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33 (先輩視点) 向かう先は?

 花に初めて会ったときのことはよく覚えている。あれは4月のよく晴れた月曜日の朝だった。


 テニス部の朝練に行くため、俺は毎日早く家を出る。それは学年が上がったところで変わりはないが、通学途中に出会う顔触れは多少変化していた。


 早朝。まだ人がまばらな電車の中。閑散とした空間で、去年はいなかった1人の少女に、俺は一瞬にして目を奪われた。


 サラリーマンや学生、皆がスマホをみている中、読書をしていた少女。

 凛と伸びた背筋。鎖骨にかかる位の真っ直ぐな黒髪。白いブラウスとチェックのスカートから伸びる色白で華奢な手足。


 いつも彼女は、車内放送が入ると顔をあげ、駅に着くまで粘ってから本を閉じる。そうしてようやくおがめた顔は精緻せいちな人形か何かのように整っていて、慌てて降りる姿は仔うさぎのように可愛いらしかった。


 2日に1度だけ乗り合わせる彼女。いつか乗り過ごすんじゃないかとハラハラしながら見守っていた。

 やがてその想いはすぐに形を変えてしまう。見ているだけでは満足できない、欲望を伴うものへと。


 彼女はどんな風に笑い、どんな声で話すのか。もっと知りたい、もっと近づきたいという欲求が、俺の中で日に日に質量を増していく。


 交換日記を申し込んだのは、本を読むのが好きなら書く方も好きなんじゃないかという安易な発想だった。今は都会で働いている姉が、高校生のとき彼氏と交換日記をしていたのも大きい。


 そして初めて花に声をかけたあの日から数ヶ月。重ね合う日々の中、俺たちは少しずつお互いのことを知り、距離を縮めていった。


 ふとしたときに見せるはにかんだ表情。ちょっとしたことで頬を染め、黒目がちな大きな瞳で俺を見つめて……。

 自惚うぬぼれることができる程度には、花の好意はわかりやすかった。……いや、わかりやすいと思っていた。


 花に彼氏がいると知った、あのときまでは。


 * * *


「逞、痛くて歩けなぁい……。おんぶしてー」


 俺は杏の散らばったサンダルを拾い、起き上がれるように手を貸した。でも俺の手をしっかりと握りながらも、上目遣いで甘えた声を出すので、俺はほとほと困り果ててしまう。


 杏は俺と同じ北高校のテニス部に所属し、全国区のすばらしい選手だ。しかし男関係については良くない噂があり、できればあまり関わりをもちたくなかった。


(早く花を追いかけないと……)


 そうは思うものの、杏を倒したのは自分だから放ってはおけない。そんなに強く彼女の手を振り払ったつもりはなかったが、事実は事実だ。

 今日という大事な日に、偶然彼女に出くわしてしまった己の不幸が呪わしい。


「逞……あれ、杏も? 座り込んで何やってるんだ?」

「! ちょうど良かった」


 そのとき、いつも一緒に帰っているテニス部の友人に声を掛けられた。東港大社の夏祭りは地元民が集う一大イベントだから、顔見知りに会う確率はそれなりに高い。俺は有無を言わせず、そいつに杏を押し付けた。


「杏は足をくじいているかもしれない。後は頼んだ!」

「え! 頼んだって……って、おい、逞! お前はどこに行くんだよ?!」


 俺ははっきりと答えた。


「好きな女のところ!」


 人混みに消えた花を探すため、俺は東港大社の奥に向かった。

先輩は杏に狙われているとは思っていません。気が多い女だと思っているので、いつもモーションかけられても淡白に流しています。それが逆効果なんですが……。

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