スキゾイドの私は、ずっと痛い
言葉というのは心をどうしようもなく揺り動かす。
感謝や勇気、愛情、友愛……ありがとう、愛してる、頑張れ、応援している。
言葉を掛けた人にとっては何気ない一言でも、どれだけ着飾った美辞麗句を並べられるよりも胸を打ち、救いとなる事がある。
人間というのは言葉を発する唯一の生き物だ。知能が高いと持て囃されるチンパンジーやイルカでさえ、言語を持たない。
人間というのは言葉とイコールで結べるとさえ言えるのではないだろうか。
科学文明よりも尚、一層際立つアイデンティティ。
言葉というのは素晴らしくもあり、同時に──一等恐ろしくもある。
恐喝や詐欺なんて題材を借りて仰々しく語るつもりはない。
我々一般人がごく普通に口にする日常会話で十分。
そう。十分なんだよ。
涙を流させるのも、トラウマを植え付けるのも、健全な人格を歪めてしまうのも。
そこら辺の看板や広告に使われるレベルの語彙で、いとも簡単に一生癒えない深くも不透明な傷を付けるものだ。
私がスキゾイドパーソナリティ障害に陥ったのも、高校時代の同級生に浴びせられた一言が些細なキッカケだった。
別段親しくもないし、会話を交わした事もない。クラスメイトというのが接点。
お互いが唯の一般生徒A同士だっただけで、意識し合う事も無かっただろう。
それが一度だけ交わった機会があった。
体育の授業でバレーボールをした時だった。
私と彼は同じ班に分けられ、もう一班と試合擬きをしたのだ。
当時の私は運動から縁を切って久しく、飛んでくるボールを真面にレシーブすることなんて出来なかった。
何とかボールに触る程度。必死になって手を伸ばしたその努力は、裏目になった。
ボールは実に無様に中途半端に真上に跳ねただけ。他の人がフォローに入る間もなく、当たり前の様にボールは私の腕に落ちてきた。
バレーボールのルールなんて碌に知らない私でも、それが違反になる事ぐらい知っている。
「ああ……」
誰ともなく落胆した声は今でもよく覚えている。
なんでそんなボールも取れないんだ──暗にそう語る班の皆の視線が痛かった。
ごめん、なんて謝罪は本気で打ち込んでいる人には実に取り繕って聞こえただろう。いや、実際間違ってはいなかった。
試合が終われば班を組み替える。
グーとパーで単純に人数を分ける場で、件の同級生は一人だけ手を出さなかった。
ただ私の出した手を確認した後、言い放った。
「お前とは一緒にならない」
当然の様に彼は私とは反対のコートに立っていた。
ああ、ごめんよ。上手くできなくて。
すまない。不快な思いをさせてしまった。
出来る事なら人並みに動いて、邪魔にならない程度に試合を回したかった。
ラリーを期待して放たれたボールがあっけなく床に落ちれば、それはつまらないだろう。
それでいて負ければ不愉快だ。
眼の前に憤りをぶつける適当な原因があれば、当たりたくもなるだろう。
ごめんよ。ごめん。ごめんなさい。
また誰かの“楽しい”を邪魔したくなかったから、その試合は誰に断りを入れるでもなく体育館の隅でじっとしていた。
クラスメイトには親しい友人もいたが、下手に気遣えば彼等も私の仲間入り。誰も私がコートから消える事に異は唱えなかった。
結局。その日の体育は終了の鐘が鳴るまで私は壁の影になっていた。
──お前とは一緒にならない。
いまでも思い出す度、喉が詰まりそうになる。
全部、全部自分が悪いのだ。全部ね。
でも思わずにはいられない。
……もっと別の言葉でも良かったんじゃないか、って。
苦しいよ。
人と集まる度に苦い感情で舌が痺れて、身体は硬直してしまう。
不快な思いをさせたくない、邪魔したくない、迷惑を掛けたくない。
当たり障りのない事だけを口にして、自分からは何も発信できなくなってしまった。
社会人になったいまは、些細なミスが呼び水になって昨日まで当たり前に出来てきたことが疎かになってしまう、悪循環に何度も呑まれた。
自分の世界に籠っていれば楽だから、一人遊びだけが上手になっていく。
本当は気の許せる誰かとスキーだBBQで遊び倒したかったけれども、子供の頃では当たり前にあった誰かと触れ合う楽しさは、分からなくなってしまった。
──スキゾイドパーソナリティ障害。社会的関係の構築が乏しく、感情の起伏が平坦。孤独を好む人格障害。
傍から見れば私達は何を言われても平然としている様に見えるかも知れない。
違うんだよ。
傷から零れる血で誰かを汚さない事で手一杯。
自分という傷が誰かを変えてしまわない様に、取り繕う事が精一杯。
いつだって無表情の仮面を付けていないと、生傷が零れ落ちてしまう。
何もかも塞いで隠してしまったから、感情の出口まで無くなってしまった。
私達はもうずっと、癒えないし、言えないでいるんだ。
どうか。お願いだ。
言葉というのは形に残らない。
形に残らないからこそ、形の無い心に落ちていく。
そのことを忘れないで。
もうずっと痛いんだ。
ずっと心根に在ったものを吐き出しただけのものです。
相変わらず苦しいけど、これが常なんだから人間は痛みさえ日常で飼い殺せる。




