11 球技大会の種目
教卓の前に、球技大会の実行委員の飯尾くんが勇ましく立っていた。彼の背後にある黒板には、「絶対優勝!」の斜め気味の文字が踊っている。勢いが余っちゃった感じだろう。
「――ということで諸君っ! この球技大会は絶対に優勝しなければならないっ! 」
放課後の教室。ボルテージが上がりっぱなしの飯尾くんは、壇上で吼え猛る。
「飯尾くん、どうしてこんなに熱くなっているの?」
うちの学校は行事が盛り上がることで有名らしいけれど、1年生で未経験だし、特に私は引っ越してきたのでよくわからなかった。
疑問に思って後ろの席の眼鏡女子に尋ねれば、彼女は口を手で囲むようにして声を潜める。
「なんか私情が入っているらしいよ」
「私情?」
眼鏡女子がおかっぱの顔を、私の耳元に近付ける。
「飯尾くんのお家、焼肉屋さんなんだけど、そのライバル店の息子が隣のクラスの実行委員なんだって。ついでにたまたま隣の隣の実行委員のお姉さんに、飯尾くんのお兄さんがぼろ雑巾のように捨てられたのよ。さらにその隣の隣の隣のクラス……」
飯尾くんを巡る因縁と不幸の螺旋階段は、私を恐怖で硬直させた。
「そ、それにしても詳しいね?」
眼鏡女子はクイッと眼鏡のツルを持ち上げた。そして分厚いレンズの奥が鋭く光る。
「新聞部ですから」
「なるほど」
「そこ! 無駄話するんじゃない!! 特に咲谷、前を向け!!!」
会話をぶった切るように飯尾くんに叱られ、私は教えてもらったお礼と巻き込んでしまったことを謝罪し、再び前を向く。
しかし私のように飯尾くんの熱に当てられて戸惑っているクラスメイトも多かった。彼はそれを見越しているかのように不気味に笑う。
「くくく……ははは……あーっははは!」
3段階魔王笑いをする飯尾くん。見た目はイケてるんだけど、はっきり言って癖が強い。でも一部の女子と、極々一部の男子には人気がある。
「諸君! 優勝したら、僕んちで打ち上げだ! もちろん焼き肉全種類、食い放題でなぁっ!」
飯尾くんの咆哮に、男子生徒が一斉に歓喜の雄叫びをあげた。
「ひゃっほー! 美味いんだよな、飯尾んちの焼肉!」
「頑張るぜ!」
「絶対優勝!」
「肉肉肉!」
私も含めて女子は確実に引いているが、男子は熱狂の坩堝に自ら進んでダイブしていた。教室に満ちる異様な空気。すっかり魔王飯尾くんの暗黒魔法にかかっている。
黒板には新たに、球技大会の種目である、バレー、バスケ、ドッジボールと書かれた。
バレーとバスケは部活経験者が多いので、経験者以外や運動が苦手な子はドッジボールに流れることが予想される。
(亜未ちゃんはバレーボールか。中学のとき、バレー部って言ってたもんね)
「よしっ。それでは、ドッジボール希望の奴は手を挙げろ!」
シュタッ!
私は自分なりの最速で手を上げた。飯尾くんはなぜか私によく突っ掛かってくるので、ノロノロしてたら無視される虞があるからだ。
シュタタタタッ!
「おいおい、ドッジボール希望が妙に多いな」
飯尾くんが目を丸くするのは当然のことで女子20人のうち、17人が手を挙げていた。
「これはじゃんけんだな」
振り下ろされる腕と真剣な眼差し。女子による白熱の戦いが今ここに。
「じゃんけん、ぽーんっ!」
そして私は……。
じゃんけんに負けた。