02「マーガレットの算段」
――それは、今から五年ほど前のことでした。
「だ、大地を削り、烈火を鎮め、た、大樹を育む、大いなる水の精霊よ。わ、我に力を貸したまえ。今ここに、えぇ、我が望みに応え、我が生涯に亘って忠実に仕え、決してしゅ、主君を裏切ることのない従順な下僕をこ、降臨せん。いでよ、ナンシー!」
マーガレットは、古びたノートを両手に持ち、横に立つギルバートに時おり耳打ちされながらも、つっかえつっかえ詠唱すると、床に描いたチョークの線から天井へと貫くように閃光が延び、辺りは一瞬、白銀の世界に包まれる。
「キャッ! 眩しい」
「大丈夫。すぐに終わるから」
とっさの変化に驚き、怯えたマーガレットがギルバートに抱きつくと、ギルバートはその背中に両手を回して抱きとめながら、優しく声を掛ける。そのうち、眩いばかりの光は収まり、さきほどまでデッサン人形と小瓶が置いてあったところには、クラシカルなメイド服を着た女が立っているのが窺えるようになった。
――おやおや。今度は、ずいぶん小さなご主人さまですこと。
女は、二人の顔を交互に見ながら、丁寧に問いかけた。
「私を召喚したのは、そちらのお嬢さまですか?」
「あっ、えぇっと」
声に気付いたマーガレットが振り向き、女に向かって何かを話そうとして言葉に詰まると、ギルバートが代わりに返事をする。
「その通りだ、ナンシー。この召喚主の名前は、マーガレットという。そして俺は、マーガレットの兄で、ギルバートだ。ファミリーネームは、どちらもマーシャル」
「マーガレット・マーシャルさまに、ギルバート・マーシャルさまですね。よろしくお願いします」
ナンシーと呼ばれた女が恭しく片手を差し出すと、マーガレットはおっかなびっくりに片手を差し出し、握手を交わした。その様子を見て、ギルバートは納得したように大きく頷いた。
*
ナンシーが蓋つきの小箱を眺めながら、ふと物思いに耽っていると、横からマーガレットの弾んだ声が聞こえる。
「こっちの箱は、積み木だわ。こんなところにあったのね」
「お嬢さま。探し物は、積み木ではございませんよ?」
ナンシーが注意すると、マーガレットは頬を膨らませながら不服を申し立てる。
「そんなこと、わかってるわよ。ちょっとくらい寄り道したって良いじゃない。探し物だって、楽しくしなくちゃ」
「しかし、あまりに寄り道が過ぎると、本来の目的を忘れてしまいます。サンタクロースが来る前に見つけ出さなければ、プレゼントを受け取り損ねますよ?」
「あっ。それは一大事だわ。急いで探しましょう。――あっ、このお人形も、ここにあったのね」
別の小箱を開け、中に入っているビスクドールを見て感動しているマーガレットを、ナンシーは、やれやれとばかりに溜め息を吐きつつ、マーガレットが散らかした箱を元に戻していく。
――この調子では、靴下が見つかる前に日が暮れそうです。




