番外編 魔犬たちの日常
おまけの番外編を書きました。
魔犬たち視点のお話。
ここは街道と大河が接している街・リバーウォーク。
その中心には小高い丘があり、「犬公爵」と呼ばれる領主の城があった。
城内にはいくつかの館があったが、他は一面の芝生に覆われていた。そこを、犬公爵が使役する魔犬たちがのびのびと走り回っている。
『待ってよ、スノウ~~~!』
『ふふふ。遅いわよ、アレックス!』
黒い毛並みの魔犬・アレックスが、白い毛並みの魔犬・スノウを必死で追いかけている。
スノウはアレックスより体も大きく、また走るのも速かった。
あっという間に引き離されたアレックスは情けない鳴き声をあげる。
『わーん。スノウのいじわる~~~! スノウの方が強いんだから、全力を出したら追いつけないに決まってるのに~~~』
『なによ、これくらいで。そんなことでご主人様とこの街を守れるっていうの?』
『そ、そうだけど~~~!』
アレックスは文句を言いながらも走り続けていたが、ふと前方に別の魔犬を見つけた。
それはこげ茶色の毛並みの魔犬で、ダンと呼ばれていた。
ダンは余裕たっぷりだったスノウの行く手に立ちふさがり、ワンとひと吠えする。
『び、びっくりした! なによ、ダンじゃない。朝の巡回はもう終わったの?』
『ああ、ちょいと北の商店街に盗人が出てな。追いかけてたら遅くなっちまった……』
『捕まえたの?』
『モチロン。俺を誰だと思ってる?』
自信満々なダンと、スノウは急に見つめ合う。
そんな二頭のところにアレックスが猛然と突っ込んできた。
『ス、ノ、ウ~~~、隙アリっ! つ~かまえたっ!』
『きゃっ!』
どすんっとスノウの背中に飛び掛かり、驚かせてしまうアレックス。
満足げにしていると、ダンにギロリとにらまれた。
『おい、小僧……』
『わっ、な、なに? ダン』
『お前、いい加減にしろよ。スノウがお前に合わせてやってたに決まってるだろうが。新人のくせにあんまり調子に乗ってると……』
『まあまあダンさん、いいじゃありませんか』
ダンから圧をかけられ、ブルブルとしっぽを丸めていたアレックスの元に、さらに別の魔犬がやってくる。
丁寧な言葉で話しかけてきたのは、先代の領主の頃からこの城にいるテールという魔犬だった。薄茶色の毛並みで、箒のように長いしっぽを持っている。
テールはアレックスににこりと微笑んだ。
『アレックス君もです。ダンさんがこんなことを言っているからといって、遠慮することはありませんよ。力の差や年季の差はあれど、我らは皆同じ、ご主人様の統治するリバーウォークを守る番犬。そこに上下の差はないのです。いつでも力比べをしたり、切磋琢磨すべき間柄。あなたはまだ若い。元気があるくらいがちょうどいいんです』
『テール! あ、ありがと~~~!』
『そうよー。もしスノウで物足りなくなったら、アタシとやりあったっていいんだからー』
『シトラス……!』
さらに別の場所からやってきたのは、クリーム色の毛並みにオレンジ色の瞳をしたシトラスという魔犬だった。
シトラスは前足の爪をこれ見よがしに掲げて、ニヤリと笑う。
ダンは苦い顔をした。
『シトラス、お前はすぐに戦闘で熱くなるからダメだ。こいつが間違って怪我でもしたらどうする?』
ダンがすかさずそう言うと、シトラスはニヤニヤしはじめた。
『あらー? あらあら? なんだかとっても心配してあげちゃってるじゃなーい? 実はダンってめちゃくちゃ面倒見良かったり?』
『んなわけねえだろ!』
『どーかしらー? 別に否定しなくってもいいんじゃない? いい先輩じゃないのー』
『シトラス……覚悟はできてんだろうな!』
ガウッと吠えると、ダンがいきなりシトラスに飛び掛かる。
それを華麗に避けるシトラス。
避けながら後ろ足を延ばし、ダンの肩に一撃を入れる。わずかにうめいて、ダンがさらに飛び掛かる。ひらり、ひらり、避けながら、シトラスの目には徐々に歓喜の色が宿っていく。
「みなさーん、何してるんですかー?」
そんなとき、とある人間の女の声が聞こえてきた。
その場にいた五頭はみな、ハッとして動きを止める。
『あいつが来たわねー』
『そうだな……』
『ほら、みなさん。遊びはそこまでにして挨拶に行きましょう』
『そうね。アレックスも行くでしょ?』
『うん、行く~~~!』
しぶしぶ、といった様子でシトラスとダンが。
さも当然であるとのそぶりでテールが。
楽しみな気持ちを思いっきり外に出してスノウとアレックスが。その人間の元へ向かった。
人間は、最近この城にやってきたレイラ・マスティフという娘だった。
それまで魔犬たちのお世話は、厩舎長のパトリックと、兵士たちと、メイドの二人くらいしかいなかった。しかしこの娘は突然、厩務員となって魔犬の厩舎で働き出したのだ。
普通は魔犬の恐ろしさにすぐ逃げ出したくなるものだ。
魔犬たちもみな、すぐにまたいなくなるだろうと思っていた。
しかし、このレイラという娘は妙だった。
まず、まったく魔犬たちを怖がらないのだ。
それどころか妙な威厳を持っている始末。
この雰囲気は、魔犬たちの主である、犬公爵ギルフォードからかけられる使役の魔法の効果ともまた違っていた。
ただそこに強大な魔狼がいるような存在感があるのだ。
魔犬たちは困惑した。
しかし、当のレイラが好意を全開にして近づいてくるので、警戒したくてもできず、それどころか撫でられると無条件に幸福感を得てしまうので、たちが悪かった。
シトラス、ダン、スノウ、アレックスは、一番の古株テールに相談した。
『レイラという娘に従順になるのは、ご主人様がよく思わないかもしれませんね。ですが、私の見立てでは、ご主人様もレイラに甘くなっている節があります。ですので成り行きに任せてもいいのではないでしょうか。というか、私はあの娘にもっと撫でられたいです!』
テールが言うならと、他の魔犬もそれにならうことにした。
結果は上々。しばらく主人からは何も言われなかった。
魔犬たちはほっとした。
しかし、アレックスの巡回訓練の仕上げが行われた日。
ギルフォードの目の前で、魔犬たちはうっかりレイラに甘えまくってしまった。その時は、さすがに強く釘をさされた。「隠れてレイラに甘えるのはいい、しかし主人の目の前でもそれをしたら許さない」と。
さらにはなぜ、魔犬たちがレイラに対して従順になってしまうかの説明もされた。
それはレイラが「フェンリル」の加護を受けた愛し子だったからだという。
五匹の魔犬たちがレイラに順番に撫でられているのを、別の二匹が遠くから眺めていた。
それは灰色の毛並みのファングと、赤い毛並みのルビーだ。
『ねえ、ファング? あなた、あの娘に撫でられに行きませんの?』
『バカ言え。アイツから来るならまだしも、俺様から行くかよ』
横目で聞いてくるルビーに、不愉快そうに答えるファング。
『ふふ。強がっちゃって』
『お前こそ、行かないのか?』
『ええ。人間に媚びを売るのはご主人様一人で十分。わたくし、ああいう快楽に興味ありませんもの』
『へえ。俺様もだぜ。俺の爪も牙も、この鋼の毛並みも、全部敵と戦うためにあるんだ。無駄に触らせるわけにはいかねえよ』
『同感』
フッと鼻で笑い合い、無様な他の五匹を見つめていると、ふとレイラが二頭の方を向いた。
二頭は思わずビクッとなる。
「あっ、ルビー様。ファング様!」
笑顔で駆け寄ってくる人間の娘。
その空色の瞳に見つめられると、二頭は自然と体から力が抜けていく。
『ああっ、ダメ……ファング、あの娘を遠ざけて頂戴!』
『む、無理だ! あいつに見つめられると……しかも近づかれるともうどうしようもねえ! くそっ。だから離れたところにいたってのによ!』
レイラが二頭の元に到着しにっこり笑顔を見せると、二頭はしぶしぶ鼻先を差し出した。
そして丹念に首下を撫でられる。
『あああああ……く、悔しいぃぃ! でも幸せ!』
『くそったれ! ああ、くそったれがあああ!! きゅーん……』
二頭は、もだえながらも大きなしっぽをぶんぶんと振った。
レイラは今日も、御犬様たちはみんな可愛いなあと思うのだった。
あと何話か、他キャラ視点のお話を追加したいと思います。