かわいいと可愛い
初めて捧げます
「 ねえ翔太、かわいいって良いよね」
「んー、そう?」
視線をノートに落としたままそう答える。
なぜ俺はこんな事しか言えないのだろう。3年生の最後の体育祭で一緒に実行委員をしたときからずっとこんな調子でいる。
「素っ気ないなぁ」
そう不貞腐れる彼女の方を見ると、優しく白い光が横顔をてらしている。好きな人っていうのはどうしてこんなに輝いて見えるのか。
「漢字でかわいいって書いてみてよ!」
「ん、書いたよ」
『可愛い』とノートの隅に書いて見せる。
「ほら見て?愛することが出来るだよ?なんかロマンチックだよね」
「ん?どういうこと?」
成績は下の下である俺が美歩の考えについていけないのは当たり前のことである。
「ばーか。わかんないならいい。」
いや、かわいいな、おい。
ノート隅にまた書いてみる
『可愛い』
こんなの分かるか!
そう考えているとノートをのぞき込む影がノートに映される
「おい鈴木、お前補習ギリギリだぞ?授業はちゃんと受けろ。」
先生。最悪。
隣を見ると美歩が面白そうに笑っている。
「美歩のせいだからな!」
「ばーか」
笑いながらそう言う美歩はやっぱりかわいかった。
チャイムが鳴り授業が終わった途端、教室の後ろのドアが勢いよく開く。
『またか』
ため息をついて振り返ると予想した通りの人が怖いくらいの笑顔でこちらに近づいてくる。
『先輩、今日も一緒にお昼食べよ?こなかったら昔の写真ばらまくからね?』
そう耳元でささやく果歩は美歩の妹である。
先程の笑顔が嘘であったかのように冷たく沈んだ目で見つめてくる。
「翔太ー、お昼たべるぞー」
お、ナイス京介!急いで立ち上がり合流しようとすると俺の制服の袖を果歩が掴んでこちらを睨む。
「先輩は私と先に約束してましたー。」
「おお、そうかわりぃな!」
京介はニヤニヤしながら手を合わせて去っていく。
まじかよ最悪。
「じゃあ、私もついて行こうかなー。」
え?美歩!よし!
「は?お姉ちゃんは邪魔!来ないで!」
「え?」
思わず声が出てしまった。
「あ?」
果歩さん怖い。怖いよ。
猫のように威嚇している果歩の姿を見ると本当にびびる。
「いいから、いいから!3人で行こう?」
そう果歩を制して屋上まで歩き出す。一言も話さないで気まずい空気のまま俺を真ん中にしてベンチに座る。
やっぱり気まずい。なにか話さなきゃ。そう考えてはいるけれど、となりに美歩が座っているというだけで緊張して言葉が出てこない。
美歩がゆっくりと口を開く。
「翔太、お願いがあるの。」
「え?お願いって?」
弁当を取り出しながら話していると果歩が俺を睨んでいる。
「だったら私も先輩にお願いがあります!」
「なんだよ。」
「なんで、扱いにそんな差があるんですか!」
「はいはい、順番に聞くから待って。」
美歩の方を向いて聞こうとすると、
「私から言う!」
果歩が強引に言う。
「バスケ部に入ってください!」
バスケは中学の3年間やって来たが最後の大会で怪我をしてから運動もろくにしていない。
「んー。ずっと動いてないからな。美歩のお願いって?」
「翔太は文芸部に入ります。」
あ、強制なのね。
「何言ってるのお姉ちゃん、先輩はおバカさんなんだよ?文章なんか書けないよ。」
いや、それさっきの授業中痛恨したことだからほっといてよ。と思いつつ、でも、美歩と一緒なら楽しいだろうなとも思う。