2 止まらない季節
私、咲谷花は県立緑高校に通う女子高校生。園芸部に所属しているので、花壇の世話をするために、人より早く登校することが多い。
いつも通りひとまず教室に入り、窓際の自分の机に鞄を置く。変わらない日常の中で謎の大学ノートだけが、春の嵐のように私の心を揺さぶっていた。
「はーなー! おはよ!」
そのとき教室の後ろの扉から、元気なポニーテールが入ってくる。
「あ、おはよ。亜未ちゃん」
この子は私のお友だちの亜未ちゃんだ。都会の中学校に通っていた私は、高校進学を機にこの街にやって来た。同じ中学校からのお友だちがいない中、明るくて積極的な亜未ちゃんと仲良くなれたのは幸運だったと思う。
「行こっか」
私は思考にこびりつく大学ノートを頭の隅に追いやって、亜未ちゃんと共に校内に散らばる園芸部の花壇に向かった。
* * *
水やりは二人一組でやることになっている。私のペアは亜未ちゃんだ。ちなみに園芸部は皆で4人しかいない。つまり2日に1回は早く登校しなければならなくて、それは長期休みも同様だ。
外はまだ、心地よい春の日射しに満ちていた。それでも季節は止まらなくて、校庭の緑は日に日に色を濃くしている。桜はすっかり花びらを落とし、先を競うように若葉が空に手を伸ばしていた。
毛虫には注意しないと。私の知り合いは桜の木を見上げていたら、顎に毛虫が落ちてきた。
人生は本当に何が起こるかわからない。今朝の私はそのことを身に染みて実感していた。
体育館からは朝練をしている声と、ボールの弾む音が聞こえてくる。
(元気が良いな)
そんなことをとりとめもなく考えながら、私はしゃがみこんで雑草を抜く。
ブチッブチッ
あの大学ノートには何が書いてあるんだろう? まさか愛の告白。いや、そうだとしても、なんでノート?? 手紙とか口頭で言うとか他に方法がありそうだけど。いきなりつらつらと思いの丈を綴られても困ってしまうかもしれない。
チョロチョロ
如雨露から流れる水に光が反射して、乾いた土が色を変えた。なんだかその濃くなる色に吸い込まれて……。
「こらっ! 手がお留守になってるよ」
「あわわ……」
振り返ると亜未ちゃんが、白ブラウスとチェックのスカートの境目辺りに、両手を当てて立っていた。「怒ってるぞ」のポーズに、わざとらしくくるりとした目をつりあげて。
「びっくりした! ごめんね。ちょっとぼーっとしちゃって」
「ふーん……」
ジト目でみられて、目をそらす。
「花、何か隠し事してない?」
「し、してないよ!」
私は今朝のあの記憶を、なんだかとても大切にしないといけないような気がしていた。この胸を満たす「ふわふわ」を誰にも知られたくない。どうしてだろう?
授業中も落ち着かなくて、私は窓の外ばかりを眺めてしまう。
鮮やかな新緑と抜けるような青い空。大きく育っていく木々は、瑞々しい生命力に溢れていた。