。


「よし、じゃあさっさと御犬様たちのところに持っていきますかー!」


 ミミが籠台車の取っ手に触れると、台車はふわりと地面から十センチほどの高さに浮いた。

 これも魔法が付与されているもので、触れると勝手に浮くようになっている。

 そのまま外に出て、二人は館の裏庭に向かった。


 魔犬の厩舎がある場所まで来ると、銀色の髪をなびかせた娘が二人を見つけて駆け寄ってくる。


「あ、ミミさん、ジャスミンさーん! お疲れ様です!」


 今は昼食前の時間だ。

 すべての魔犬たちは朝の巡回から戻ってきて、裏庭のいたるところでくつろいでいた。


 当然この娘も、公爵(と魔犬のどれか)との巡回さんぽから帰ってきていた。


 最近この城で働きはじめた新人は、なぜか雇用主であるギルフォードに気に入られている。

 毎日一度は、ギルフォードと共に魔犬の巡回に同行しているのだ。

 厩舎長のパトリックがいうには、彼女はフェンリルの加護を受けた「愛し子」であるという。

 だから、ギルフォードにも勧誘スカウトされ、魔犬たちからもなつかれているのだとか。


 ジャスミンはそんな新人に淡々と業務内容を告げた。


「レイラ、御犬様たちのお食事をお持ちしたわ。これから各小屋前に配膳していくのだけど……あなたにも手伝ってもらえるかしら」

「はい! もちろんです!」


 ジャスミンはそう言ってつけていた皮手袋をレイラに渡すと、自分は籠台車を動す役に回った。

 大蛇の死肉はぜんぶで七つある。

 それをミミとレイラが手分けして配っていく。


 魔犬たちはみな、目の前の肉を興奮した面持ちで見つめていた。


『わっ、ナニコレ! 珍しいお肉~~~』

『これは、なんだか蛇っぽいわ』

『朝はスライムだけだったから助かるぜ……』

『そうですね。スライムはあまりお腹にたまりませんし』

『美味しそー』

『わたくしはもう少し小分けにしていただきたかったですわ。食べずらいじゃありませんの』

『そうか? がっつり噛みつけるし、喰いごたえがあるじゃねえか』


 正午の鐘が鳴る。

 それを合図にいっせいに魔犬たちが食事にかぶりつく。


『うわ~~~美味しいっ!』

『絶品ね』

『いい魔力量だ……』

『うーむ。これはこれでなかなか』

『まあまあねー』

『フン、仕方がないから食べてあげますわ』

『素直じゃないねえ。っと、おかわりはねえのかよ?』


 あっという間に食べ終わったのを見て、レイラとミミは満足げにうなづき合う。


「配膳、終わりましたー!」

「こちらも終わりました。ジャスミンさん、皮手袋ありがとうございました!」


 ジャスミンのところに二人が戻ってきた。

 レイラが皮手袋を元の持ち主に返す。ジャスミンは「お疲れ様」と二人をねぎらった。


「じゃ、私たちも食事にしましょうか。ああ、その前に。回収した魔石はあるかしら?」

「はい、六個ほど。今持ってきます」


 レイラが踵を返して、厩務員専用の小屋へと向かう。

 扉を開けようとすると、中からちょうど厩舎長のパトリックが出てきた。


「ほれ、これじゃろレイラ。持っていけ」

「ありがとうございます。パトリックさん!」


 時刻から察して、パトリックがあらかじめ用意してくれていたようだ。

 小さな皮袋を受け取ると、レイラはそれをジャスミンにまた持ってくる。


「はい、こちらです」

「ありがとう」

「それと……ちょっとお二人にお聞きしたいことがあるんですけど」

「ん? なにかしら?」

「なんですかー?」


 珍しい問いかけに、ジャスミンとミミは首をかしげる。

 レイラは言いづらそうに言った。


「あの、お二人は……御犬様たちの声って聞こえますか?」

「は?」

「声? どういう、ことですか?」


 やっぱり聞こえないんですね、と残念そうにレイラがつぶやく。

 そこに、パトリックがあわてた調子でやってきた。


「ちょ、ちょっと待て。今なんと言ったんじゃ、レイラ!」

「えっ、ですから……御犬様たちの声が聞こえますかとお二人に」

「本当か? 本当に、お前さんには聞こえるのか。なあ、どうなんじゃレイラ!」

「わ、お、おぁ……」


 ガクガクと両肩を揺さぶられて、レイラは目を回す。

 それを、ジャスミンが冷静に止めた。


「パトリックさん、そろそろその辺で。声がどうかしたのですか?」

「あ、ああ、すまん。御犬様たちの『声』が聞こえるというのはな、とても大変なことなんじゃよ……かの初代犬公爵様が成し遂げられていたという御業でな。先代様もギルフォード様も、『声』を聞くことはできておらん。これは……わしは聞かなかったことにしておいたほうがいいかのう」

「え、す、すごいじゃないですか! ギルフォード様もできないことを? この子が?」


 ミミが目を丸くしている。

 ジャスミンは眉間を強く揉んだ。


「ええと……レイラ? ちなみにそれはどのように聞こえているのかしら」

「はい。ええと、最初はワンワンって鳴き声しか聞こえなかったんです。でも何日もお世話をしているうちに、こんなこと思ってるんだろうな、こんな会話をお互いにしてるんだろうなって思うようになってきて……。今でははっきりと声が聞こえるんです。でも、さすがにわたしから話しかけたら、御犬様たちもびっくりするだろうなと思って、話しかけたりはせず、今は聞いてるだけにしています」

「な、なんと……」

「マジですか……」

「はあ……」


 パトリック、ミミ、ジャスミンは唖然とした。

 これをギルフォードが聞いたらどう思うだろう。ミミもジャスミンも聞かなかったことにしたかった。


「ゴホン。あー、レイラ、そのことはお前さんから直接ギルフォード様にお伝えしたほうがいい事柄じゃと思う。それまではわしらの他には話さない方がよいじゃろう」

「え……そ、そうなんですか? はい、なら、そうしておきます」

「うん。私もそう思います」

「私もその方がいいと思うわ」


 みなはうなづき合うと、それぞれに散っていった。

 パトリック、レイラは従者用の食堂に。

 残されたミミとジャスミンは籠台車や皮手袋を北の食料庫に戻しにいく。


「あの、ジャスミンさん?」

「なにかしら、ミミ」

「あの子……思ったよりやばいですね」

「ええ、そうね」


 ミミとジャスミンは北の食糧庫の扉を開ける。

 そして、自らの主の立場をいま一度案じたのだった。

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