16 魔王の兄
飯尾くんも、飯尾くんのお兄さんも強烈なキャラです。気をつけてください。
無理そうならバックしてください(((・・;)
私は懸命に飯尾くんの身体を押し、物理的な距離の確保を試みる。
ぐぐぐぐっ……! は、離れない!
爽やかな笑顔におよそ似つかわしくない馬鹿力。魔王飯尾くんは岩のように動かなかった。
そこでふと、彼が1年生にもかかわらず剣道で全国大会に行っていたことを思い出す。
竹刀というのは意外に重い。それを腕の一部として軽々と扱うのだから、スコップを通常装備とする私が敵う相手ではなかったのだ。
「飯尾くん! 痛いから離して」
作戦変更。切実な願いを込めて、飯尾くんの切れ長の瞳を覗きこむ。実力行使が無理なら、口で訴えるしかない。
「そうだ。お願いするなら今のうちだぞ」
彼の一対の黒曜石。その奥で不規則に揺らめく不気味な炎。隣のテーブルの炭火が、情念を宿して彼の瞳に棲んでいるようだ。
「離して、お願い!」
パッ!
「わわわっ」
ポフン
突然離された私は、隣の席の亜未ちゃんの胸に柔らかく受け止められた。
そのとき、飯尾くんによく似た男の人が私たちのテーブルに近付いてくるのが見えた。彼が纏っているのもまた、飯尾くんと同じ『炭火焼肉いいお』のエプロン。トレイには追加の飲み物がのっている。
「やぁ、兄さん。彼女ができました。すみません、失恋した兄さんをさしおいて、僕だけ幸せになって」
飯尾くんはご機嫌だ。
(飯尾くんに彼女がいるなんて初耳だな。物好きな子もいたもんだ……。そしてこの人が、ボロ雑巾のように捨てられたと噂のお兄さん……?)
私は失礼にならない程度に相手を観察する。
「弟よ、構わぬ」
兄さんと呼ばれたその人は、憂いを帯びた表情で緩く首を振ると、じんわりと滲み出るように口角を持ち上げた。
「愛しの彼女のことは、これからも電柱の影から見守るつもりだ」
「そうですか、頑張ってください。兄さんにもぜひ、幸せになってもらいたいものです」
「ああ、弟よ」
そうして飯尾くんのお兄さんは7人分の飲み物をテーブルに置いた。さらりとしたストーカー宣言に、激励を送る飯尾くん。なんて恐ろしい兄弟だろう……。
私は飲みやすいようにストローの位置を直すと、目の前に置かれた黒烏龍茶に口をつけた。
「弟よ、どの子が彼女なんだ?」
ビシッ!
喉元を通るひんやりとした快感と、私の目の前に突き出された指。その節くれだった指は飯尾くんのものだ。
「咲谷花。こいつが僕の彼女です」
「!」
いつでも嵐は突然にやってくる。無遠慮に容赦なく。
私は予期せぬ事態を飲み込むことができなくて、思いっきり噎せて咳き込んだ。
亜未ちゃんは巨乳です……。