カクテル
これが、運命を変える転機になるとは、この時の 二人には 思いもよらなかった。
日常から、非日常へと世界は変貌する。
見間違いかと思いつつ 失礼ながら 僕は ゴローと紹介された大男の額を凝視せざるをえなかった。
綺麗に切り揃えた角刈りの生え際の下の少し張り出した幅広の額には、 薄い皮膚に覆われた こんもりとした瘤のような角らしきものが一対 その存在を誇らしげにアピールしていた。
それは 見ようによっては 人体改造を趣味とする人が行うというインプラントのようにも見えたけれど、その大きさは ちょっとばかり常軌を逸しているように思え、ふと横を見ると 水野りょうという少女も同じことを感じているようだった。
「あ、驚かせちゃったかな」
ゴローさんは 年の頃は 20代後半といったところだろうか。 丸太のような腕とハンマーのような拳。 30センチは裕に越えるサイズの派手なバッシュを履いた まるでバスケット選手のような人並外れた巨躯。
それは、奇子さんが言うような ウドの大木というような鈍重なイメージは毛ほども感じさせない 。
「いえ、あ…、でも ちょっと驚きました」
僕が 戸惑いながらも 正直に感想を述べると、ゴローさんは 屈託のない笑い声をあげて言った。
「ははは、やっぱり驚くよな。 そちらのお嬢さんも、ごめんよ」
「えと、私こそ 驚いちゃってごめんなさい」
水野さんも そう謝りつつも、どうしても ゴローさんの額の角らしきものから 目が離せないでいる。
「…それ、角ですか?」
水野さんが 直球ストレートの質問を投げ掛ける。
「ん~、まぁ、そうとも言えるし そうではないとも言える」
ゴローさんは、額の角を(他に なんと表現すれば良いと言うのか?)撫でながら ウインクを投げ掛ける。 どうやら、見た目ほど 強面の人ではないらしい。
「位相がずれたって、今度は どれくらいだい?」
水野さん用のノンアルコールカクテルと自分用の乳白色のショートカクテルを持って 奇子さんが 会話に加わってきた。
細長いグラスを 水野さんに手渡す。
「ちょっと炭酸で割ってみたから 飲みやすいと思うよ」
「ありがとうございます」
水野さんは、こくりと一口飲むと パッと顔を輝かせ、「美味しい♪」と 思わず一言。
それは、鮮やかなオレンジ色のカクテル。 今のような 混乱した状況では その色が 心を落ち着かせる効果もあるように思えた。
「これはね 『シンデレラ』。
魔法をかけられたように、お酒を飲めなくても酔いしれて、人生を変える魔法が秘められたカクテル」
奇子さんが、初めて 飲み屋の店主らしきことを口にしたと 僕は驚いてしまった。
「なんだい、その目は? 私だって たまには仕事をするさ」
「たまには?」
僕の言に 奇子さんが 自分のグラスを一口含み 苦笑いをする。
「いつも、閑古鳥が鳴いてるから、 たまにはな」
ゴローさんが 憎まれ口をたたく。
「そんな口をきくと、今までのツケを 耳を揃えて払ってもらうからね!!」
奇子さんが そう言い放つと、ゴローさんは ブルルと身を震わせ 「それだけは、ご勘弁を!!」と大仰に応じた。
「あの…、さっきの話ですが、位相がずれたって何のことですか?」
僕は ゴローさんと奇子さんの会話の応酬に 気圧されながらも 思いきって聞いてみた。
「うーん、そう大したことじゃないんどけどね。 どうも、このビルの設計士が やらかしちまったらしいんだよ。
いや、悪気があったわけじゃないのだけど、設計士が魔導士と錬金術士を兼業していてね…、それで つい いつもの癖で…」
「全く 話が見えないのですが、いつもの癖でって?」
奇子さんが カクテルを飲み干し、テーブルに タンッと大きな音をさせてグラスを置いた。
「だ・か・ら…! 男なら 細かいことは気にしない。
なっちまったもん。 やっちまったもんは なるようにしかならないものさ!」
奇子さんは、そう言うと 僕が いつまでも飲み干せなくて持て余していたウォッカを ぐいっと奪い取ると、一気に飲み干して 僕の眼を覗きこんで言った。
「あきらめな♪」
奇子さんの人生哲学は とうてい僕には受け入れ難いものだったが、のっ引きならない状況に陥ったことだけは理解できた。
「…それって、もしかして ファンタジーの世界に紛れ込んだってことですか?」
背後で 黙って 僕たちの会話を聞いていた水野さんが 妙に生き生きとした声で そう言った。
「うーむ、ファンタジー…というのとは ちょっと違うかな…。 これは、現実だからね」
ゴローさんが 僕たちの座るソファーの隣の床に座って優しく語る。 ゴローさんが座れる大きさのソファーが無いからのようだけど、そうすると 丁度 彼の視線がソファーに座る僕たちと同じくらいになる。
あらためて見ると、ゴローさんの目は 室内の薄暗い照明の中にあっても 仄かに蛍光を帯びていて、黒というより 濃い紫色をしていて まるで紫水晶のようだ。
「何も 異世界に放り込まれたという訳じゃない。 ほんの少し 世界の見えかたが変わってしまったということなんだ」
ますます訳が分からない。
「パラレルワールド?」
水野さんが 重ねて尋ねる。
「そうとも言えるし、違うかもしれない。 ただ、『君たちがいない』世界に紛れ込んだことは 確かだよ」
(僕がいない?)
「私が…、いない?」
水野さんが 声に出して 誰に言うともなく呟く。
「さぁ、さあ! 小難しい話は 置いておいて、今は 飲もう。
どうせ、しばらくは ここで暮らすしかなくなったんだから。
飲みながら 時給の話でもしようかね。
言っとくが、そんなに払えないからね。 見た通りの 流行らない飲み屋なんだから」
奇子さんが、いつの間に作ったのか、僕たちの座るソファーの前のテーブルに 4杯のカクテルが 置かれていた。
「カクテルには、花言葉のような意味があってね…。
りょうちゃんには『アンジェロ』 意味は 好奇心。
ギョウメイには『アイスブレイカー』 高ぶる心を沈めて。
ゴローには ちょっと勿体無い言葉だけど、『アラウンド・ザ・ワールド』 冒険。
そして、私には 『アイオーブナー』 このカクテルの意味は、運命の出合い」
奇子さんに即されて 僕たちは グラスを手に取った。
「では、四人の出合いを祝して 乾杯!!」
彼女の音頭で 一気にグラスを空ける四人。
…と、途端に ケホケホとむせる水野さん。
「あ、ごめん。 『アンジェロ』は ノンアルコールじゃないんだ♪」
奇子さんが 悪びれずに ケタケタと さも愉快そうに笑った。
きっと、わざとに違いない…。
僕は そう思った。
To be cotinued……
第二話、いかがだったでしょうか?
これから、ふたりに 降りかかる災難とはなにか?
続きを お楽しみに♪