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7 「は」の続きは何ですか

 あの日から私たちは、一駅分だけのささやかな言葉を交わすようになっていた。

 スプーンで水をすくうように、少しずつ気持ちを重ねる毎日。ぎこちなくて足りない会話は、交換日記が埋めてくれた。


 6月は雨の季節。傘をお出かけのお伴にして、私は今日も電車で学校へ向かう。


「それで試合が……」


 先輩はよく部活の話をする。球技がからきしダメな私は、そんな先輩の話を関心をもって聞いていた。

 そういえば球技大会が夏休み前にあるんだっけ。秋は文化祭と体育祭。文化祭は好きだけど、球技大会と体育祭は嫌だな。体育祭は短距離走ならまだいけるかな。うーん、問題は球技大会か。


 電車の揺れに逆らって、私は座席の端に身体を付ける。近くの手摺にかけた傘がゆらゆらと揺れて、私のチェックのスカートと短めの靴下を濡らした。


「先輩はテニス以外の球技も得意なんですか?」

「わりと」


 先輩が肩をすくめる。わかる、わかるぞ。絶対先輩は球技全般が得意だ。


「羨ましいです。うちの学校は6月末に球技大会があって……」


 私が嘆息混じりに答えれば、先輩は少し心配そうに眉を寄せた。


「は……いや、球技が苦手なのか?」


 言いかけた「は」って何だろうと思いつつ、私は素直に白状した。


「苦手なんです。ボールが向かってくると、ついつい身体がけちゃって」

「は……俺が教えようか?」


 また謎の「は」。でも私はそんなことよりも、その恐ろしい提案を断らなければならなかった。ボールさんとのお付き合いはご遠慮申し上げたい。


「種目にドッジボールがあるらしくって。それに立候補するから大丈夫です。でもありがとうございます」


 そうこうしているうちに『緑町』駅に着いて、私は座席を立った。束の間の会話はこれでおしまい。土日は先輩が乗ってこないから、次会えるのは週明けだ。


(バイバイ。また月曜日)


 私は小さく手をふった。見送ってくれる先輩の眼差しは、いつでもとても優しかった。


  * * *


「おねーちゃん、楽しかったね。餡パン男がバイ菌男にパーンチってして」

「餡パン男強かったね」

「うん!」


 翌日、私は一回り離れた弟と手を繋いで歩いていた。私の顔のすぐ横には、弟が持つアルミの風船が、フワフワと頼りなく揺れている。


 今日は土曜日。弟の直哉なおやと餡パン男のショーを見るため、隣町のハウジングセンターに来ていた。私は急遽用事で来れなくなった母親の代役で、今はその帰り道。

 弟の屈託のない笑顔を見ていると、来て良かったと強く思う。


「ちょうど3時だから、おやつにしよ。直哉はアイスクリームで良い?」


 駅に向かう途中、カラフルなアイスクリーム屋さんを前にして、私は甘味の誘惑に襲われた。直哉は私と似た大きな瞳を輝かせ、色白の柔らかな肌をうっすらと上気させている。


「うん! 僕、チョコ味がいい」

「ふふふ。じゃあ、さっきの大きな公園で食べようか。お姉ちゃんは何味にしようかな」


 そんな呑気な会話を交わしながら、私は買ったばかりのアイスクリームを手に、近くにある公園に向かった。

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