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若き竜人と白竜  作者: 悠長な旅人
3/11

2 脳裏に焼き付く深碧色

肌寒さを感じて目が覚めた。体を暖めていた火はとっくに消え、黒く冷たくなっていた。未練がましく体を縮こまらせるが、伝わるのは石の冷たさだけだ。


変な体勢で寝たせいか、少し体が痛む。首を回しながらちらりと外を確認すると、雨は変わらず強く降り続けているが、風は少し弱くなっていた。せめて止んでくれと、思うのは仕方ないだろう。


(この様子じゃ、雨が止むとは考えにくい。探しにいこう。濡れたくないなぁ)


体から地に根が生えたかのような、重い体を上げ、出口に向かう。そうした瞬間、またあのどす黒い気配が肌を刺す。


―――獲物かもしれない


狭い洞穴で使えるか分からない剣を抜き、息を潜める。恐らく気付かれてはいないはずだ。それなのにどっと冷や汗が流れ出し、心臓の音が外にまで聞こえてきそうだった。


ザアザアと反響する雨音に混じる、水たまりの跳ねる音。着実にこちらへ近づいてきている。


唾を飲む、足音が一歩また一歩近くなる、そして、獲物は姿を表す。


―――深碧色の、瞳


闇に溶け込む真っ黒な毛、肉を食い破る鋭い牙、獲物を捕らえて離さない爪を持つ、巨大な狼。


殺意が籠る目と視線が絡む。首元にナイフを突きつけられたように、動けなくなったノイレへ、黒狼は散歩をしているかのように、悠然と動き続ける。


喉が渇く。手足の震えが止まらない。それでも、動かないと死ぬ。剣を黒狼に向け構える。その様子を黒狼は気にもせず、変わらぬ速度で歩み寄る。


(大丈夫、大丈夫、大丈夫。自分なら出来る、やれる)


剣の柄を痛いほど握り締めた刹那、岩の地面が抉れるほど強く、黒狼は飛びかかる。


「いッ!!」


反射的にそれを避け、一気に出口へと駆ける。完全に避けられず、黒狼の鋭い爪が腕を掠り、血が滴り落ちていた。だが傷は浅い、問題ない。


洞穴から慌てて飛び出し、木を背に奴の様子を確認する。避けられると思ってなかったのか、憎悪に満ちた気配を感じる。奴は辺りを見回したかと思うと、()()()()()こちらへ向かってきた。


(何でこっちがッ…まずい。早く剣をっ)


走ってくる黒狼目掛けて、剣を構える。負傷した腕で力を振るえるかわからないが、やるしかない。力がいらず、致命的な傷を負わせられる箇所。


――狙うは目


飛びかかる黒狼に突き出した剣は、横にずれて当たったかと思うと、縦に亀裂が走り、()()()()()


理解が追い付く前に、地面に押し倒された。重い体が伸し掛かり、爪が食い込み、血が滲む。奴の下から抜け出そうと、もがく僕を楽しそうに、嬉しそうに黒狼は見つめていた。


涎がノイレの顔に垂れる。頭は死への恐怖で満たされていた。どうやって黒狼に勝てというんだ、この状況から抜け出せれる方法が浮かばない、どうしても死ぬ未来しか想像出来ない。


「あ、ぁぁ。ひっ。はッ――はぁ」


情けない声が漏れ、目から涙がぼろぼろと流れた。


黒狼は、牙を見せつけるように大きな口を開け、ノイレの左肩に噛みついた。鋭い牙が骨もろとも抉り始める。


「~~~~ぁああッ!!」


痛い。熱い。誰か、誰か。


耐え難い、骨が砕け肉が食い破られる痛み。涙がさらに流れる。堪えようと、歯を食いしばり、地面に爪を立てる。黒狼はノイレに苦痛を与えるように、時間をかけ牙を食い込ませる。


ぶちぶちと繊維の千切れる音がする。肉が、骨が完全に分離した。


その肉を美味しそうに咀嚼する黒狼。自分の血で顔が濡れ、心が恐怖一色に染まる。このままでは食われて、死ぬ。どうにかしないと、どうにかどうにか―――


期待に縋り、恐怖から目を逸らした。すると先程砕けた剣の破片が目に入った。これがあればほんの少し、一瞬でも隙を作れるかもしれない。希望の欠片に右手を伸ばし、それを掴む。


手に傷がつくのも気にせず、破片を握り締め、奴の右目に反撃を食らわす。驚いた黒狼は後ろに飛び退き、唸り声を上げた。その隙にノイレは全速力でこの場から逃げ出した。


山の斜面を勢いよく下っていくノイレを黒狼は咆哮を上げながら追いかける。距離が詰められそうになる度に、木々の間を蛇行し、岩を飛び越え、枝や石を投げつけた。


順調に逃げられていると考えた直後、ノイレは足を止めた。


――谷だ。落ちたらひとたまりもないだろう。


足を止めた僅かな時間で、奴は追い付いた。地鳴りのような低い唸り声に、ピリピリとした重い空気。後ろに振り返ると、牙を剥き出しにし、威嚇する黒狼。今にもこちらへ飛びかかってきそうだ。


(今から横に逃げたって飛び付かれて食われるだけ、だとすると生き残れる可能性が高いのは―――)


飛び越えるしかない。決断した瞬間に走りだし、向こう岸へ飛んだ。思い切り手を伸ばし、縁に掴まる。


素早く登り、駆け出す。まだまだ人里らしきものは見えない。つまり助けはこない。だから、体力が尽きそうでも、怪我をしても、谷、川があろうとも、逃げなきゃいけない。


(途中に動物がいても見向きもしない。これは相当怒りを買ったな。明日生きているだろうか……)


考え事をして走っていた最中、木の幹にノイレは躓いてしまった。その隙を逃すまいと黒狼は力強く踏み切って、ノイレと肉薄する。


その鋭い牙はノイレの体を貫――――かなかった。


横にある木を噛み砕くことになったのだ。どういうことか分からなかったが、チャンス、と考え、砕かれた木の破片を奴の残った左目に突き刺した。


黒狼は悲鳴のような叫び声を上げ、暴れまわる。巻き込まれる前に黒狼から逃げると、視覚を失ってもなお、奴は追いかけてきた。そこには執念じみた何かを感じた。


だか、見えているときに比べ速度は落ちている。雨のお蔭で臭いも薄く、視覚を失った黒狼は障害物に体当りし、距離が開いていく。早く、もっと早く走って逃げないと。






それから無我夢中に山を下った。走って走って、肩の痛みなど忘れるくらいに走った。


そして、遠くに灯りが見えた。人がいる街を見つけたんだ。その頃には日が暮れて、雨も止み、満月が照らす夜になっていた。


(ようやく、逃げきったんだ。黒狼はもう追いかけてきていない。よかった)


ふらふらと棒のようになった足を引きずりながら道を歩く。だがノイレは安心しきったせいか、はたまた朝から夜まで走り続けたせいか、意識は薄れて、瞼が落ちてくる。


こんなところで寝るわけにはいかない。意識をギリギリで保ちながら、何も考えずに、灯りを目指して足を動かす機械のように、ノイレは歩いた。


(もう疲れた…眠い、痛い、地面に倒れて寝てしまおうか……)


体力はとっくに限界で、精神も磨り減って、もうどこでもいいから倒れてしまいたい。忘れていた肩の痛みが蘇り、その場にくずおれる。


雨露に濡れた草の冷たさ、柔らかさ、そして特有の青臭さ。熱い体温を奪っていく。空を仰ぐ。


――満天の、星空だ


いっそこのままここで寝てしまおうか――そう思った時、誰かが近寄ってくる気配を感じた。一人分の、金属が擦れ合う音が近づく。こちらを案じているのか、何度も叫びながら。


「そこの人、大丈夫か!」


そっと体を起こされる。


男の人が声をかけながら、こちらの状態を確認しているのを、朦朧とした意識で感じていた。


自力で歩くことが難しいと分かると、その人はノイレを抱きかかえると、極力揺らさないように走り出す。


「これから治療できる場所へ運ぶ。そこには信頼できる医者がいるから、大丈夫だ。気を強くもってくれ。あんたは絶対に助かるから、安心してくれ」

「…ありがとうございます」


声になっていたか分からない、そのお礼を最後に、ノイレは意識を手放した。

読んでくださりありがとうございます。

小話

敬語がおかしい、そう感じる方もいるでしょう。しかし、ノイレはちゃんとした教育を受けておらず、両親の見よう見まねで身に付けたものです。ため口は両親を苛つかせるから。なのでおかしいところがあるのかも知れません。


という、私の言い訳です。小(声での)話。


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