5 好きなの?
それから私たちは2日に1回のペースで日記を交換した。ページに文字が増えるたび、桐島先輩について知っていることが増えていく。
先輩はテニス部で、隣の東港町に住んでいること。4人家族で年の離れたお姉さんは東京で働いていること。趣味はテニスと読書で、朝練のため早く登校していること。
先輩との交換日記は、予想よりもずっと楽しかった。
すぐに返ってこない言葉には、現代に忘れ去られた余韻がある。
先輩のことを考える時間が無意識に与えられたことで、私の中で確実に、彼の存在が大きくなるのを感じていた。
* * *
「花、その人のこと好きなの?」
亜未ちゃんが放課後の花壇の傍らで、空っぽになった如雨露をひっくり返しながら尋ねてきた。
私はついに亜未ちゃんに話したのだ。先輩のことも、交換日記のことも。
「えっ……私はただ日記を渡しにくいから、何か良い方法がないかなって」
実は今日、たまたま鉄道会社の企画している「歩こう会」があったらしく、先輩が座る側の手摺付近でおじさんとおばさんが団子になっていて、交換日記を渡せなかった。
「隣に座れたら楽だけど、私の方が先に乗っているのをわざわざ移動するのも何だか不自然というか……」
「質問に答えてよ、花。答えてくれなきゃ、私も花の言う『良い方法』なんて考えないから」
「う」
亜未ちゃんはいぢわるだ。私は作業用の軍手をもぞもぞと外しながら、質問の答えを考える。
桐島先輩とは交換日記を通してのみの交流で、1ヶ月経ってもほとんど会話と言えるものはしていない。会話の最長記録はあの交換日記を手渡されたときだ。ぶっちゃけ最近は、挨拶以外の声は聞いていない。
それでも真面目そうな文字や、簡潔ながらも当たりの良い言葉選びは、先輩の人柄を知るのには充分だった。
それに先輩は武士みたいな人だと思う。姿勢が良くて、精悍な顔なのに、目の奥は優しい。そしてちょっと硬派で不器用な感じがして。
私は先輩のそんなところは嫌いじゃなかった。ううん、むしろ……。
「たぶん……好き……かも……しれない……」
私の自信なさげな呟きに、亜未ちゃんがニヤリと笑う。
「そっかそっか! 花はその先輩が好きな訳ね! じゃあ、私も協力してあげる」
「あ、ありがと」
私は亜未ちゃんの勢いに若干押されつつ、自分のセミディの髪を落ち着かなく弄った。
「確実に日記を渡すなら、やっぱり隣に座ることよねー」
「なら、私が先輩の座る場所に、先に座っておけば良いかな?」
「でもその先輩は相当な奥手でしょ。花が先に座ってたら、遠慮して、どこか他の場所に座っちゃうかもよ」
「えー、じゃあどうすればいいの?」
亜未ちゃんが人差し指を顔の前で横にふる。
「交換日記に書いちゃえば! 隣に座りたいって!」
「そんな直接的に?!」
「それくらいは花が押しなよ。交換日記だって、向こうが勇気を出してくれたから始まったんでしょ。次は花の番だよ」
「うん、そうだね。そうしてみるよ」
私はその日の夜、思いきって「隣に座りたい」と交換日記に認めた。日記を渡しにくいからとか、言い訳めいたことも書いてしまったけど、それくらいは大目に見てほしい。
だって恥ずかしかったんだもん。
私は翌日、先輩に日記を渡した。そのときは、まだすれ違いざまだった。
自分に好意的だと一気に相手のことを意識しませんか? ストライクゾーンだと特に。さらに、お友だちにカミングアウトしちゃうと、自己催眠状態になって、もっと好きになるという……。
そんな法則があると思います(・ω・)ノ