26 幸せな白昼夢
電柱にへばりつく私を見つけてしまったのは、あろうことか先輩のお母さんだった。
「まぁ、花ちゃんじゃない! こんにちは」
「こ、こんにちは……」
女優顔負けの美麗な笑顔を前にして、私の鼓動が一足とびに駆け上がる。激しい動揺を抱えながら、私は電柱を背後に怖じ気づいた。
(まさか好きな人のお母さんに見られるなんて……。危ない女だと思われたかも……)
飯尾くんのお兄さんが電柱の影から、好きな子をスト……ゴホン……もとい見守っていることを知ったとき、私は正直ドン引きした。でもあれは、一般的な女子としては至極真っ当な反応だと思う。
だとすれば先輩のお母さんも、ニコニコ笑顔の裏側で、盛大に後退りしているかもしれない。
深々と下げた頭に、真夏の日射しと先輩のお母さんの視線が突き刺さっているような気がした。
「逞に用かしら?」
「はい……! あれ……?」
急に頭を上げたらフラついた。血がめぐっていないような、酸素が足りていないような不思議な感覚。身体の芯に熱がこもって、頭が痛い。降り注ぐ蝉の声が静かに私から遠ざかる。
(力が入らない……)
先輩のお母さんがさしている白い日傘。それが私の視界に広がって、カメラのフラッシュのような真白い光に包まれた。そして忍び寄る漆黒の暗闇……。
平衡感覚を失って、足元が揺らいだ。
「花ちゃんっ?!」
先輩のお母さんの焦った声を聞きながら、私の意識は氷よりも速く、夏の暑さに溶けていった。
* * *
私は熱に浮かされて、都合の良い夢を見た。
壁に凭れる私を覆う白い日傘。その淡い光の向こうから私の王子様が現れる。心配そうな表情が愛おしい。それからすぐに力強い腕に囲われて、お伽噺のお姫様のように大切に抱っこされるのだ。
そんな幸せな白昼夢。揺りかごのように揺蕩って、このまま身を任せたかった。
(「好きです」って、せっかく書いたのに消しちゃったな……)
夢と現を彷徨う私は、そんなことを回らない頭で考えていた。




