イーグルとイグナイト
「まったく、上の考えることはわかんねーよなぁ。なんでこんなタイミングで実験機なんて寄越すのかね」
ディランは人型機動兵器・ウィングの推進装置の調整を操作しながボヤいた。
「昨日連絡が来たと思ったら、今日いきなり輸送船を送り込んできましたしね。ゴウト艦長も事前になにか知ってたら教えてくれればいいのに、今回は整備班になんの連絡もきませんでしたし。」
ウィリスはウィングのコックピットでコンソールの出力を確認しながら、足元で作業しているディランに返した。
ディランとウィリスがいる格納庫には20機のウィングが格納されている。
格納庫は内壁を強化カーボネート性の白いプレートで覆われてた巨大列車のような構造になっていて、左右にウィングが隊列状にリフトでつるされている。
センター部はリニアプレートになっており平時は整備車両やマニュピレータロボットが行き来するが、出撃時はウィングをハンガー船尾部にあるリフトエレベータに運ぶための通路となる。
二人が整備を行っているのは、今日運び込まれたばかりのイーグル、イグナイトという2機の新型ウィングだった。昨日、緊急通信で司令部から実験機テストの指令が伝達され、今朝早くに輸送船で搬入されたものだ。
イーグルは全高15mの機体で、集積処理装置や各種モニター、センサーを積んだ頭部は、流線形のヘルメットとバイザーで覆われており、胸部はセンターバスに直結されたコクピット、背部には2枚の羽根のような大型スラスターが搭載されている。
ひざから先は艦船の機首のようにとがった形状で足首から先がなく内部にある重力制御装置と補助スラスターで姿勢制御を行う。左右の腕はヒトと同じように肩から上腕、前腕とつながっており5本の指を持つマニュピレータがレーザーライフル、マスドライバー砲、プラズマキャノンなど各種兵装をホールドする。
ディランは、イーグルを見上げながらあきれ顔で言った。
「見れば見るほど化け物だな、この坊ちゃんは。ウィングでインパルスエンジン3機搭載なんて大型クルーザーでもめずらしい。まともに動けばこいつに追いつくことはできるやつなんて居ないんだろうが…」
ディランが指摘する通り、イーグルはスペックは異常なものだった。 移動型要塞といわれる大型クルーザーには複数のインパルスエンジンが搭載されることもあるが、それは巨大質量の艦を推進させるために使われているのであり、機動性は全く期待できない。複数のエンジンの出力バランスをとることが非常に難しいのだ。
ウィングのようにドッグファイトを主目的とした機体で、マルチインパルスエンジンを採用することなどまず考えられない。
しかし、イーグルには3つのエンジンの出力を最大限に発揮するために、6連装のスラスターとパラレルで稼働するアクシスフリーノズルまでついていたのだ。
そんな機体はかつて存在したことがない。誰もがどうみても空中分解するのは必須と考えるような機体だ。
「OSどころかファームすら載ってないんでユニットチェックぐらいしかできませんけど、フルスペックで動かせば前代未聞の運動性能スコアが出るでしょうね。」
ウィリスは苦笑いでディランに言った。まともに動くわけないという顔だ。
「ははっ、まぁそうだな。だが今のOSをそのまま載せてもインパルスエンジンとのコネクション制御でサイクル全部持ってかれて、武器管制どころか姿勢制御もままならない…ってとこだろうな。ラボはいったいこいつのファームどうする気なんだか。ま、今回はとりあえず現場でのハード側の機能試験で送ってきたってことなんだろうがね。」
ディランも同意しながら答える。
その時、ウィリスははっと何かを思いついたようにコックピットから立ち上がって、身を乗り出して下にいるディランを見た。
「ひょっとして…これディランさんなら基礎カーネル部分のブートできるんじゃないですか?ディランさん、ウィングの制御設計を専門でやってたんですよね!?」
「……はぁ、俺はしがない整備員なの、わかる?そういうのは、もっと、こう、血気盛んな若いお前たちの仕事さ。」
ディランは整備モニターを見ながらため息交じりに興味なさげな返事をした。
「えーーー、つまんないなぁ。ディランさんの本気が見れると思ったのに。たまには、あのビッグバードで整備主任だったっていう実力見せてくださいよ。あの噂ウソなんですか?」
「ははっ、どうだろうね。お前の想像に任せるさ」
ディランは笑って答えた。
しかし、その返事とは裏腹にディランの頭の中では、疑問がよぎっていた。
たしかに自分ならデバイスをマネージする部分までは出来るだろう、だが問題はその先だ。今リフトオフしてもウィリスのいう通り単純推進と出力テストぐらいできない。
そんな機体を前線に送り込んでくることに何の意味が?ゴウト艦長は何か知っているのか?いや、知っていたとしてもあの艦長の思惑など読めるはずもない…。
この機体は実験機にしてはコストをかけすぎている、このタイミングでの搬送されてくることには意味があるはずだ。一体なにが………。
モヤモヤとした思考のループを繰り返していると、いつの間にかイーグルのコックピットから隣のイグナイトのコックピットへ移動していたウィリスが驚きの声を上げた。
「ディランさん!ディランさん!どうしたんですか、ぼーっとして。
こっちのイグナイトって方の機体、見てくださいよ。これ、めちゃくちゃ変わってますね。
最前線での艦艇へのエネルギー補給とかに使われるんですかね!」
イーグルと一緒に搬入された機体、イグナイトはフレームはイーグルと同じものが使われていたがインパルスエンジンは一基のみで巨大な冷却デバイスが追加装備されている以外、通常のウィングと同じ構造であった。
が、驚くべきことに背部には莫大なエネルギーを生み出す縮退炉が装着されており、左胸部の超光速航行で使われるアーノルドエンジンへと接続されている。
縮退炉は主に要塞基地で艦隊へのエネルギー補給などに使われる巨大なパワーサプライヤーで、それを考えれば、この機体は完全に艦艇へのエネルギー補給を意識したものであることがわかる。
通常は艦艇がウィングにエネルギーを供給するものだが、これは全く逆のコンセプトだ。
さらに変わった点としては、コックピットが過剰とも思えるほどの電磁シールドと巨大なイナーシャルキャンセラーで覆われていた。
恐らくは前線で補給機としての運用中に敵から急襲を受けたときの防護用だとは思われるが、それにでも単なる補給機としては過剰な装備だ。
運用されるシチュエーションはかなり限られるので、本当に特殊な戦闘向けだろう。
この不思議な機体のせいで、ディランの頭の中のモヤモヤにはさらに拍車がかかり、もはや五里霧中とも言える状態になっていた。
「はぁぁーーー、もう訳がわからんな」
深いため息とともにディランは考えるのをあきらめた。
「やめだやめだ、これ以上考えても拉致があかないってもんだな。おい、ウィリス、そっちの作業は終わったか?」
「はい、ディランさん。こっちは縮退炉のプロトコルチェックだけだったんで、もう終わりますよ。もうお腹がすいて倒れそうですよ。ラウンジで食事にしましょうよ」
「そうだな、俺も頭を使いすぎてフラフラだ。すこしエネルギー補給しないとな。」
「ディランさんは、飲んじゃだめですよ!その後、艦長への報告と、テストパイロットとの顔合わせもあるんですから。」
「…ちっ、まぁしょうがないか。さすがに初対面のパイロットに酔った状態で合うわけにもいかないしな。じゃぁま、行こうかね。」
ディランは右肩を左手で抑え、ぐるぐる回しながらタラップを登っていった。 ウィリスも測定デバイスやら整備用のマニュピレーターを手早くカートに積んで、それに続いた。