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パイパティローマ

作者: Mr.T

数年前、僕は仕事を辞めて八重山に行った。

何か、リセットしたい気持ちがあったのだろう。


東京から鹿児島まで電車に乗り、そこから那覇行きの船に乗る。

酔っぱらいのオヤジにからまれた。

こ、これも一人旅の醍醐味かぁ。。

夕焼けの中、桜島を横目に見ながら船の脇に目を移すと、イルカ達が並走している。

否が応でも旅への期待が膨らんでいく。


那覇を経由し、石垣島行きの船に乗り込んで、早朝に到着した。

街が起きだすまで港でごろごろし、頃合いを見計らって宿に向かった。


第一印象はプロレスのTシャツを着て真っ黒に日焼けした活発そうな女の子。

宿のロビーで一心不乱にガイドブックのページを繰っていた。

特に話しかけることもなく、髪を後ろに束ねた千石先生にそっくりな宿の管理人さんに付いていくと、ベニヤで仕切られ窓の無い監獄のような部屋に案内される。

こ、これも一人旅の醍醐味かぁ。。。


夜になり飯を食おうと外に出ると、ちょうどさっきの女の子が友人たちと食事に出かけるところだった。

「よかったら一緒にご飯食べませんか?」

一人旅というのはたいがい人恋しいもんだ。

そんな心配りのできる人だった。


食事のあとは、宿の台所兼ゆんたくスペースで飲み会になった。

その場にいた全員が一人旅と知る。

その子も偶然明日に行く島が同じことがわかり、

なら一緒に行こうと約束をした。


次の日、ジェットコースターのような船の揺れの中、知らずに室外の席に座ったため、びしょびしょになりながら後ろを見ると、

彼女はテヘッ(*゜ー゜)>という表情をしながら、ちゃっかり僕を波除けの盾にしていた。

い、意外に狡賢いんだなぁ・・・。


島に着き、水を回し飲みしながら灼熱の日差しの中、石ころを蹴りながら目当ての浜まで歩いて行く。

きび畑が広がる車も通らない道端に寝っ転がるタイミングも一緒。

そんな何気ない時間がとても心地がいい。


でっかい風車を通り過ぎて、坂道から眼下に広がる海は、八重山随一と言われるほど美しい。

普段、心にかけられたカーテンがパッと取っ払われた感じがした。

早くあの青の中に身も心も委ねてしまいたい!

そんな気持ちで海まであと少し、思わず二人で駈け出していた。



========================================



この海の色を何に例えればいいのか。

今まで見てきたどの海より素晴らしかった。

とても写真や映像では伝えきれないだろう。

これっばかりは実際にその目で見てもらわなければ。


僕達はしばし呆然と海に魅入っていた。

やがて我慢しきれずに服をポイポイ脱ぎ捨てて、シュノーケルを手に取った。

ふと横を見て思わず視線を逸らす。

彼女のスポーティな水着からは、やはりスポーツで鍛えたであろうしなやかな手足が伸び、健康的に陽に焼けている。

飾らず機能的な水着は彼女のさっぱりとした性格を物語っているようで、とても好感を持った。

なんか言わなきゃとあわてて出た僕の言葉は、

「ナイスバディだね」

エロオヤジかい!!

心の中でなんだそりゃ、と頭を抱えていた。

しかし彼女はあっはっはーと軽く流してくれた。

うーんよかったよかった、のか?


自慢ではないが僕は2歳から水泳をやっているので、泳ぎには自信があった。

しかし彼女も当たり前のように僕に付いてくる。

かなり沖まで泳いで行き、緑や青やピンクのサンゴの林を抜け、

白黒の縞縞な海蛇や、ぶっといウツボを見ては逃げ回り、 空の色のような魚を追いかけた。


海から上がり心地よい疲労の中、東屋に風が通り抜ける。

こういう時はまさにオリオンビールの出番だ。

僕は一番近くの売店にひとっ走り買いに行った。

普通のビールより飲みやすいオリオンは沖縄の暑さによく合う。

乾杯の後、海を眺めながらオリオンをあっという間に飲み干して、

僕たちは宿に帰った。


自転車でくればよかったとちょっと後悔したが、

とことこと帰る道々、僕は真赤なハイビスカスを一輪だけ 謝りつつ手折り、

彼女の短い髪に挿してみた。

あくまでおちゃらけを装った。

彼女は少しはにかみながらも、宿までずっとそのままでいてくれた。


しかしその夜、宿でのゆんたくで、僕は衝撃の事実を知ることになる。



======================================



宿の夕食は、おじさんが採ってきた野菜や海の物を使った料理で、程よく沖縄料理を織り交ぜつつボリュームがあって美味い。

特にモチキビや黒紫米を混ぜたご飯は、

普段あまりおかわりしないのだが2、3杯は食べた。

おばちゃんは食事中、椅子に座って島の話や若い頃の話などして僕らを退屈させない。

また、初対面の客ともお互い緊張をほぐせるよう、適度に話題を振ってくれた。

この島で造られている泡盛もこの日の食卓にのぼった。

内地ではなんと値段が百倍に跳ね上がる(もっと上かも)という貴重な泡盛だった。

島の水で割ると、とてもスッキリした飲み口でとても美味かった。


食事が終わると、僕は相部屋のにいさんをゆんたくに誘った。

彼女もやはり相部屋の、画家という女の子をゆんたくに誘った。

まずお互い自己紹介して、色々な島の情報など交換しあう。

それがひと通り終わるときにはほどよくお酒がまわり、少しずつ身の上話をしだす。


そこで、彼女には彼氏がいることを知った。


付き合って3年にもなるとのことだった。

にいさんが、彼氏とは来ないの?と聞くと、

彼女は、休みが合わなかったし長く旅したかったから置いて来たと、笑って言った。

少なからずショックだったが、そんな気持ちの自分にまた驚いた。

短い時間だったけど、彼女を好きになり始めていたんだ。

しかしすぐに、人生そんなもんだ、

深入りする前でよかったじゃないか、と自分に言い聞かせた。

その後話題は画家の女の子に話しが移り、

その子が描き貯めたポストカードを見せて貰った。

翌日、みんなで海を見ながらポストカードを描こうと約束して、部屋に戻った。


僕の恋は、ここで儚く終わりを迎えた。



=================================



次の日僕達は、南の浜がほとんどプライベートビーチだというにいさんの情報により、

そこへ向かうことにした。

鬱蒼とした林を抜けると、広い浜に出た。情報の通り僕ら以外誰もいない。

砂浜に立って海を見ると、視界に入る島は一つもない。ここから先はフィリピンだろうか。

しばらく四人でその景色を堪能してると、にいさんが泳いでくると用意を始めた。

画家の子は今日は泳がないと言ったので、僕も泳ぐのは止めた。

昨日行った海より遠浅で、シュノーケルしても面白くなさそうだったからだ。

僕と画家の子は、泳ぎに行くにいさんと彼女を見送り、木陰に座って色々な話をした。

自分の前職柄、何か技能を持った人にとても興味があった。

しばらくして二人が帰って来たので、みんなでポストカードを描くことにした。

話しながらなので全然はかどらなかったが、楽しいひと時だった。

出来上がったカードを画家の子に見てもらうと、僕の絵は小学6年生の絵と評価される。

ショックだった。

ちなみに彼女の絵を見て画家の子は、今精神的に不安定じゃない?大丈夫?

と聞いていた。

彼女の絵は細かい線が幾重にも書きなぐられ、とても荒んだ絵に見えた。

全然大丈夫、と言い返す彼女の笑顔にも心なしか元気がない。

確かに絵を描きながら話していても、ほとんど会話に参加していなかったし、

普段いつもニコニコと明るくしゃべる子だったので、僕は余計に気になった。

僕達は四人で遊んだ記念に、椰子の実を使ってモニュメントを作った。

何かに似ていると、みんなで笑った。



夕方になって、僕達は宿に戻った。

夕飯の後みんなで夕日を見に行こうと決めていたので、 またおばちゃんにことわって自転車を借りた。

海に行くと丁度夕日が沈むところ。

水平線の上には朦気が揚がって、

残念ながら夕日がジュッと音を立てる瞬間が見れなかったが、

その代りいい塩梅に雲があって、赤と紫のグラデーションがとても綺麗だった。

その時僕はすっくと立ち上がり、夕日が沈んだ方角を向いて歌を熱唱した。

そう、夕日と言えば若大将。

死ぬほど恥ずかしかったけど、恥ずかしがると余計にさぶくなるので サビは声量全開に、

おまけに眼力込めて彼女を見つめながらセリフを言った。

幸せだなぁ、ぼかぁ、君といるときが一番幸せなんだ・・・。

彼女はあきれたように笑っていたけれど、さっきよりはいい笑顔になってとても嬉しかった。


終わりを迎えたはずだったのに・・・。


そのまま僕達は、満点の星空に流れ星が10個見えるまでいろいろな話をしながらその場で時を過ごした。

宿に帰った時はゆうに門限の時間は過ぎていた。

玄関を開けてその目に飛び込んできたのは。

入口に立ってカンカンに怒ったおばちゃんの姿だった・・・。



====================================



おばちゃんにしこたま怒られ、かなりの勢いで凹んだ次の日、

僕と彼女は島から帰る旅友二人を見送った。

旅は出会いと別れの連続だ。

しかし、旅を続けていればいつかもう一度会える、と誰かが歌っていた。

僕達は彼らを乗せた船が見えなくなるまで手を振り続けた。


彼女も元通り元気になった。

その後の3日間、二人で過ごした時間はとても濃密だった。

朝から晩まで何をするのも常に二人で行動した。

僕らはおばちゃんが作った、赤ちゃんの頭ほどもある特製おにぎりを持って

島中を走り回った。

南端の崖では、立ち上がる波しぶきに逃げ回り、

雨と晴れの境目を発見したり、

新たな友人を、二人で島を案内したり、

仲良くなった島の人と潮干狩りに行ったり、

サンゴのかけらだけで出来てるという浜を探しに島を探検したり・・・

風車の前も何回通り過ぎたか分からない。

空と海と風と太陽はまさに僕らだけのものだった。



しかしどんなに楽しい日々が続いても、


いつかは別れの日がくるものだ。


明日彼女が島を出る日が来た。



最後の夜のゆんたく場でも、彼女がいなくなるという実感がどうしても湧かなくて、

少しでも多く彼女の姿と声を、目や耳に焼き付けていたかったのに、

それを意識すると会話はすぐに途切れてしまう。

これじゃいけないと思い、平静でいなければと慌てれば慌てるほど気持ちは空回る。

ゆんたくが終わり、寂しさに張り裂けそうな胸の内を誤魔化して、

「また明日、おやすみ」

と何でもない振りをして離れた。


風が通らず寝苦しい夜だった。

部屋に戻り、布団に横たわって僕は彼女にメールを打ち始めた。

言葉で伝えられなかった正直な気持ちを、メールに託した。

彼女の部屋は、僕の部屋のすぐ隣にある。

隣の部屋からは、カチリと携帯を開ける音。

しばらくして、コチコチとキーを押す音が聞こえた。

それぐらい島の夜は静寂に包まれていた。

たまに思い出したように、キョッ、キョッ、キョッと、家守が鳴いていた。



=================================



翌日の朝。

彼女は開口一番、予定を変えてあと2日この島に留まると言った。

まさかと耳を疑ったが、もう少しだけ彼女と一緒にいられることを、

本気で島の神様に感謝した。


ただ僕は今いる宿を続けて取れなかったので、今日から別の宿に移る予定だった。

そこで意を決して彼女に、相部屋でいいか聞いてみた。

少し考えていたが彼女は、

「今さら遠慮する間柄じゃないしね、いいっか !」

と笑いながら言った。

「オナラしても大丈夫さー」

と、僕は胸の高鳴りを抑えてオドけた。


相部屋でどうなることやらと思ったけど、

要所要所で気を使い合えば居心地が悪いってことは無かった。

移った宿は民家的な前の宿と違い、完全個室のあまり客同士の交流の無い宿だった。

ということはもちろん門限もないのだ。


その夜、宿の前の公園で遊具の上に座り、ひたすらオリオンビールを飲んで語り明かした。

宿の脇には、ジュース缶のサンプルが入ってない場所のボタンを押すと、

ビールが出てくる不思議な自動販売機があった。


誰かを好きになるという感情は良くわかるけど、愛するという感情がよく解らない。

それを知りたくていつも探してる。

僕の言った一言がどういう訳か、彼女の心の琴線に触れてしまった。

彼女は静かに泣き始めた。

こんな時、男はどうにかして慰めるべきなんだろう。

しかし僕と彼女の間は、僕が窺い知れない彼女の

「現実」という壁に阻まれている気がして、

ただ静かに彼女が泣き止むのを黙って待つしかなかった。

その夜は、ずっとそのことが気になってすぐには眠れなかった。



次の日、彼女の希望で島の想い出の場所を順々に廻った。

彼女もこの旅を少なからず大事なものだったと思っていることがわかり嬉しかった。


最後の夜、浜辺で泡盛の三合瓶を回し飲みしながら、ただ静かに海と星を眺めていた。

流れ星を見損なっては悔しがった。

その内0時を過ぎた辺りから月が上に登ってきて、中天から照らし出した。

真っ暗だった海は、アウトリーフに打ち寄せる白い波もはっきり見え、 月の光の道が出来ていた。

少し風が強く、肌寒い。

僕達は膝を抱えて、ぴったりと寄り添った。

彼女の瞳は月の光を映し出してきらきらと輝き、昼間にたっぷり体に蓄えたお日様と甘い花の香りがした。

僕達を隔てていた見えない壁は今、少しずつ薄くなっていく気がした。


海を後にして、月明かりに照らされた坂を登っていく。

僕は彼女の横顔を見ながら、抗い難い想いに胸を焦がしていた。



次の朝、少し早めに宿をチェックアウトして、出航の時間まで海を見ることにした。


海は朝の光に照らされて輝き、いつも通り波が寄せては返している。

足元を歩くヤドカリを拾い上げ、手のひらに載せた。

何度か目が合い、お互い何かを言いたそうに、また手のひらに視線を戻す。

やがて、打ち寄せる波に背中を押されるように、

僕達はキスをした。


彼女は微笑むと、一人で波打ち際に行き、波に足を洗わせていた。

彼女の真赤なワンピースが風に揺れて、まるで波間に漂う赤花の様に見えた。


やっと彼女の心に辿り着いたのに、すぐ手放さなければならないなんて。

船に乗って手を振り、

少しずつ離れていく彼女を見送りながら、

僕はこんなに辛いことは無いと思った。



==========================================



僕はまた今日も、この美しい海を見ながら佇んでいる。


いつか、ここで彼女が海を見ながら言った言葉を思い出す。

この海には七つの青があるんだよ、と。

どこかで、別れは小さな死というように、

僕は報われずに死んでしまった想いのかけらを、この海の底に置いていった。

この綺麗な海の中でなら、きっと。


昔からこの島では、南の海の果てに理想郷があると伝えられてきた。

大切な人を亡くした時、その場所に辿り着けることを願ってかけらを海に流した。

そして、新しい波がその場所から海を越えて、島に豊穣をもたらしてくれると信じたのだ。

それは、昨日を手放し、

今日を精いっぱい生きて、

明日への希望に胸を膨らませて生きて行く、

ということなのだろう。


僕は波に乗って運ばれてくる何かを、

ただ待っていただけなのかもしれない。



浜辺を後にしてゆるやかな坂道を歩き出す。

振り向けば、あの時の綺麗な海がいつも変わらずそこにある。

僕は前を向いて、空まで伸びそうな長い一本道を一歩ずつ、

ゆっくり足を踏み出して行こうと思った。



(了)


自分だけの大切な想い出を胸に秘めた旅人達へ...

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