38 (先輩視点) 花と杏 1
R15です。杏が攻めてます。先輩は塩対応です。
「どこまでついてくるんだ!」
俺は一人になりたくて、付きまとう杏にいう。思ったよりも大きな声が出たが、男慣れしている彼女はそんなことでは怯まなかった。
「ねぇ、逞。あんな子やめといたら? 本屋で私と一緒に聞いたじゃない。遠距離恋愛の彼氏がいるって」
「その彼氏とはもう別れていると思う」
杏は苛立っているようで、いつもよりもさらに眦がつり上がっていた。いちいち俺の腕を取ってくるので、その度に転倒させない程度に振り払う。それでも彼女はめげなかった。
「百歩譲ってその通りだったとしても、さっきのキスについてはどう考えてるの? もう新しい彼氏がいるか、二股か、どちらにしても軽い女でしょ。ああいう清純そうな女の方が、裏ではヤルことヤリまくってるんだってば。真面目な逞には、あの子は似合わない!」
杏もまた興奮しているのだろう。ヒステリックな声が頭に響く。それはまるで硝子を引っ掻いたような極めて不快な音だった。
「花のことを悪く言うな。頼むから、もう黙っててくれ」
「お前より軽い女はいない」。そう言い返してやりたかったが、さすがにそれは言えなかった。俺は疲れて、その場に足を止める。
「……私だって、私だって、逞が好きなのに!」
「……は?」
杏は猫のような瞳に涙を浮かべた。俺の服の裾を掴んで見上げてくる。
「気づいてないの? 私、本気なんだよ? 最初は私に靡かない逞を落とそうと思って、意地になってた。でも優しい逞のことがいつの間にか本気で好きになっていたの。ねぇ、付き合って! 私を見てよ」
杏のほとんど悲鳴じみた告白は、聞いていて苦しかった。仮にその想いが本気だとしても、俺の気持ちは変わらない。俺が好きなのは……。
「ごめん。気持ちには応えられない」
「なんで? どうしてよっ!」
杏は一気に距離を詰めて、それから俺の顔を覗きこんだ。歪んだ笑みが視界を汚す。
「じゃあ、最後の思い出にキスをして? そしたら諦めてあげるから」
「お前……何言ってるんだ? そういうことは、簡単にするものじゃないだろ」
「やっだー! 純粋なんだから! あの子だって、キスくらいしてたでしょ? それとも……場所を移動して最後までヤっちゃう? 浴衣だけど、これ着るの簡単だから大丈夫だよ」
「だから、落ち着けよ」
「あれ? もしかしてシタコトないの? でも大丈夫、優しく教えてあげるから」
杏は浴衣の合わせ目を意味深に寛げた。見えてはいけないものが見えそうなギリギリのところで、手を止める。杏は魔女だ。この手管で何人もの男が彼女に喰われている。鮮やかな笑みを唇にのせ、俺の首に腕を回した。
「ね、場所、移動しようか?」
先輩も純情なので、そっちの経験はないです。杏はたくさんあります。




