42 哀れな恋の奴隷
「……ふん! き、聞いてやりょ……やろうじゃないの! どうせハッタリに……決まってるんだかりゃっ!」
ギャルこと松原杏は明らかに動揺していた。
(すごい……! あのギャルを追い詰めるなんて……)
キャラクターのお面が似合っているとかいないとか、お面から顔がはみ出ているとかいないとか。そんなことは取るに足らない些末な問題なのかもしれない。
おそらくお面男こそが最強の味方であり、私の救世主に違いなかった。
お面男は優雅にギャルから逞先輩へと美しい指の先を滑らせ、朗々と言葉を紡ぐ。
「貴様はそこの桐島逞の好きな相手を、その身体を餌にして、ある男に探らせた。貴様にまだ想いを寄せる哀れな男は、持てる力のすべてを尽くし、その恋敵を突き止めたのさ」
そしてお面男が私たちを順々に見回した。
「その恋のライバルこそ、そこにいる咲谷花だ。そして貴様は、咲谷を騙したうえで威嚇した」
「杏が、花を……」
先輩の声は唸るように低い。お面男は少しだけ顎をあげた。
「いかにも。『センパイと付き合っているから、うろちょろ付きまとうな。このバカ女。お尻ぺんぺん』って具合にな」
「俺の知らないところで、そんなことが……」
先輩は悔しそうに拳を握る。
……それにしても、お面男の意訳には凄まじい悪意が感じられた。でもご丁寧に訂正してあげるほど、私だってお人好しじゃない。
「だから日記のあの言葉を消したのか……」
「あの言葉……? それって……」
しかし言い終わる前に私の言葉はかき消された。ヒステリックな声が辺りに響いたからだ。
「そんなのまったくのデタラメだわ!」
ギャルの反撃も、お面男には届かない。
「証拠はある」
「証拠……ですって……?」
彼女の顔が一瞬にして強張った。
「僕は事の次第を、本人から直接聞いたんだ! 貴様の恋の奴隷となった哀れな男にな! くくく……」
「げ、まさか……」
「貴様がお望みとあらば、呼んでやろうではないか!」
お面男が芝居がかった動きで手を挙げた。
「さぁ、出て来てください!」
そうして近くの景色がぐにゃりと歪む。変哲のない夏祭りの景色の1部が浮かび上がって、人間の形になった。
「「「!」」」
3Dを見ているような不可思議な現象。私はついつい目を擦って、瞬きを繰り返した。
そして現れたのは飯尾くんのお兄さん。
ギャルの魔性に誑かされて、私と先輩の動向を彼女に報告していた、飯尾くんそっくりの見目麗しいストーカー。
「策に溺れたな、松原杏よ! 貴様もまた、探られていたのだ!」
見事に背景に溶け込むカメレオン並みの擬態は、まさに職人芸だった。
ミスターボロ雑巾! 飯尾くんのお兄さんがまさかの参戦!
「匠……。どうしてあんたが、ここに……!」
お兄さんの名前は飯尾匠です。魔王の名前はまた後日( ・∇・)




