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君がいて 僕がいた  作者: 時帰呼
3/16

レシピ

ギョウメイは見た。


信じられぬ光景を。


頬をつねっても覚めない現実。





「ちょっと 外の様子を見ても良いですか?」


奇子さんに飲まされたウォッカとカクテルのアルコールが 回ってきたせいなのか、言われたような事態が 全く理解できない。 いや、たとえシラフでも 理解できるとは思えないのだけど。


ならば、自分の目で 確かめるしかない。


「ん~、別に構わないけどね」


奇子さんは、三倍目のカクテルを口元に付けたまま 気の無さそうに答える。


「あの、私も」


水野さんも ソファーから立ち上がり 僕のあとに従って お店の入り口へ 二人で向かった。


位相がずれたって…?

外は どんな事になっているのだろう?

ドアノブを掴む手が 汗ばむのが分かる。


「あ、気を付けなよ」


不意に投げ掛けられた 奇子さんの その言葉に びくりとする。


「外の通行人に 開けたドアをぶつけないようにね」


「わかってます!!」


(いや、そもそも そこに気を付けなかったのは 奇子さんの方だろうに)


憤慨しながらも 奇子さんの忠告に従いながら、少しずつ そっと重い鉄扉を押し開ける。



薄暗い室内の照明に慣れた目には 外の光は眩しすぎて はじめのうちは外の風景が よく見えなかったが、次第に 目が慣れてくると 『ジル・ガメーシュ』の店先の歩道を行き交う人々の姿と その向こうの車道を のろのろと進む渋滞した車列が見えてきた。


ガヤガヤとした通行人の話し声や車のクラクション。 絶え間なく何処からか流れてくる音楽。


見慣れた いつもの光景だ…。


奇子さんとゴローさんに からかわれたのかと 一瞬 思ったけれど、なにかが違うと すぐに気がついた。


「ここって、渋谷でしたよね?」


水野さんが、僕の肩越しに ふるえる声で言った。


「うん、渋谷の道玄坂の…」


そう、マークシティ脇の繁華街の路地を抜けて 大通りに出て、しばらく当てもなく ぶらついて、それから…適当な脇道に入って…。


そこで 水野さんにぶつかったんだ。


なのに、ここは……。


「私、見覚えがある。 ここって…」


「新宿…?」


確かに 僕にも見覚えがある風景だ。 どう見ても新宿の繁華街のようにしか思えない。

だって、あのビルの向こうには (悪趣味なデザインで名高い)コクーンビルの先端が見えるじゃないか。


あまりのことに 水野さんと二人そろって 目を白黒させていると 背後から ゴローさんが ぬっと首を突き出して言った。


「あらら、また位相がずれてやがる」


ゴローさんは、ひとつ大きなため息をつくと、また店内に引き返して行った。


目と目を見交わし 声もない僕と水野さんに 奇子さんの声が聞こえた。


「あまり不用意に、店から離れるんじゃないよ。 今は まだ空間の連続性が不安定みたいだから、店の入り口を見失っちゃうよ」


その言葉に 一歩踏み出そうとしていた僕は 慌てて脚を引き戻した。


「ま、そんなに離れなければ ビクつくこともないけどね。 うちのカクテルを さっき飲んだろ?」


「ええ!? それってどう言うことですか?」


「どうもこうも無いさ」


バーカウンターにもたれ掛かり またもや別のカクテルを手にしていた奇子さんが シレッと言い放った。


「ジル・ガメーシュ特製のカクテルには 酔っぱらう以外にも ちょっとした効能があってね。

簡単に言うと 強制的に ここへ戻ってくるナビゲーション機能を脳に付加することが出来るんだよ」


「えええ!?」


水野さんと僕は 同時に声をあげた。


「うちのカクテルを飲むと、脳内に小さな出来物が出来てね。 あ、良性だから 心配ないよ。

…でね、それが 伝書鳩の帰巣本能みたいな働きをするんだ。 けど、外の世界の位相が 大きくずれすぎると その機能にも限界があるんだよね。

まぁ、ナビのソフトの更新が間に合わなくなるって感じかな」


呆然自失とは この事だろう。

なんとなく 言っていることは分かったけれど、とても現実のこととは思えない。


「早い話が、私たち 一服盛られたということですか?」


そんな不条理な会話にもめげず 水野さんが 苦情を申し立てた。


「人聞きの悪いことを言わないでおくれよ。 一種の迷子札だと思ってくれればいいんだ。

まぁ、確かに 最初は 常連客を掴もうとして作った秘薬を 混ぜてみたんだけどね。 ほんと、悪気はなかったんだよ」


いや、いや、いや、いや、それは いかんでしょ。 それじゃあ、まるで……


「魔女…なんですか?」


水野さんお得意の 直球ストレートの質問が投げ掛けられた。


奇子さんは 少しも動ぜず、さらりと言った。


「魔女とは心外だね。 昔は 賢女さまと呼ばれたものさ」


派手な化粧で 気づかなかったけれど、あらためて見ると、奇子さんの面立ちは 少しばかり日本人離れしている。

すっと通った鼻筋の下で 深紅に塗られた唇が ニッと笑った。


「アヤコ ・ アストリット・グレーフィン・フォン・ハルデンベルク・アマトリチャーナ 。 それが 私のフルネーム。

まぁ、めんどくさいから 天戸 奇子で通してるけどね」


名は体を表すとは よく言うけれど、これほど ふさわしい名を持つひとも珍しいだろう。


「うわぁ、素敵なお名前ですね♪」


呆れ返っている僕の横で 水野さんは 目をキラキラさせて 微笑んでいた。

どうやら この娘も ちょっと変わった感性の持ち主らしい。



To be cotinued……



水野りょう、彼女は、この異変に いち早く馴染んでいった。


慌てても仕方がないと…。


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