10 先輩の家と進む関係
あの大雨の日から、先輩は私のことを「花」と呼んでくれるようになっていた。そして私は……。
「土曜日はありがとうございました。先輩の家にお邪魔してしまって」
「気にしなくて良いから」
無事に直哉発見に至った私たちだが、その頃にはもうすっかり濡れ鼠になっていた。そんな格好で帰らせる訳にはいかないと、公園の近くにある先輩の家に寄らせてもらうことになったのだ。
もちろん私も当初は辞退を申し出た。でもずぶ濡れの直哉が連続でくしゃみをしたとき、病弱なところがある弟が心配になってしまい、お言葉に甘えることにしたのだ。
既に電話連絡がいっていた彼のお母さんが玄関で待ち構えていて、シャワーを貸してくれたうえ、代わりの服まで用意してくれた。
「先輩のお母さん、すごい美人でしたね」
「そうか?」
先輩のお母さんは美人で明るく、そして優しい人だった。
聞けば若かりし頃はCAとして世界各国を飛び回っていたらしい。それも納得するしかない美貌で、美魔女とはまさに時間に打ち勝った彼女のために生み出された言葉のようだと思ったほどだ。
「俺は花の父さんがかっこよくてびっくりしたけどな」
「そうですか?」
あの日は雨はますますひどくなるばかりで、雷鳴まで轟いていた。服もすっかり乾き、夕飯までごちそうになったとき、病院に勤める父がちょうど非番で迎えに来てくれたのだ。やはり電車はすぐに止まってしまったから。
余談だが、私の父が先輩を見るときだけスッと目を細めたのが、正直ちょっと怖かった。先輩は直哉の恩人だし、まだ私の片想いで、彼氏でも何でもないのに……。
「そういえば今日、球技大会の種目を決めるんです。ドッジボールになれればいいんですけど」
『緑町、緑町。お出口は左側です』
「あ、もう着いちゃう」
そして私はやおら立ち上がった。
「じゃあ、また明後日。逞先輩!」
あの日を機に、また変わった私たちの関係。
私も先輩のことを、名前で呼ぶようになっていた。