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君がいて 僕がいた  作者: 時帰呼
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ピアス

ピアスといっても、身体に穴を空けて着けるアクセサリーではない。


そんなものより、もっと痛みを伴う 厄介なもの。



「それで…、これが戦利品ってわけだ」


奇子さんの目が、いつにも増して怖い。


相変わらず カクテルグラスを離さずに、『ジル・ガメーシュ』自慢の一枚板の分厚いカウンターに寄りかかり、ギョウメイとりょうが 命からがら持ち帰った品物を じっと見て吟味している。


「粗悪品とまでは いかないけれど、あんた達、『彩虹酒店』の主人に 一杯食わされたね」


「そんな…」


ギョウメイは 唖然として、腰が砕けるようにソファーに座り込んだ。


目の前に置かれた赤箱から取り出されたリキュールの瓶には 確かに 奇子さんからの注文通りの『クレーム・ド・ノワヨー』と書かれたラベルが張ってある。


けど、それは ギョウメイの目から見ても 明らかに目新しい物だった。


「私が 『彩虹酒店』の主人に頼んだのは、少なくとも 30年物の特別な品物だったんだけどね」


奇子さんは 手にしたカクテルを一気に飲み干し、大きなため息を吐いた。



「そんな言い方って無いと思うんですけど!」


ギョウメイの傍らで 黙って二人の会話を聞いていた りょうが たまらず口を挟む。


「ギョウメイは、ギョウメイで 必死に その品物を渡すまいとして、天を突くような大男と 渡り合ってきたんですよ!」


りょうが そう言ってくれるのは 嬉しいけれど、そのほとんどは脚色にしか過ぎない。 現実に 二人が無事に帰ってこれたのは 全面的に りょうの手柄なのは ギョウメイが一番知っていたのだから。


「まぁね、事情は聞いて分かったよ。 私も 大人げなかったみたいだ、赦しておくれ」


そう言って、奇子さんが ぺこりと頭を下げた。 そんな姿を見たのは この店に来て初めてのことだった。

もしかしたら、二人の従業員を 危ない目に遭わせたことが、いつになく奇子さんを 弱気にさせてしまったのだろうか。


とにかく、危ないところだった。

あの大熊猫との一件も そうだが、ゴローさんの言っていたように、りょうとギョウメイが ほうほうの体で お店へ辿り着いて すぐに位相がずれてしまい、またもや 似て非なる新宿へ 『ジル・ガメーシュ』は 飛ばされてしまったのだから。



「けど、不幸中の幸い。 位相がずれたせいで、あの『 阿撒托斯商会 』のいる次元とは 縁が切れたってことですよね」


りょうが 助け船を出す。


「なら、いいんだけどね。 位相がずれると 似て非なる世界へ 飛ばされて、前の世界とは 普通なら縁が切れる。

あんた達の帰る元の世界がどこだか分からなくなったように…、けどね…」


「けど、ちょっと 今回は事情が違うんだ」


ようやく頭痛から解放されたゴローさんが 言葉を引き継ぐ。


「君たちが、今日 お使いに行った『彩虹酒店』は、あらゆる次元に同時に存在している。

いや、どこの世界にも 一件ずつあるという意味じゃない。 『彩虹酒店』は どの次元にも 同じ一件の店舗があり そこの老店主は 同一人物なんだ」


「意味が よく分からないのですが…」


ギョウメイは、マジに 頭が 混乱してきた。


「つまり、あの店主と『彩虹酒店』は どの次元にも 同時に唯一無二のモノとして存在しているということですね」


そんな感の悪いギョウメイとは違って、りょうは、どうやら この訳のわからない理屈を理解したようだ。

ゴローさんも 理解力のある生徒を見つけた教師のように 満足そうに頷いた。


「僕らは、そういった存在を『 サイマルテイニアス(simultaneous)』あるいは、単に『 ピアス(pierce) 』って呼んでる 。

サイマルテイニアスは 同時に存在するもの。 ピアスは 次元を貫通するものってこと」


「問題なのは、この先…。

『 阿撒托斯商会 』もまた、『彩虹酒店』と同じく、どの世界にも 同じく存在するってこと。

つまり あんた達が 今日 揉めた その大熊猫って大男も どの世界に逃げようが あんた達に潰された片目の恨みを持って 文字通り血眼になって、あんた達を探しているってことさ」


ギョウメイは、ようやく 合点がいった。

そう言えば、この店の住み込み店員だと 大熊猫に 告げてしまったことを思い出した。 つまり、どこにも逃げ場は無いってことだ。


「まぁ、そんなに心配しなくていいさ。 『彩虹酒店』の主人は あれで口の固いところがあるし、『 阿撒托斯商会 』の社長も まんざら知らない間柄じゃないしね」


奇子さんは、たいして慌てずに そう言ったけれど、ギョウメイは 生きた心地がしなかった。


あの大熊猫という男が、片目を潰されても 気にしないような 心の広い人間には 到底 見えなかったからだ。


ギョウメイは、この事態に どうしたものかと困り果て、りょうの方を見ると、彼女は 店のテーブルの上で せっせと折り紙細工をしていた。


「な…、何をしているのかな?」


ギョウメイが、そのりょうの行動に戸惑い、震える声で聞く。


「だって、いつ『 阿撒托斯商会 』の奴等が 難癖つけて来るかわからないんでしょ? 戦闘準備くらいしておかないとね♪」


「戦闘準備って…」


りょうの前のテーブルの上には、不格好な犬の折り紙が 既に10匹以上 折りあがっているじゃないか。

ギョウメイは、先程のゴローさんではないが、酷い頭痛がしだした。


「んー、見よう見まねってやつ?

奇子さんの式神の真似。 なんとか 頑張ってみる」


(そんなに 簡単に 出来るものなのか?)


ギョウメイは 開いた口がふさがらないとはこの事だと思った。


「あー、そこは、そうじゃないよ」


すると、奇子さんまで りょうの隣に座って、緊急魔術講座を始めてしまった。


「 それにね、あれは 『式神』じゃないよ。 最近は 動物保護団体も五月蝿いし、餌代も掛かるから、あれで代用しているだけ。 私の専門は 西洋黒魔術だからね。ちゃんと、使い魔って言ってほしいね!!」


ちょっと待って。 奇子さんは たしか魔女ではなく、賢女さまと呼びなと 御自分で言っていたはず。 黒魔術って どういうことですかッ!!?


ギョウメイが、おもっいっきり 二人にツッコミを入れようとした時、 『ジル・ガメーシュ』のカウンター隅に置かれた 今では 滅多に見かけることの無い黒電話が けたたましく ジリジリジリーン!! と鳴った。


「おや、珍しい。 もしかして予約の電話かね? ギョウメイ、あんた 手が空いているんだから、電話に出な」


奇子さんは、折り紙を作る手を止めずに、のんびりと言った。


ギョウメイは、嫌な予感しかしなかったが、仕方なく 受話器を取り 耳に当てた。


案の定、そこから聞こえてきた声は 聞き覚えのある、あの慇懃無礼な声だった。




To be cotinued……


この出会いは 必然であり、避けられないものだった。


それは、遥か未来から、そして過去から 定められた運命の扉。

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