20 飯尾くんの追及
「やったー! 終わった」
「夏休みだ」
「やべー、俺、補習かな……」
テスト用紙が回収されて、皆が口々に喋り出す。喧騒に包まれた教室はテスト後の解放感に溢れていた。
「花、どうだった? できた??」
「うん、まぁまぁかな。亜未ちゃんは?」
「私はちょっと危ないかも……。平均点あるかなぁ」
がっくりと項垂れる亜未ちゃんの背中を、私はポンポンと叩いた。
「ね、この前言ってたカフェで、パンケーキでも食べようよ!」
「うう……。そうだね、せめてテストが返ってくるまでは現実を忘れたい……」
おしゃれな店は駅前に集中しているから、自転車通学の亜未ちゃんは自転車を押して私と歩く。蒸し暑い外気を逃れてカフェに入ると、似たような考えの学生が大勢いて、少しの待ち時間の後、席に案内された。
「花さ、今は先輩とどうなってるんだっけ?」
オーダーを終えた亜未ちゃんがお冷やを飲みながら尋ねてくる。
「テスト期間中は会えていないの。先輩も朝練がないみたいで」
ガラス越しに外を眺めていると、他校の制服が目に入った。テスト日程というのは、どこの学校も大差ないらしい。先輩も今頃、お友だちと解放感に浸っているのだろうか。
そんなことを考えていたら、亜未ちゃんがニヤリと笑った。
「そっか。ってかさ、今度紹介しなさいよ」
「うん。夏祭りに告白しようと思っているの。無事に付き合えたら紹介するね」
「期待して待ってるから」
肝心のテストはそれなりに手ごたえがあったから、問題なく夏休みを迎えられるはずだ。朝練が始まればきっとまた会える。
私たちは他愛もない話をしながら、楽しい時間を過ごした。
* * *
亜未ちゃんと別れた後、私は駅前の大きな書店に立ち寄った。
読書を断ってテスト勉強をしていた私は、物語の世界が恋しくなってしまったのだ。
(この前、買い損ねた文庫本はあるかな……。ここにはないや……。じゃあ、あっちかな? うーん、それともこっち?)
この書店は何でも揃うことで有名で、聳え立つ本の壁が私の捜索を困難にした。私は目的の本を求め、ぐるぐると売り場を歩き回る。
そのときだった。本の城にはそぐわない演技がかった低い声が聞こえたのは。場所を考慮してか、心なしか音量は控えめだ。
「咲谷よ、もう逃げられないぞ!」
「げ、飯尾くん」
またしても魔王飯尾くんが現れた。彼は間髪入れずに切りかかってくる。
「いつ、僕に彼氏とやらを紹介してくれるんだ!」
(くっ、痛いところを……)
どうやら私の試練は、テスト後からが本番だったようだ。




