第一章 ミスリルの王国
薄暗い森の木々のトンネルを抜けて、少し霧がかった丘の頂上に出た馬車はそこから少しだけ方向を変えて、丘を腹ばいなるように下り始めた。
先ほどまで外には変わり映えのしない木々の海が広がっていたが、丘の頂上についた頃には眼下の城壁を見渡すパノラマとして雄大な景観を見せ始ていた。
港から半日かけて上り下りを繰り返した緩やかな山脈地帯はまるで自然の作り出した壁のように感じられた。
しかし、その終わりにそびえる城壁は遙か彼方地平線の向こう側までその身を横たえ、ディレイアにはそれがまるで大陸に横たわる大蛇のように感じられた。
グラジオン王国の国境を形作るその城壁は、『守蛇の門』という名を授けられている。
もしかすると、この城壁の命名者もディレイアと同じような感想を持ってその名をつけたのかもしれない。
しかし、ようやく国境の門へとたどり着いたにしては、その内側にはまだまだ深い森林が広がっている様子を見て、ディレイアは王都への道のりはまだまだ遠そうだと感じていた。
「ねえ、馭者さん。後どれくらいで着くのかな?」
ディレイアは幌の隙間から顔を出したまま、馭者台に腰を下ろす男にはじけんばかりの笑顔を向けた。
馬車の中には自分以外誰もいないせいか、ディレイアは短い旅中にもかかわらず、すっかり馭者と仲良くなってしまっていた。
「ああ、坊や。もう少しだから中で大人しくしていなさい」
まるでやんちゃな子供をなだめすかせるように目を細める馭者は幌から顔を出したディレイアの頭を何度かなでると、手綱で馬の調子を確かめた。
ようやく緩やかな傾斜地に着いた安心からか、手綱から伝わってくる馬の感触は随分と落ち着いているように感じ、馭者は安心して手綱を握り尚した。
坊やと呼ばれたディレイアはすこしむくれた様子で、
「だから、坊やじゃなくてディレイアだって。それにボクはもう今年で一五歳なんだよ。もう大人なんだからね」
そんな幼子のような事を言うディレイアに馭者の男は声を上げて笑うと、
「だったら、もっと肉をつけて背をのばさないとな。そのなりじゃ女の子に間違えられても文句は言えんぞ」
「ボクだってそうなりたいと思ってるよ! だけど、そうならないんだから仕方ないよ」
手を振り上げて抗議するディレイアだったが、馬車の車輪が少し大きな岩に乗り上げたらしく、急激に傾く御者台から振り落とされそうになった。
「おっと。ここからは難しい道なんだから、中で大人しくしてな。坊やって言ったのは謝るよディレイア。君は立派な旅人だ」
それがお世辞であることはディレイアは分かったが、今は馭者の邪魔をしてはいけないと思い、仕方なしに幌の中に引っ込んでいった。
ディレイアは閉ざされた幌から漏れ出る光に目を細めながら少し遠くへ目を向けるように面を上げた。
「旅人か。想像していたよりも簡単な事じゃないんだね」
そういって彼女は全てが変わってしまった二年前の事を思い起こしていた。
「そうか。あれから二年も経つのか。早かったな、お母さんが死んで」
ディレイアが今の生活をするきっかけとなったのは、病弱だった母親が終に臨終して居場所が亡くなってしまったことに起因する。
近くに小さな村がある、少しだけ森に深い湖の近くの小屋。それがディレイアと母親の住まいだった。
母は元々その村の出身ではないらしく、仕事をもらうためにたびたび訪れていたその村の村人もまた母がどこから来たのか知らない様子だった。
「お母さんも結局死ぬまで話してくれなかったし。結局、ボクの生まれ故郷が何処なのか分からなかったんだよね」
だからなのか。母の死後、その村の村長がディレイアに、うちの子にならないか、と提案してきた時も、ディレイアはそれを断った。
その村に不満があったのではない、村の人たちはみんなディレイアをよく扱ったし、まるで家族のように接してくれていた。
こんなに華奢で小さなディレイアに仕事を与えてくれていたのも、ひとえにその人達の善意だったと、今のディレイアには分かっていた。
それでも彼が旅を選んだのは、自分の生まれ故郷を探したいという一心だったのかもしれない。
それに、昔からの憧れだった。世界を旅する冒険者に。
だが、そんなディレイアに与えられた現実は無情なものだった。年端もいかない、まるで”少女のような”容貌のディレイアに与えられる仕事はほとんどと言っていいほど存在しなかった。
それでもディレイアは必死になって働いた。
荷物運び、宿屋の下働きに定食屋の給仕。時には庭の草むしりや、迷子のペット探しとまるで冒険者には相応しくない仕事も嫌な顔をせずにがんばった。
それを二年間続け、ある程度の体力と僅かな蓄えを持ってディレイアはグラジオン王国行きのチケットを手に入れた。
グラジオン王国。世界に名だたる大国で、多くのミスリル鉱山と技術者を擁する国。
外から来る冒険者達の話を聞くにつれ、ディレイアは次第にグラジオン王国への思いが強くなるのを感じていた。
それに、最近になって発見された新しい鉱山を開拓するために今では人手が足らないくらいだというらしいし、それがダメでもどこかの工房の下働きに入って手に職をつけてもいい。
そう考えたディレイアは何の躊躇もすることなくグラジオン王国行きを決意したのだった。
それもまた冒険者らしくないことだが、そういう経験が今後の冒険者人生の何かの糧になるだろうという期待が膨らむむばかりだった。
ディレイアは逸る気持ちを抑えきれず、出港の日を心待ちにしていたものだ。
「それに、グラジオン王国の名前を初めて聞いた時。何故か、ここだって思ったんだよね。なんでだろう。この国がボクの生まれ故郷なのかな?」
ディレイアは様々な期待を胸に馬車の向かう先を思いやる。
そこに何があるのか知らず、それがディレイアの運命を変えてしまうほどの大事件が待っていることも知らず。
馬車は平坦な道に出たのか、先ほどまで少しばかり傾いていた床は次第に平坦になっていった。
グラジオン王国は広い国土に豊かなミスリル鉱山を持つこの世界の大国の一つと数えられている。
しかし、この国を初めて訪れた者が、その国の成り立ちを聞くと大抵驚く。
それもこの国は建国から僅か四〇〇年程度しか経っていないのだ。
この国は、世界の大国を見渡しても圧倒的に若い国に分類されるということに不思議な感触を持つのも当然といえば当然のことでもある。
それを聞かされたディレイアもその例に漏れず驚いた表情を浮かべた。
早朝に港を出発した馬車が王国に入ったのは、太陽が沈み始める頃のことだった。さすがにこの時間になってしまえば鉱山の仕事募集も終わっているだろうと思って詰め所に寄ってみたが、案の定宿直の鉱山夫から、
「本日の業務は終了だ、坊や」
と言われてしまった。
当然、
「ボクは坊やじゃない、ディレイアだ」
と言い返しておいたが、あの馭者のように笑って訂正してはくれなかった。
とりあえず、二,三日滞在できるだけの蓄えはあったので、城下の安い宿屋を探し何とかチェックインすることが出来た。
その宿屋は、食堂の運営も兼ねており泊まり客には比較的安い料金で料理を提供してくれるサービスもしており、渡りに船だと言わんばかりにディレイアもそこで食事をとることにした。
ただ、狭い食堂のわりには客は多いらしく、相席をしている客もかなり見受けられた。
かくいうディレイアも魔術師風の若い男性と相席することとなったのだが、少し居心地の悪そうなディレイアにその魔術師が気さくに話しかけてきたところから会話が始まったという具合だった。
「この国ってもっと昔からあると思ってた」
ベルディナと名乗った魔術師風の男の口から流れるように紡ぎ出される王国の歴史に耳を傾けながらディレイアはそう言葉を返した。
「その誤解はよくあるな。まあ、だからこそ話の種としてはぴったりなんだが」
ベルディナはそういいながらグラスを傾けワインをグイッと煽った。
こんなと言っては失礼だが、大して立派でもないこの食堂でボトルをキープしている彼はどうやら店の看板役のようなものらしい。
そのためか、訪れる客からも気さくに話しかけられていた。
この人は、この店の人気者なんだとディレイアは感じ取り、時々現れる彼の友人に軽く挨拶を交わすこととなった。
ベルディナは、ディレイアにもワインを勧めたが、一応未成年であるディレイアはそれを断り、代わりにベルディナは果実を搾ったジュースをディレイア奢った。
「それにしても、ベルディナさんって物知りなんだね。ひょっとして学者さんかなにか?」
奢ってもらった柑橘類の果実汁をちびちび飲みながら、ディレイアは運ばれてきた前菜のあまりの味の濃さに目をしかめた。
「ベルディナでいい。さん付けは耳触りがよくねぇ。まあ、学者に似たようなもんかな。日々、本と論文ばかりに目を通すしがない日陰もんだよ」
と言いながら豪快に笑う彼はどう考えても日陰者とは無縁だろうとディレイアは思うが、そんな彼がどうしてこんな所で食事をしているのかも気になった。
「ねえ、ベルディナ。ベルディナは、どうしてこんなところで食事を?学者さんならもっといいところで食べればいいのに」
少し失礼かなと思いつつディレイアはそう聞いてみた。
「ん? 外で食べる料理なんて何処も似たり寄ったりだぜ? ここはましなもんだ。それに顔見知りも多い」
そういうとベルディナは、今顔を見せた男と女のカップルに冷やかし混じりに声をかけると二人にビールを奢っていた。
人に奢るのはベルディナの趣味なのだろうか、さっきから誰彼かまわずに奢り続けるものだからディレイアは少しベルディナの懐が気になってしまった。
「気前がいいんですね。ボクにもこれを奢ってくれたし。いつもこうなんですか?」
「いつもってわけじゃねぇな。まあ、高給もらってるわりには使い道がないんで、時々こうやって金を外に出すことにしてんのさ。微々たるもんだがな」
多分、他の人からこれを聞かされるとむかつく奴と思って敬遠してしまうだろうが、不思議とディレイアはベルディナのその物言いを好印象に受け止めていた。
「それにしても、味付けが濃いね。香辛料の使いすぎじゃないかな。それに少し焼きすぎな気もするよ」
ようやく顔を見せたメインディッシュの香草焼きにナイフを通し、フォークでそれを口に入れたディレイアは思わず口を閉ざしてしまった。
「お前は確か、スリンピアから来たっていってたな。それならしかたねぇな」
と言ってベルディナはスリンピア王国とグラジオン王国の食文化に違いについて少し話をした。
スリンピア王国はグラジオン王国の西に位置する大国だ。その王国は、西のユーネアル大陸を統一する大国で世界の宗主国と言ってもいい国だ。
スリンピアは国土が豊かで、温暖、湿潤と作物が育つ環境が整えられている。
さらに、その王都は海に面しているため、豊かな海産資源にも恵まれている。
だから、食に関しては非常な発展を極め、鮮度の良い食材が手に入りやすいことから味付けは薄く、その素材を生かした料理が発展したというらしい。
対してグラジオン王国はミスリル鉱山の豊富な国であると共に、その国土は農作には向かない痩せた土地が広がり、放牧が行えるほどの草原地帯も少ない。
局所的に深い森が点在することはあるが、そこから取れる果実もそれほどの量にはならないし、質も悪い。
ただし、深い森であればあるほど良質な木材が取れるようで、それが造船、建築などの分野でミスリルに並ぶ外貨資源となっているらしい。
夏の厳しい暑さと乾燥が木々を締め付け、冬の比較的穏やかな寒さに抱かれ、それらが素晴らしい木材を作り出す原動力になると言うらしいが、ディレイアにはその仕組みはよく分からなかった。
結局、建国以来この国は食に関しては発展せず、食料もミスリル等の外貨で他国に頼るようになってしまったようだ。
「それも輸送をするには防腐処理をする必要があってな。そのため塩漬けの羊肉や、発酵した魚肉が大抵になってしまうわけだ。ってなわけで、この国の飯は味付けが濃くバリエーションも少ないって事だ」
ベルディナの説明は簡潔だったが、少し長く、聞き終わる頃にはディレイアはメインディッシュを平らげ、食後の珈琲をすすっているところだった。
ベルディナも話をしながらつつがなく料理を口に運び、空いてしまったワインボトルの代わりを持ってこさせていた。
「よう、旦那。今日は景気がいいですな。何かありやしたか?」
そんな深酒気味になっているベルディナにあやかろうとしたのか、まるで鉱山夫を絵に描いたような体格の男がディレイアの隣の席に腰を下ろした。
「よう、親方じゃねぇか。最近忙しいらしいな」
親方と呼ばれた男は、ベルディナからワインをついでもらいながら少し肩を落としてため息をついた。
「全くそうなんですよ。最近新しく発見された鉱山が、これが思ったより深けぇんですわ。そんだけいいミスリルがたくさん掘れるってことなんですがね」
「圧倒的に人手が足りねぇってことか」
「それです。上からはさっさと調査報告をあげろって言われるし、他の鉱山からも人手を回すことも出来ねぇですし」
「スリンピアにも求人を出したんだってな。あれはどうなった?」
ディレイアは自分とは関係ない話題だと思って口を閉じていたが、スリンピアの求人と聞いて少し耳をそばだてた。
自分はまさにその求人を見てこの国に来たわけだから、それがこの国ではどういう扱いになっているのか気になったのだ。
「ポツポツとは人は来るんですがね。やっぱり鉱山夫なんて仕事は人気がねぇんですかね。全然足りやしませんぜ」
「だったら、今なら誰でも雇われるってことだよね?」
突然口を開いたディレイアに親方は少し驚いた。まさか、こんな細い子供が食いつくような話題だとは思えなかったからだ。
「ああ、まあ。やりてぇってんならこっちは大歓迎だけどよ」
「良かった。ボク、鉱山で働きたくてここに来たんだ。ひょっとしたら雇ってもらえないかもって思ってて、それで安心したよ。出来れば明日から働かせてもらえないかな。朝はどれぐらいから?出来れば日当がいいんだけど、幾らぐらい貰えるるのかな?」
これ幸いと言わんばかりに食いついてくるディレイアに棟梁は困った顔をして彼を止めた。
「まあ、待ちな坊主。働きたいってのはおめぇか? おめぇの親父って事じゃなくて」
「うん。ボクの父さんは死んだらしいから違うよ。働きたいのはボクだ」
「んー、まあ、働きたいってんなら止めねぇが……。正直よ、あんたでは無理だと思うぜ」
「ボクがちっこいからってこと? そんなのやってみないと分からないじゃないか。こう見えてもボクは冒険者なんだよ。きっと何とかなるよ」
冒険者になってまだ二年目だけどねと言う言葉をディレイアは飲み込んだ。
「んー。だがよう」
と煮え切らない親方にベルディナは「こうしたらどうだ」と提案することにした。
「明日、ディレイアを鉱山に連れて行って見学させればいい。そうしたら、鉱山がどれだけきついかってのも分かるし、ひょっとすれば面白い一面も見えてくるかもしれねぇだろ。鉱山で働くのは鉱山夫だけじゃねぇ。それ以外の仕事もあるはずだ」
親方は暫く考え込むと、「分かった。そうしよう」と言って少し真剣な顔つきでディレイアを見た。
「明日の早朝。日が昇るぐらいの時間にきな。詰め所は分かるな? 俺の名前、グレアを出せば通してもらえるようにしとく。それでいいな、ディレイア」
ディレイアにとっては渡りに綱のようなものだった。
「うん、分かった。ありがとう、親方さん」
「俺に礼を言うんだったら旦那の方にもしときな」
照れくさそうに鼻面をかく親方、グレアはどうやらこういう面と向かって礼を言われるのにはなれていないようだ。
「そうだね、ありがとうベルディナ。ベルディナが言ってくれたお蔭だよ」
ベルディナはつまらなさそうに手をひらひら振ると、そのまま残ったワインを飲み始めた。
「それにしても、これはうまいワインですね。シュリバラント産ですか?」
「シリングバードだ。今年あたり飲み頃になりそうだったんであわてて開けに来たんだ。結構良いだろう?」
グレアは最高ですねと言うが、一口だけ飲ませてもらったディレイアにはこれの何処が美味いのか、最高なのか分からなかった。
ただ、以前働いていた飲食店で覚えたワインの銘柄から考えると、かなり高級なものだと言うことだけはわかる。
こんなのに金をかけるぐらいなら葡萄ジュースをたくさん買えばいいにと、少しぼやけてくる頭で考えた。
次第に回っていく世界に逆らうことなく、ディレイアはいつのまにか夢の中の住人になってしまっていた。
しばらく会話に花を咲かせていたベルディナとグレアだったが、テーブルに突っ伏して可愛らしい寝息を立てるディレイアを見て、少しほほえんだ。
「眠っちまいやしたね旦那。この子の寝床は分かるんで?」
「この宿屋らしい。運ぶか」
次第に客足もまばらになって、食事客より酒目当ての客の方が多くなっていく食堂は、夕食時の混み具合から見ればずいぶんと閑散としてきたようだ。
ベルディナは給仕を介して宿の受付を呼び出すと、ディレイアの部屋を聞き出した。
「それにしても、変わった坊主ですね、こいつは。こんななりで一人旅なんて、何か事情でもあるんですかね?」
ディレイアの肩を背負い込むベルディナを手伝い、反対側の肩を持ったグレアはその寝顔を見ながら呟いた。
「そりゃ、この歳で冒険者なんてやるんなら、ただでは済まねぇぐらいの事情の一つや二つはあるだろうよ。あんたもそうじゃなかったのか?」
俺も人のことは言えねぇけどなと口を噤むベルディナを見て、グレアもまるで遠くを見つめるように、
「ええ、そうですね。詮索は無粋でした」
そう呟いた。
二人はディレイアを二階の客室の一番奥の部屋に送り届けると、ディレイアをベッドに寝かせゆっくりとシーツをかぶせた。
そのベッドのそばに置かれていたディレイアの荷物の中でもひときわ目につく小降りの剣を見て、ベルディナは溜息を一つつき、
「事情はあるだろうさ」
とのどを鳴らし部屋を後にした。
「さて、あっしはこれぐらいで帰るとしますわ。旦那はどうします?」
部屋のドアを閉め、階段を下り再び食堂に降りたグレアは一仕事終えたように腰を叩いた。
「俺は、もう少し飲むとするよ。ここの連中と会うのも久しぶりなんでね」
見ると、グレアにも顔なじみで飲み仲間の連中が店に顔を出している。
グレアは少し後ろ髪が引かれるような気がしたが、明日も仕事があるといってその誘惑を打ち払うと、支払いを済ませて店を後にした。
季節は既に春の到来を告げているはずだったが、開かれた扉から一瞬流れ込んできた外の風はまるで木枯らしのように冷え込んでいた。
「今年の夏は冷えそうだな」
ベルディナはそう呟くと、給仕にウィスキーのボトルを一本注文するとそれを携え、彼を待つ者達の所へと歩いていった。
談笑しつつ、酔っぱらいの下品な物言いをたしなめつつ、その喧噪の中心にいるベルディナだったが、その脳裏にはディレイアが眠る最後に見せた表情がこびり付くように離れなかった。
(あいつとは初対面のハズだ。だが、なぜか懐かしいような感じがする。なぜだ、一体俺はあの表情の向こうに何を重ねているんだ)
しかし、それは考えれば考えるほど深みへと誘われ、引っ張り出すことは出来なかった。
ベルディナはこの晩、何年かぶりになる悪酔いをしてしまった。