9 大雨の後の急展開
公園にいたはずの直哉の姿が見当たらない。
私がその事実を知ったとき、広げたばかりの折り畳み傘が、するりと手から抜け落ちた。
「直哉! 直哉!」
公衆トイレや茂みの中、思い付く限りのところを必死で探す。もしかしたら誘拐されてしまったかもしれないと、最悪の事態が頭に浮かび、正常な思考が急速に奪われていった。
額や頬に髪が張り付いて、泥濘始めた地面がぐちゃぐちゃと不快な音を立てる。
「どうしたんだ?!」
すぐそばで響く先輩の声。
私のただならぬ様子に駆けつけてくれたらしい。
「直哉が!」
「弟か? 弟がどうしたんだ?」
恥ずかしいことに、このときの私は激しく動揺してしまい、まともな会話ができなかった。
「直哉が、直哉が……」
弟の名前を闇雲に連呼しながら、私は冷静さを著しく欠いた表情で辺りを見回していた。じっとしてなんかいられなくて、足が勝手に弟を求めて動き出す。
「花!」
「!」
初めて先輩から呼ばれた自分の名前。
ハッとして正気を取り戻すと、先輩は私が落とした傘を走って取りに行ってくれた。
「まずは落ち着け。公園で遊んでいたはずの弟がいないんだな?」
優しく尋ねてくれる先輩は、私と同じくらいびしょ濡れだった。ランニング中だから傘なんか持っていないだろうし、今だって私の折り畳み傘に彼は決して入ろうとしない。
「花は公園内を探せ。俺は公園の周りを探す。隅々まで探していなかったら、親と警察に連絡しよう」
「はい……」
私はもう泣きそうで、でも少しだけ落ち着きを取り戻して。だから何とか涙を堪えることができていた。
「大丈夫、きっと見つかるから。今、俺たちにできることをするべきだ」
その言葉に励まされた私は、今度は公園内を努めて冷静に探し回った。本当は不安に狂いそうになっていたけれど、そんな風では見つかるものも見つからないと悟ったから。
しばらくした後、先輩が直哉を連れて戻ってきた。
「おねーちゃん、ごめんね」
「もぉ……心配したんだから、勝手に行ったらダメでしょ?」
「だって先に帰っちゃったと思ったんだもん……」
どうやら直哉は、先輩と話すために側を離れた私の姿を見失い、先に1人で駅に向かっていたらしい。そこへ大雨が降り、雨宿りしていたところを、先輩に発見されたということだ。
「でも良かった。先輩……。本当にありがとうございます……」
ふと、涙でかすんだ視界の端に、フワフワと浮かぶアルミの風船が飛び込んできた。
雨に打たれてかなり歪にはなっていたけれど、そこに描かれたキャラクターたちは、それでも元気いっぱいに笑っていた。