1 産まれた村でのこと
「あああっ……どうして、どうして……!」
そう言って泣き崩れる母親を、幼いレイラは部屋のすみから黙って見守ることしかできなかった。
母親は震える手で茶色い小包を抱えている。
それを持ってきた軍人はもういない。しかし、とても妙なことを言っていた。
「アレックス・マスティフは、コッペ平原にて殉職した。これはその遺髪と遺品だ」
イハツ? イヒン?
それらが何を意味するのか、レイラは母親に尋ねた。
「ねえ、さっきの人、なんて言ってたの? なにかあったの? もうすぐお父さん帰ってくるんでしょ?」
「レイラ……ああ、レイラぁ……!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにした母親が、レイラを強く抱きしめる。
「お父さんは、お父さんはね……これ、これなの! こんな小さなものに……なって……。ああああ!」
「えっ?」
抱えていた小包を押し付けられ、レイラは戸惑う。
「どういうこと? お父さんは? ねえ、もうすぐお母さんのお誕生日でしょ。お父さんが帰ってきたら、みんなでお祝いしようって……」
「ああああっ、レイラ、レイラぁ!」
それ以上は何も言わず、ひたすら泣きつづける母親に、レイラは言葉を失った。
なにか良くないことが起こったのだ。
もしかしたら、とレイラはその薄汚れた包みを見下ろした。
父親のアレックスは数か月前から、兵士として駆り出されていた。
もともと農夫であったので、剣などは持ったこともない人間だった。
すぐに帰ってくるよ、そう言って笑って旅立っていったのに。
「新聞では『勝った』って……書いてあったのに。どうして、どうして……!」
母親は立ち上がると、納戸に行ってワインを何本も開けはじめた。
泣いては飲み、泣いては飲みを繰り返して数日後にはすっかり寝たきりになってしまった。
父親の小包はそのあいだ、ずっとリビングのテーブルの上に置かれていた。
レイラはそれをどうしていいかわからない。
だんだんお腹が空いてきたけれど、母親ももう何日も食べ物を口にしていなかったので、レイラはずっと我慢していた。
戸棚にある食べられそうなものは徐々に腐っていった。
たまらなくなって外に出ると、近所でもみな不幸があったようで、とてもレイラの家まで気にする者はいなかった。
やがて、母親のミレーネは呼んでも目を覚まさなくなった。
レイラは何度も呼びつづけた。
「お母さん、お母さん!」
やがて家に役人たちがやってきた。
腕っぷしの強そうな男が数人、母親をシーツでくるみ、どこかへ運び出していく。
レイラはその間、止める気力もなく床に転がったままだった。
役人は言った。
「まだ生きているのか。困ったな。戦争孤児が多すぎる」
レイラは役人の馬車に乗せられた。
馬車は御者台の後ろが大きな荷台になっており、そこにはレイラと同じくらいか、もっと下の子供たちがたくさん乗せられていた。
誰もがひどくやつれて、目がうつろだった。
「よし、行け」
乗り込んだ役人が隣の御者に命じる。ぎしぎしと軋んだ音を響かせながら、馬車が進み出した。
遠くに、シーツでぐるぐる巻きにされた母親が見えた。
母親は男たちに担がれて森の方へ消えていく。
「わたしたち、どうなっちゃうんだろう」
誰かがぽつりとそんなことを言った。
レイラの意識は、そこで途切れた。