魔界探偵 武甕槌優子
武甕槌優子は探偵である。シンジュクはカブキチョウに事務所を構えている。しかし、日本一の歓楽街と呼ばれるカブキチョウにあって、彼女の事務所を訪ねてくる者はまばらだった。というのも彼女は探偵でありながら、浮気調査、迷い猫、企業調査などいわゆる一般的な依頼は一切受け付けないのだ。
優子は、妖怪や都市伝説の血を引く者たちが絡むトラブルを専門にする、魔界探偵だった。
「……暇だ」
優子はソファに横たわりながら天井にぼやく。177センチの長身はソファに収まるはずもなく、膝より下は宙にぶらぶらさせながら優子は今日何度目かも覚えていないため息をついた。
携帯が鳴った。ゆるゆるとした動作で耳に当てると、
「優子、今事務所!?」
聞き覚えのある声。世話になっている定食屋のおかみさんだ。
「はあ、まあ」
「昼間っから酔ったバカが暴れてるのよ! たぶん大入道とか、鬼とか、力の強い妖怪の血筋らしくって、みんな手に負えなくて困ってるの!」
「それは依頼ですか? 相談だけなら初回は━━」
「あんたどれだけうちでタダ飯食べてると思ってんの! むしろツケを払うチャンスでしょうが!」
「はあ……」
「2丁目のファミマ、急いでね!」
ぶつ、と電話が切れる。
優子はもう一度大きなため息を漏らし、ソファから立ち上がった。細身のため、より身長が高く見える。黒く長い髪は艶やかだが、切るのが面倒で放置しているだけだった。前髪だけは邪魔だからと適当に切っているため、眉の上でバラバラと揺れている。
片付いたら、報酬代わりにまた飯を恵んでもらおう、と優子はぼんやり考えた。
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2丁目のファミリーマート前にやってくると、男が声を荒げていた。振り上げた拳を壁に叩きつけると無数の亀裂が起こった。なるほど、確かにピュアな人間の腕力ではない。
優子はホストらしき男や通りすがりのサラリーマンたちをかき分け、男に近づいていく。妖怪の血を引く者にも種類がある。火を吐いたり、心が読めたり。この男は単純に腕力の強い妖怪の血筋なのだろう。
だが、優子の心は少しも波立たない。そのままコンビニに入店し、買い物でも始めそうなほど穏やかだった。
「なんだ、てめえは!」
男の荒い声。返事を待たず、優子に向かって拳を振りかざしながら駆け寄ってくる。それをじっと見つめる優子は、あくまで穏やかに腰を落とし固く拳を握った。
妖怪や都市伝説の血を引く者の相手は、人間にはできない。
魔界探偵である優子もまた、妖怪の血を引いていた。
力自慢と言えば鬼の一族だが、その中でも一等濃い強さの血。
男を迎えるように優子が拳を突き出す。次の瞬間、男の体は重力の法則が急変したかのように後方に吹き飛んだ。派手に壁が崩れ、男は苦しむ様子もなく気を失った。
優子は、酒呑童子の血を引いている。