34 (先輩視点) 消された文字を信じて
先輩の回想です。花に別れを告げた真相が書かれています。
テストが終わったあの日。俺は緑町駅にほど近い大型書店に立ち寄った。
洗練された外観に豊富な品揃え。持ち込み可能なカフェスペースもあることから、読書を趣味とする者たちにとって、極めて居心地の良い空間となっている。
緑町駅は花の通う高校の最寄り駅だ。彼女との偶然の再会を心のどこかで期待していたら、神のサイコロは悪戯に転がり、そのときもまた神出鬼没な杏に捕まってしまった。
そばかすの散った小麦色の肌に、「偶然ね」と意味深な笑みを貼り付けた彼女。2人だけの秘密の約束を交わすように小さな声で囁かれ、何だか少し背筋が冷えた。
そんな彼女の態度に気が削がれ、早々に退散を決意した瞬間。
聞こえてしまったのだ。背の高い本棚越しに、『咲谷』と呼ぶ男の声と、少し細い女の声が。
『逃げるな。テスト期間中は慈悲の心で待ってやったんだ。でももう待つことはできない。さあ、僕の前にお前の《彼氏》とやらを連れてこいっ!』
(彼氏?)
『あの……ちょっと待ってほしいの。彼氏とは夏休みまで会えないの、だから……』
(夏休みまで会えない?)
『そうか、話はわかった。それでいつ別れるんだ?』
『別れたくないよ。彼のことは……大好きだから』
『くそっ、ベタぼれか!』
『えへへ』
(別れない……? 大好き……?)
俺はそのやりとりをただ呆然と聞いていた。声は間違いなく花のもので、もうひとつの声は『飯尾』という男のものだろう。それは俺を失恋へと誘う単純明快な方程式。
(花には遠距離恋愛の彼氏がいたのか? そして今も花は……そいつのことを……)
それから終業式までは、悶々とした日々を過ごしていた。
久しぶりに会う彼女は真夏の陽射しよりも眩しくて、手の届かない太陽のように俺の胸を熱く焦がした。
『ここまで来たら、花に会いたかったから』
花は何か答えたけれど、その言葉は蝉時雨にいとも簡単に飲み込まれてしまう。そして自分の予想通り、芳しい反応は得られなかった。
『いえ、あの……またお祭りのときに言いますね』
引導を渡される前に、俺は最後まで渡すのを躊躇っていた交換日記を差し出した。もう優しい彼女を煩わせるのは終わりにしよう。そうしなければならないと思っていた。
しかしその後、なぜか花が俺の家の近くで倒れてしまうという事態が発生した。大切に抱きかかえて運んだとき、夢現を彷徨う花が呟いた後悔の言葉。
『せっかく書いたのに消しちゃった……』
確かにその日、母を通して渡された日記には何かを消した痕跡があった。よく見なければ気づかない、目を疑うまさかの4文字。
「好きです」
俺は混乱する頭で考えた。もしかしたら花は、大好きだった彼氏と別れ、発作的に俺に会いに来たのかもしれない。それでも良い。彼女の失恋の傷を癒す踏み台でも構わない。
いつかきっと、本当の恋人どうしになってみせる。そう思っていたから。
花ちゃん、筆圧が強かったみたい……。次はまた怒濤の展開ですΣ(゜Д゜)
昼ドラ再び?!




