37 魔王の激励
飯尾くんが前半は暴走します。注意してください。
飯尾くんは親指の腹で、私の頬の輪郭をなぞった。そしてその端麗な顔が迫ってきて……。
(え、え、え……!)
目線のやり場に困るほどの至近距離。さすがの私ですら危機感を覚えた。
(まさか、これって……!)
「いざ、熱い接吻を」
「……いやぁぁぁぁ!」
パンッ!!!
魔王飯尾くんの顔面に放ったグーパンチ。それはいとも簡単に受け止められてしまったが、とりあえず彼は止まり、私の大切なファーストキスは守られた。
「……と、そういうことだ。わかったか?」
飯尾くんの飄々とした顔を見ていると、怒りよりも虚無感が湧いてくる。
「口で言ってくれればわかるのに」
「安心しろ。ほとんどする気はなかったからな」
「……そうなんだ……はぁ……」
「ほとんど」という言葉に多少のひっかかりを覚えたが、世の中には知らなくても良いことが沢山ある。
それよりも私は、飯尾くんとキスをしていたと思われていたことがショックだった。
「あの男はたしか、球技大会の前に電車で会った奴だな」
彼は先輩が去っていった方向を見つめていた。今はもう誰もいないその場所を。
「とりあえず、僕に全部話してみろ」
「うん……」
観念してすべて話し終えると、彼は大仰にため息をつき、その後鼻で笑った。
「やはり彼氏なんていなかったのか」
「嘘をついて、ごめんね」
「まぁ、いい。何となくわかっていた。これですべて話はつながったしな」
「?」
飯尾くんは一拍おく。そしてやおら真剣な瞳で射抜かれて、私の肌がピリリとした。飯尾くんの怜悧な美貌で凄まれると迫力がある。
「それでどうしたいんだ?」
「もう失恋は決定だから……」
「また、この僕に嘘をつくのか。本当は未練タラタラなんだろう」
「そんなこと……ないよ」
「さっきまで泣いていたくせに?」
「あれは足が痛くて……」
「僕との仲が誤解されたくらいで、オロオロしてただろうが。いい加減、素直になれ!」
飯尾くんの一喝は、失恋に凝り固まっていた私の心を砕こうとする。
「僕に怯えている咲谷は好きだが、他の男のことでウジウジ悩む咲谷は嫌いだ。未練たらしく過去の恋に囚われて、僕の方を向いてくれないお前じゃ、こっちが困る」
(待って! これじゃ、飯尾くんって、私のことが本当好きみたいだ)
「飯尾くんって……私のこと……」
彼はすべてを言わせてくれなかった。
「まだ、言うな。くくっ……それはそうと、実に良いパンチだった」
彼は私の背中を、押し出すようにドンと叩く。手加減はしてくれたみたいだけど、なんだかとても痛かった。
「行ってこい。自分の気持ちを直接話して、本人の口から答えを聞け。先輩とやらが、僕と咲谷の関係を勘違いしたように、お前たちの間にも誤解があるのかもしれない」
「うん……そっか、そうだよね」
「もしフラれたときには、僕が一生面倒を見てやるから安心しろ。 逃げ帰ってきたら承知しないぞ」
「ありがとう、頑張ってみる!」
私は痛む足を引き摺って、先輩を追いかけた。万に一つの可能性を、この手に掴むために。
ようやく花と先輩が向かい合います。
飯尾くんは土壇場にプロポーズ。それに気がつかない花……。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。




