21 遠距離恋愛だという勘違い
「む。なんだ、その失礼な反応は」
飯尾くんは眉間という限られたスペースで、不快感を端的に表現した。その皺さえもさまになる彼は、過ぎ去りし時代の銀幕のスタァのようだ。
「飯尾くんは何でここにいるの? あ、本を買いにきたんだよね? ここは本屋さんだもんね。ささ、あっちにあるんじゃないかな?」
私は飯尾くんの大きなリュックを押して、遠くに追い払おうとする。
……が、あえなく失敗した。
ガシッ!
また肩を掴まれ、飯尾くんに捕獲される。
「逃げるな。テスト期間中は慈悲の心で待ってやったんだ。でももう待つことはできない。さあ、僕の前にお前の『彼氏』とやらを連れてこいっ!」
「うぐっ……」
(どうしよう……)
彼氏がいたとしても会わせる義理はまったくないが、残念ながら粘着男飯尾くんに、そんな理屈は通用しない。
現に自重していたと思われる声量も、じわじわとボリュームが上がりつつある。
「あの……ちょっと待ってほしいの。彼氏とは夏休みまで会えないの、だから……」
逞先輩に想いを告げるのは、東港大社での夏祭りだと決めている。
告白したところで、先輩が彼氏になってくれるとは限らないけれど、私には他に飯尾くんの追及をかわす手立てが思いつかなかった。
「……ふむ」
顎に手を当てて考える様子の飯尾くん。
「そうか、話はわかった。それでいつ別れるんだ?」
別れるも何も、まだ私たちは付き合ってもいない。それにずっと一緒にいたいと思うからこそ、勇気を出して告白するのに。
「別れたくないよ。彼のことは……大好きだから」
「くそっ、ベタぼれか!」
「えへへ」
先輩のことを話すだけで、胸にあたたかい気持ちが溢れてくる。しまりのない顔をしている私を、飯尾くんは眼光鋭く睨みつけた。
「まあ、いい。夏休み中に僕の店に連れてこい。熱いトングで挟み殺してくれるわ!」
「……挟み殺すなら連れて行かないよ」
「お前に拒否権はない! もし連れて来なかったら、そのときは……。……くくく……ははは……あーっははは……!」
「!」
空気を読まない突然の哄笑。周りの視線が私たちに突き刺さる。迷惑なことに、飯尾くんのリミッターは完全に外れたらしい。
「ちょっ……待って……飯尾くん……さっきから思ってたけど、声、大きくなってるよ」
戸惑う私を意にも介さず、飯尾くんは「フッ」と息を漏らし、正面から掬うように髪をかきあげた。形の良い額に整った眉毛。そして手の下から覗く涼やかな目元。
この画面だけ切り取れば、整髪料のCMと言っても通じそうな程度にイケメンだ。
「咲谷! そのときは正式に、僕と付き合ってもらうからな!」
「それは絶対に無理だから、せめて僕にして!」
「構わない。僕は彼女に昇格可能だ」
「昇格したくないんだけど……」
「照れるな。では僕は行く。兄さんの用事も終わったようだしな」
そして飯尾くんは額から2本の指を離す仕草をした。
「アデュー! 咲谷」
「ア、アデュー……はっ、つられちゃった!」
飯尾くんのペースにすっかり引き摺りこまれた私は、途方もない疲労感に襲われ、力無く帰途についたのだった。
飯尾くんは、花が遠距離恋愛をしている(引っ越す前の土地に彼氏を残してきた)と思ったようです。
ハッピーエンドなので安心してお読みください。




