18 テストの後に
言うまでもなく、私は飯尾くんが苦手だ。
ともかく彼はしつこい。とりもちに接着剤をのせて、さらにその上に米粒を塗りたくったような粘着質な性格をしている。
そんな飯尾くんに、先輩を彼氏と偽って紹介するのは怖かった。嘘はすぐばれるだろうし、先輩を自分勝手な茶番に付き合わせたくない。
それならば、とるべき手段はただ1つ。
(もう、先輩に告白するしかない……!)
もし幸運にも両想いだったら、先輩を「彼氏」として紹介すればいいし、失恋してしまった場合は……うん、今はまだ考えないことにしよう……。
告白は勢いだ。上手くいくと信じないと、勇気なんて出せやしない。
(こればっかりは交換日記じゃなくて、直接言わないとダメだよね)
そもそも私は恋愛経験が乏しかった。憧れ止まりの気持ちなら、あったような気もするけれど。
(うーん。いつどこで、どうやって告白しよう……)
作戦を練るに当たり、私は頭の中で7月のカレンダーを思い浮かべる。
月が変わればすぐに1学期の期末テストがやってきて、その後に控えているのは待望の夏休みだ。
(私と先輩の両方のテストが終わって、夏休みの前に気持ちを伝えるのが1番いいかな……? ひとまずはテスト勉強に集中しないとダメだよね)
ちなみにピーチクパーチク騒ぎ続けていた飯尾くんは、奥から現れた彼のお父さんによって退場させられた。
何度も言うが、私は飯尾くんが苦手だ。
お父さん。回収してくれて、ありがとうございます。ぺこり。
* * *
球技大会から期末テストまでは1週間。
赤点は追試のうえに地獄の補習。平均点以下にはもれなく宿題5割増し。学生たちは泣きながら勉強するしかなかった。
私ももちろん例外ではなく、通学の時間も勉強に当てる。
「花。おはよう」
先輩が一昨日と同じく、慣れた様子で隣に座った。青い座席がわずかに揺れて、私はテストのためにまとめ直したノートをパタリと閉じる。
「おはようございます」
「テスト、いつから?」
先輩の視線が手元に落ちたのを見て、私はノートを持ち直した。
「月曜日からです。先輩のところは?」
「同じだ」
「そうなんですね。勉強は順調ですか? 私の場合、土日にかなり頑張らないとマズイんです。でも家だとなかなか集中できなくて……はぁ……」
休日は直哉の襲撃で勉強どころではない。でも弟の屈託のない笑顔には勝てなくて、私の口からは知らず、幸せなはずの溜め息が漏れていた。
「それなら図書館かどこか、家以外で勉強した方が良いんじゃないか?」
「でも私、まだここに引っ越してきて3ヶ月くらいだから、どこの図書館の自習室がいいとか、よくわからないんです。平日は学校で夕方までは勉強するとしても」
亜未ちゃんは塾の自習室で勉強する派だと言っていたが、生憎私は塾には通っていない。
「直哉くんがいなくなったあの公園の近くの図書館は? そこの自習室なら、広くて使いやすいけどな」
「へー、そうなんですね。土日にいってみようかな……」
「先輩も行きませんか」と言いたくてチラリと様子をうかがってみる。
でも年下の私と勉強したところで、教え合うこともできないから、先輩のためにはならないかもしれない。そう思うとなかなか誘うことができなかった。好きな人には迷惑をかけたくない。
「土日、一緒に勉強するか? 俺も家だと集中できなくてさ」
先輩は私の気持ちを見透かしたように、穏やかに、それでいて照れくさそうに笑って言う。
私たちを乗せた電車は心地よい揺れを刻んで走っていた。
笑顔で頷いた私は、電車の動きに身を任せる。近くなる温もりと、ほんのわずかに触れる腕。
(両想いかもしれない)
淡い期待に高鳴る胸を抱きしめて、私はただただ幸せな未来を夢見ていた。