8 直哉がいない
私たちは公園のベンチに腰かけると、コーンにのったアイスクリームをペロリと舐めた。梅雨独特の蒸し暑さに冷たい刺激が心地良く、ついつい夢中で食べてしまう。
「あー! 美味しかった」
食べ終えた直哉は広々とした公園を興味深そうに眺めた。視界の先には、小さな子どもから小学生高学年まで遊べそうな、魅力的な遊具がたくさんある。
「ねぇ、おねーちゃん。遊んでも良い?」
公園中央の時計を見上げ、私は少し思案した。帰宅時間と今にも泣き出しそうな空模様が心配だ。長居すべきではないだろう。
「うん、いいよ。でもあそこの時計の長い針が、6のところに来るまでだからね?」
聡い直哉はすぐに破顔して、駆け出した。
幼稚園児を1人で遊ばせるわけにもいかないので、なるべく近くで私も見守る。それでも直哉は小猿のように手慣れた様子で遊んでいて、特に注意することは何もなかった。
暇になり、時計とのにらめっこが続く。そして何気なく目をやった公園の外周に、凛々しい姿を発見した。
「あ、先輩」
ここは先輩の住んでいる街だから、そんな奇跡もあり得るのかもしれない。私は自分の存在を知らせたい衝動にかられた。
「こんにちは!」
ぐるりと巡る柵に近付いて、先輩に声をかける。軽快に走り去ろうとしていた先輩は、驚いた様子で立ち止まってくれた。
「どうしてこんなところに?」
「弟と餡パン男のショーを見にきたんです。この公園で少し遊んでから帰ろうと思って」
Tシャツとハーフパンツ姿の先輩は新鮮だった。真面目そうな制服姿もすてきだけれど、いつもよりにょっきりと出ている筋ばった二の腕、固そうな上半身、引き締まった長い脚についつい釘付けになってしまう。
(なんか……意識しちゃうな)
私がそっと先輩から視線を外したとき、アスファルトに少しずつ黒い染みが広がっていった。
「雨……」
いつの間にかどんよりと分厚い雲が空を覆っていて、たちまち強くなる雨脚に不安を覚える。
「雨がひどくなりそうなので帰りますね。先輩もお気をつけて」
私は挨拶もそこそこに直哉のところに戻ることにした。折り畳み傘は持ってはきたけれど、私たちが乗る東港線は大雨や暴風でしばしば運転を見合わせるのだ。
ところが……。
「あれ? 直哉?」
弟の姿が公園内のどこにも見当たらなかった。