四国の道中で出会ったのは?
ホラー系苦手なお方はブラバしてくださいませ。
これは四国を歩いていた時のこと。
いわゆる四国遍路という旅路の最中の話。
以前から私は『歩いて旅するなんていいなあ』と、興味を持っており……。
それが長じて、バスツアーなんかではなく自分の足で歩きの旅を始めました。
で、それも中盤が過ぎた頃。
五色台っていう地名の近辺に差し掛かりまして。
札所の名前は伏せますが、まあ大体そのあたりを歩いておりました。
その辺りの場所の前後が心霊スポットらしいって話は途中で耳にしていてはいたんです。
ですが具体的に何が出て、どういう由来があるかはまでは聞いておりませんでした。
というのも、その頃の自分は歩くのに必死。
そういった超常現象なんかは頭の隅にすら全くありませんでした。
当然、歩くのに夢中になっているわけであります。
どれだけ夢中だったかというと……一日にどれだけの距離を進めるかという、手段と目的がすり替わっているほどの本末転倒具合。
とまあ、そういう心境と、これまで出会った人が概ね良い人だったというのもあります。
極端な例を出すなら、フランスのコルシカ島で養蜂を営んでるとか仰ってたマリクさんとか。
彼はスペイン語とフランス語のみしか喋れない。
私は日本語しか喋れない。
ですが、お互いカタコトの英語でコミュニケーションを取れてました。
彼は旅慣れている外国人だったせいか、実にフレンドリーなお方。
まぁ意思疎通と申しますか、会話の意味がどれだけ通じてたかは謎ですが。
そんな風に、行きずりの人に恵まれたお陰でしょう。
各所で和気あいあいと話してきた自分が、変なのに出くわす機会もないと高をくくっておりました。
猪なんかの野生動物を遠目に見た時は怖かったですが、巷にも「幽霊の正体見たり枯れ尾花」なんて言葉もありますし。
しかし。
前述の順路を順調に歩きつつ、
具体的な場所の名前は避けますが(というか知らない)、とある山(丘?)を登り……国道か県道かは忘れましたが、車道を横切って再び山道に入った折りのことです。
なんか……霧か靄が出てきたというか、視界が悪くなってきました。
一度それに似た状況で山で迷子になりそうになり、数キロ引き返すという痛い目にあったこともあります。
とはいえ車道もかなり近かったですし、未だガチの山奥ともいえない場所。
木々の生い茂る場所でしたので道から外れる心配をしましたが、地図を見るに、たぶん間違ってはいないだろうと一人頷いておりました。
いちおう誤解なきよう弁明しておきますと、決して山を舐めているわけではありません。
おっと、先ほどの外国の方の話といい、少し話が脱線してしまいました。
例えが浮かびませんが、とにかく前に迷った時とは明らかに空気感が違うといいますか。
そして改めて前後左右、辺りを見回すと。
笈摺という白装束に、金剛杖(四国の旅人が持っている軽めの角杖)を携えたらしき人が右から左へと──こちらへ向かってフラフラとした足取りで行列をなして進行をしてるではないですか。
あ、他の人がよく羽織っている短い笈摺よりは長かったですが、足はちゃんとついてました。
通常より大きい笠を深めに被っていたので表情までは見えませんでしたが。
彼らは無言で進んでいるのでははなく、それぞれが言葉を呟いている様子でして。
「だいし、だいし、おこぼさま……」
声が小さかったので正確にそう言っていたのかはわかりません。
おおよそ、そう聞こえたというだけです。
そんな言葉をブツブツ言いながら縦一列に──ある意味、調和の乱れぬ歩調で行進してました。
私といえば、
『あれ? 今って時間帯的に今って日の落ちる夕刻。もしや知る人ぞ知る、玄人の道とか? いやそもそも、来た方向って獣道だし、向かっている方角って次の札所とは全く別方面なのでは?』
と、意味のわからない思考がグルグルとうずまいてました。
人数は確か五人ほど。
さすがに十人ほどの大所帯ではなかったです。
どこぞに観光スポットがあるにせよ、さすがに今の時間からだと野宿になってしまうのでは。
中には野営セットを持ち歩き野宿してゆく強者もおりますが、そういうご様子でもない模様。
そう思ったら、ついついお節介が発動しちゃいまして。
「あのう。次の目的地が私と一緒なら、目指すのはアッチの方じゃないですかね。あ、それともどこか、この近くにお知り合いのお住まいが? もし余計なお世話だったらスイマセン」
と、一行に向かって私の行き先を指差し、そう尋ねました。
それに対する返答は──
「おお。あちらに、おわすと、もうされるか?」
でした。
失礼な言い方になっちゃいますが、
『え、それ最近の日本語?』という印象でした。
いま思い返すと、質問の前提内容としての主語もないですし。
何とも抽象的な問いでしたが、私も何とか力になれればと思い……。
「あ、はい。ご親切に道のアチコチ順路を示す看板や標識もありますし、致命的に間違ってなければ大丈夫ではないかと。そうだ、念の為にお聞きしますけど逆回りじゃないですよね? あ、それ以前に『おわす』ってどなたのことをおっしゃってるんでしょう?」
そうやって返す最中、ようやく主語にも言及できました。
『どなた』とお聞きしましたが、
『それってあまり人に使う述語じゃないか』
と考え──ははぁ、さては数多存在する神仏の内の一尊、もしくは一柱に、何かの願掛けでもしにゆくのかと思い至ります。
しかし──
「だいし……」
返ってきたのはカタコトっぽい単語。
日本語なのは間違いないのですが。
「だいし……あ、大師? もしかして弘法大師ですか? いえ、ここを回ってて他の大師ってことはないですよね、失礼しました。そんなにお会いになりたいなら、京都か和歌山あたりの関西にでも向かわれては? 嘘か真かは置いておきまして、未だに御本人がいらっしゃるって話ですし」
ちょうど方位磁石を持ってましたので、東方面を指差しながら提案をします。
実はこの順路を回っている最中って、件の御方が『姿は見えずとも一緒に同行してくれている』って言われているのですが……ここでそれを言うのも無粋かと思い、とりあえず黙っておきました。
で、そう提案したはいいものの……沈黙が続いて返事が返ってきません。
『しまった。見当違いのことを言っちゃったかな? それならもうちょっと掘り下げて聞かないと……』
と、自らに対しての疑念にかられておりますと。
「あちらに、ゆけば、よろしいか?」
ようやく返事が返ってきました。
「はい。ですけど、おおよその方角ってだけです。まぁ、途中で出会った方の中にも、単に旅で回ってる方もいらっしゃいましたし。関西や近畿方面に詳しくないって方も、何人かはお会いしました。私も四国の土地勘は全くないないんで、歩くにしろ乗り物で向かうにしろ、この辺りの地の人か、もっと旅慣れているような詳しそうな方にでも聞いてみてください。ああ、中には興味を持って、『全部まわり終えたらそのまま関西に行ってみよう』なんて方もいらっしゃいましたよ」
「これは、ありがたい」
「いえ。私もここまで他の方々にお世話になりましたし。お互い様です」
「……ともに、まいるか?」
「いやいや、最初に申し上げた通り私の目的地はアッチですので。あ、しまった。すいません、急がないとお宿の人に迷惑がかかるので、ここで失礼しますね。ああでも、今からでしたらじきに真っ暗になっちゃいますし……今日はとりあえず、宿泊できるところまでご一緒します?」
「………………」
それに対する返事はありませんでした。
その一行は未だに動かない様子でしたが、日の落ちきらない内に宿へ辿り着きたい私。
悪いとは思いつつも、自分が来た方角を指して
「あの方向に行ったらすぐに車道がありますし、街灯もあります。山の中みたいに真っ暗にはなりません。さっきまで車も何台か通ってましたし、携帯も普通に通じると思いますよ」
それだけ言い残して目的地に向かいました。
それから無事に宿に到着でき、そこで夕食をいただきつつ女将さんと話していたときのこと。
泊まる宿によりけりですけど、宿の方が配膳どころかご飯までよそってくれて、そのまま会話までしてくれる所も珍しくありません。
「いやあ、こんな時間にまで歩いてる人なんているんですね。しかもちょっとした団体で。詳細な計画を立ててる様子でもなかったし、あれから大丈夫だったかな? かくいう私も時間的にギリギリでしたし、人様のことは言えませんけどねえ」
「えっ、それってもしかして……ミサキに出くわしたんじゃないですか?」
「ミサキ……? ってなんですか?」
「いえ、もちろん普通の団体さんの可能性もありますけど……。ここいらじゃ有名ですよ。昔、行き倒れた旅人が未だに彷徨っているって話がありまして。名前の由来には幾つか説があって――例えば御先っていう、死後も団体行動をしている存在だとか。他には……ここまで来る途中、全国的に有名な岬が二つあったでしょう? その間って昔は難所で、沢山の人が命を落としたという話で。その岬が由来って言う方もありますね」
「え”」
「道中、遠目に一抱えくらいある大きさの石がアチコチに置いてあるの、見ませんでした? あれ、そういった行き倒れの方々の墓標なんです。最近ですと、車で通行中の運転手も深夜になると見かけることがあるとか」
「こちらに伺うまでは地面の葉っぱで滑りそうだったんで、基本的に足元と前しか見てなかったです。いや、そういえば最初の頃は横目に見た記憶が。あ、でもその方々、足はありましたよ?」
「あれま。出くわすのが珍しいとはいえ、足があるとか言うのはお客さんが初めてですよ。──あ、まさか。会話してマトモに受け答えなんてしてませんよね?」
「道に迷ってる様子だったんで普通にしました。『関西に行ったら?』的な感じで」
「しちゃったんですか!? まあ……そのご様子だと『一緒に来い』みたいなことを言われてはいませんか。よかったです」
「言われましたけど断りました。向かう方向が全然違いますし」
「…………それ。もし本物で、返事に承諾してたら……道連れにされてましたよ」
「道連れって……え、怖っっ!! あ、でも普通の団体さんの可能性もあるっておっしゃってましたよね? 時間帯的に心配でしたし、逆に『一緒に来ます?』って誘っちゃいました。無視されましたけど」
「どちらにせよ不気味なんで、ここに連れてくるのは勘弁してください!」
ソレが超常現象か普通の団体さんかはともかく……今回、一番恐怖心を覚えていたのは宿の女将さんでした。
もうホントすいません。