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君がいて 僕がいた  作者: 時帰呼
8/16

ファミリア

大熊猫という可愛らしい名とは かけ離れた大男が、ギョウメイの行く手に(笑)立ち塞がる!!


まぁ、大熊猫(パンダ)は、見た目に反して、けっこう凶暴だとは聞くが…。


「あー、落ち着いて 話しましょう…」


ギョウメイは、その大男が これ以上 自分に近づかないようにと 両の掌を胸の前に掲げ ひらひらと細かく振った。


端から見ていると まるで降参の意を表しているかのようにしか見えないが、ギョウメイは 至極真面目に真剣だった。

いや、命懸けだったと言い替えても良いくらいだ。


それもそのはず、目の前に 突然 姿を現した大男は、既に見慣れてしまった身長2mを越えるゴローさんより 余裕で30㎝以上はタッパがあるように見えたからだ。


こんな巨体の生き物を眼前にすれば、誰だろうと 生物的本能的危機感を持っても 当然のことだろう。


だが、その大男は 至極丁寧な言葉使いで ギョウメイに 語った。


「さる御方が、そこにある貴重な品を欲していらっしゃる。

ところが 困ったことに、都内中はもとより 関東中の心当たりの店を探しても、見つけられたのは この一本だけだったのですよ。

重ねてお願いいたしますが、どうか お譲り願えないだろうか?」


その言葉使いとは裏腹に、『彩虹酒店』の胡散臭い商品が(失礼!) 山積みされた棚の間の狭い通路に、2mを遥かに越える大男が その身を捩じ込み、ゴツゴツとした岸壁のような巨大な顔をギョウメイの視界いっぱいに広げて迫るさまは 否応のない威圧感をもっていた。


「そう 言われましても、私としては…」


ギョウメイも 大男の迫力に圧倒され、思わず 使いなれない敬語になる。


「おぉ、失礼しました。 名乗りもせず…。 わたくし、こういう者です」


狭い空間の中、男は ピシリと着こなした たぶんブランド物の…、しかも当然オーダーと思われるスーツの内ポケットから器用に取り出した小さなケースから 一枚の名刺を ギョウメイに手渡した。


「わたくし、『阿撒托斯商会』で社長室長を任されている、大 熊猫…ター・シュンマオという者です」


男の太い指先から見ると 異様なほど小さな紙片に見えた名刺には、確かに 『総合商社 - 阿撒托斯商会 ・社長室長 大 熊猫 』と 達筆な書体で 黒々と記されていた。


大熊猫とは あの可愛らしいパンダの中国名だ。 だが、目の前にいる男は パンダというよりも 森林深く棲むゴリラに近いと (失礼ながら)思わずにはいられなかった。


まぁ、ゴリラも 見た目ほど凶暴な生き物ではなく ごく平和主義で温厚な動物だと聞くから、たぶん この大熊猫さんも 同様の性格なのだろうと…ギョウメイは願った。


「すみません、あいにく 名刺というものを持っていなくて。

ぼ…、いや 私は 『ジル・ガメーシュ』というバーで 手伝いというか、住み込みでバイトをしている 保科行明という者です」


自己紹介しただけで、ギョウメイの胸のうちでは 心臓が煩いほど高鳴り 目眩がするほどだ。


もともと気の強い方でもなければ、人付き合いも得意でないギョウメイは、 このまま大熊猫さんの言うままに 彼の願い事に 首を立てに振りそうになっていた。


「…という訳なので、どうぞ宜しくお願いいたします。

今回のこともありますから、もし 何か お困りのことがありましたら、何なりと『阿撒托斯商会 』まで 御連絡ください。 誠意をもって御相談に 乗りますので…」



そう言いながら、大熊猫は ゆっくりとカウンターの上に置かれたままになっていた赤い紙箱に 手を伸ばそうとした。


「ちょっと 待った!!」


その時、ギョウメイと大熊猫の背後から 聞き覚えのある声がした。


その声に 二人が振り向くと、薄暗い彩虹酒店の入り口から射し込む陽の光を後光のようにして仁王立ちする人影があった。


絶体絶命のピンチに現れるのは、アメコミのヒーローか ニチアサの特撮ヒーローばかりだとは限らない。


「誰だか知らないけど、アンタも商売人の端くれなら、たとえ口約束でも れっきとした契約だってことは知ってるはずだよね?」


(誰だか知らないけど…って、その物言いは 先刻から しっかり聞いているじゃないか)


ギョウメイは 胸のうちで 思わずツッコミを入れたが、口には出さなかった。

代わりに 出た言葉は、情けないことに泣きそうな声で呼んだ 彼女の名前だった。


「りょう!! なんで?」


「別に、ギョウメイのために来たんじゃないからね。 奇子さんの頼みだから 仕方なく来たんだからね!!」


(なんだよ、そのテンプレのツンデレ台詞は…)


それでも、ギョウメイは ありがたかった。 普段 ろくに店の手伝いも出来ない不器用な自分に、この簡単な お使いさえ まともに出来なかったとしたら、『ジル・ガメーシュ』での存在場所を失ってしまうところだったから。


いや、ここで りょうに全面的に助けてもらっては 結果は同じだ。

そう 思い至ったギョウメイは、勇を振るって 突然表れて威勢のよい啖呵を切った女の子に 目を白黒させている大熊猫に 言った。


「すみません、大熊猫さん。 先約は こちらのはずです。 譲ることは出来ません」


大熊猫の顔は 相変わらず ゴツゴツで無骨ながらも柔和な笑顔をたたえていたが、その眼は もう笑っていなかった。


そうだ、パンダも目の周りの隈取り模様に誤魔化されて 可愛く見えるけれど、アップで見ると その眼は猛獣の眼をしていたっけ。


「困りましたね。 譲っていただけるなら、誠意をもって 御相談に乗りますが」


「その誠意ってのは、なに?」


「お金で解決出来るなら…ということです」


大熊猫の返答に りょうの髪がさかだったように見えた。


「やはり、そういう意味ね。

もっとも 誠意を元から持っている相手なら、初めから横取りなんてしないはずだものね」


今度は その言葉に 大熊猫の全身から発せられる威圧感が跳ね上がったかのように感じられ、間に挟まれたギョウメイは さっきの大熊猫への台詞は どこへやら、全身から冷や汗が吹き出し 生きた心地がしなかった。


「あー、揉め事なら 外でやってくれると 助かるのじゃがね」


先刻から 事のなりゆきを 無言で見守っていた『彩虹酒店』の老店主は、問題の品の赤い紙箱を 後生大事に抱えて 震え上がっていた。


もとを正せば、この人が キッパリと大熊猫に 先約があると断れば済んだ話なのにと ギョウメイは思わないこともなかったが、自分が 彼の立場なら 同じようにしか行動できなかっただろうなとも思った。


りょうは、無言で 頸をクイッと軽く振ると ゆっくりと大熊猫から 目を離さないようにして 表通りに下がった。


「表に出ろってことかね?」


大熊猫は 先程とは違う 低い声で 唸るように そう言うと、ギョウメイを 文字通り棚に ギュウゥッと押し退け、りょうの待つ店外へ向かった。


ギョウメイは ゾッとした。

日頃の りょうの様子を見ていると、とても格闘技の覚えがあるようには見えない。 そのごく普通の華奢な女の子が 人並み外れた体躯の大男と 真っ昼間の繁華街の路上でタイマンをはるなんて、想像を遥かに越えた想定外 極まるってものだ。


どうなることかと、ハラハラしながら ギョウメイが りょうの顔を見ると、何やら 盛んに目配せをしている。


その眼は、ギョウメイの背後のカウンターの老店主を 指し示しているように思えた。


それに気づき 振り向くと、カウンターの向こうから 老店主が 震える手で 問題の品を 精一杯 ギョウメイの方に差し出している。


瞬時に 二人の意を察したギョウメイは、大熊猫に気づかれないように ゆっくりと後ずさりして その品を受け取った。

老店主は 口に指を当て、眼で 彩虹酒店の左手奥にある裏口の扉を ギョウメイに教えている。



「荒事は 不得意だし、女の子には 手を上げない主義なんだかな…」


大熊猫は、そう言いながらも ボクシングのグローブのような両手を揉みしだき、ゴキゴキと指を鳴らしている。 その仕草から 上品ぶってはいるが、元々の育ちが うかがい知れるというものだ。


「あんまり、指を鳴らすと 間接が太くなるわよ」


りょうは、そんな大熊猫の安っぽい威嚇には 少しも臆することなく、からかい気味に言ってのけた。


「ご忠告 痛み入る。だが、そういうのは 相手を見てから 言った方がいいな!」


大熊猫のこめかみに ぶっとい静脈が浮き出し、ドクドクと流れる血流の音が聴こえそうなほどに脈打つ。


ゆっくりと 間を詰め、りょうの眼前に迫った大熊猫が 顔を近づけ、最後の警告をする。


「悪いことは言わん。 ここは、退きなさい…」


その言葉とともに吐き出された息は、まるで 腐敗した肉を食んだプレデターの口臭のような悪臭だった。


陽の光のもと、間近で見ると 大熊猫の眼は 茶色がかった金色で、それが 一瞬 またたくと その瞳孔は針のように細く縦長に変わった。



「シロッ!!!」


りょうが 叫ぶ。


すると、りょうの首元の開いたTシャツの胸元から 白い小さなモノが跳びだし、爬虫類のような大熊猫の不気味な眼に一直線に飛び掛かった。


不意を突かれた大熊猫は その小さなモノを 振り払う暇も与えられず、まともに右目に それが突き刺さり、猛獣が咆哮するような悲鳴を上げる。


りょうは その機を逃さず、踵を反すと 跡目も振らず 一目散に駆け出し、繁華街を行き交う人混みの中に消え去ってしまった。


あとに残された大熊猫は、 右目を抑えながら あまりの激痛に膝をつき 肩を震わせ、とても口にだすのも はばかれるような悪態を吐いていたが、りょうの姿は 既に 何処にもなく、後の祭りだった。



ゼイゼイと息を切らせ、大熊猫は 右目に突き刺さったモノを引き抜いた。

それは、犬の形をした なんの変鉄もない折紙細工。 それが、まるで 生き物のように 飛びかかって来たばかりか、自分の右目を潰してくれたのだ。


大熊猫は ゆっくりと振り向き、『彩虹酒店』の奥のカウンターを 残った左目で見たが、そこには 既に老店主の姿は無く、

一片の紙片が ご丁寧にカード立てに挟んで置かれていた。


彼は 左目を細め、昼間でも青空にある星を見られるほどの視力で その紙片に書かれた文字を読み取った。


そこには 店主の達者な筆文字で、こう書かれていた。



『店主、昼食中につき、しばらくお待ちください』




大熊猫は、笑った。


彼の長い長い人生においても希な、数十年ぶりに起こった愉快な出来事を 手にした折紙細工を つくづくと見ながら 思い返すと、腹の底から涌き出る笑いを抑えることが出来なかったのだ。



To be cotinued……

逃げるが勝ちといいますが、不必要ないざこざは 避けるべき。


そのためには、ちょっとした魔術or仙術が必要だったとしても 仕方のないことですよね。

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