紙飛行機
山の下の人通りのない寂れた神社の境内に座り、私たちは持ってきていたおやつをもぐもぐむしゃむしゃと無言で食べていた。
…というか、なんだこの空気。気まずっ!
「ね、ねえシロ。アンタ、本物のシロだよね?」
「ああ」
「えっと、高校の記憶もちゃんとあるんだよね?」
「ああ」
「もしかしてアンタも死にかけてるの?」
「…は?」
初めてシロが、ああ以外の返事を返した。
「いや、これって私の走馬灯で夢見てるだけなんだよね?実際の私って死にかけてるんでしょ?」
と事実確認をしてみたのだが。
「こんなに長い走馬灯なんてあってたまるか。タイムリープだろ」
シロはどこか自信なさげに、だけれどしっかりとした口調でそう言ってチラリと私を見た。
「へ?タイムリープ?」
「そう。つまり、時間が戻ったんだ」
シロの言葉を理解するのに私はしばし時間を要した。
時間が戻ったって…。
「じゃあこれは現実で、夢じゃないってこと⁈」
「そうなるな」
え、えぇえ?
だとしたら私、もうすでに色々とやらかしてない?
だって私の記憶では秘密基地作りで図書室になんて行かなくて、ただああでもない、こうでもないと言いながら木の板に釘を打ち付けていただけだ。私が木から落ちて怪我したせいで秘密基地作り対決自体もなくなってしまっていたし…。
だけれど実際には班分けまでして秘密基地作りは随分と本格的になってきている。
男子勢の秘密基地作りも情報が回ってこないだけでかなり進んでいるはずだ。
私だってシロのおかげで膝をちょっと打ち付けただけで済んでるし…。って、いや待てよ。
「シロ、なんで私たちの秘密基地の場所がわかったの?」
尋ねるとシロはああ、と頷いてポケットに手を突っ込んだ。そこから出てきたのは、丁寧に折りたたまれた紙。
「これと、お前が前にしてた思い出話から予想してあの辺り探してたんだ」
シロが紙を渡してくれる。
その紙の端っこには見覚えのある“空に届け!”の文字。
「これ、あの時飛ばした紙飛行機の…⁈」
まさか、シロのところまで飛んでったの⁈
慌てて紙を開くと、そこには確かに私が図書室で書いた走り書きのメモがビッシリ敷き詰められていた。
間違いない、私があの時紙飛行機にして飛ばした紙だ。
「突然家にいた俺の前に現れたから驚いたぞ」
「へ?シロの家…?」
嘘だ。だってたかが紙飛行機がそんなところまで飛んでいけるはずがない。
「ああ、俺の家だ」
「えぇ…?私あの時、学校の図書室にいたんだよ?」
私がそう言うと、シロは考え込むように地面を見つめた。
今は五月。木漏れ日の光がチラチラと踊り、一匹の蝶々が目の前を横切っていった。
「なあ、少しだけ実験してみてもいいか?」
「実験?」
「ああ」
シロが境内から立ち上がる。
慌てて私も立ち上がると、シロはまたもやポケットから紙を取り出した。今度は綺麗におられたミニ紙飛行機だ。右の翼にはシロの几帳面な字で“空に届け!”と書かれている。
「これから俺があっちを向いてこれを飛ばすから、お前は俺と背中合わせに立っていてほしい」
「うん、わかったよ」
一体何をしようというのか。…まあ、やってみればわかるか。
私は言われた通りにシロと背中合わせに立つ。
「いくぞ」
とシロが声をかけた。それと同時にシロが動く気配がする。
数秒後。
「え?」
まるで水面のように目の前が揺らいで、小さな紙飛行機が飛んできた。紙飛行機はゆっくりと私の前に落ちる。
拾ってみると、右の翼に“空に届け!”というシロの文字が見える。
「シ、シロ。これ…」
シロに紙飛行機を見せると、彼はやっぱりか、と呟いた。
「どうやらお前のことを考えながら紙飛行機を飛ばすと、お前のところに届くらしい」
「お、おお…いきなりファンタジーな冗談ぶっこんできたね」
「冗談じゃないぞ」
お前もやってみろ、と言われてシロが背を向ける。背中から早くしろというオーラが漂ってきていた。
これはどうやら本気で言っているようだ。
…ここまで言われたら、やってみるしかないよね。
「じゃあいくよ」
私もシロに背中を向けて、紙飛行機を片手で持つ。
シロに届け!
心の中で念じて紙飛行機を飛ばす。
紙飛行機は宙にふわりと浮かんで、数秒間私の目の前を滑空して行った後。まるでかき消えるようにして姿を消した。
「え」
マジで?
慌ててシロの方を振り向くと、ちょうど私が今飛ばしたばかりの紙飛行機がシロの前に落ちるところだった。ちゃんと右の翼には“空に届け!”と書かれている。
「な、冗談じゃなかっただろ?」
「うん!ということは、他の人のことを考えて飛ばせばメールがなくとも連絡が取れるってこと?」
「…いや、それは無理だな。試しに父さんに飛ばしてみたが、紙飛行機は飛んで行かなかった」
…ということは、やり取りできるのはシロだけか。まあ、シロの家は遠いし便利って言えば便利なんだけどさ。
メール代わりになりそうだな、と考えていると。
「この紙飛行機さえあればいつでも連絡が取れる。だから困った時は迷わず飛ばせ、すぐ来てやる」
シロは今度はしっかりとした口調でそう告げた。
「え、いや、シロだって忙しいでしょ」
小学校の友達と遊んだりとか、宿題とかさ。
…あ、剣道と空手もか。
未来のシロは剣道も空手も強くて、よく大会なんかで優勝していた。ゴリゴリのマッチョというわけでもなく、どちらかというと他の選手たちに比べれば小柄な方だというのに。
熊みたいな人と戦っても勝てるのは何故かって聞いてみると、小学生からの努力の賜物だという答えが返ってきた。
ということは、剣道や空手の稽古も忙しいわけで。
いつも何かしらやらかしている私に構っている暇なんてないはずなのに。
「お前を放っておいたらまた怪我するだろ。お前の破天荒な小学生時代の話、梅田たちから聞いてるんだからな」
シロは呆れたように私に視線を寄越した。
…否定できないのが辛いところだ。木から落ちるくらい日常茶飯事、常に生傷が絶えない小学生時代だったからなぁ。
「でも悪いし…」
「そう思うなら水曜と土曜はお前がこっちに来てくれ」
水曜と土曜…剣道と空手の稽古の日だよね。
まあ、問題起こして後から怒られるよりはマシ…なのかな。いや、ただめんどくさいだけのような気もするけど。
シロがじっと私を見つめる。その眼力は小学生とは思えないほど鋭く、威圧感があった。
…この目を前にして嫌と言うのは躊躇われるんだよなぁ。
「…わかった。水曜と土曜ね」
「ああ、約束だぞ」
「うん、わかってるって。約束ね」
まるでお父さん相手にしているみたいだ。
「おう、じゃあ用も済んだし俺は帰るな」
「うん、気をつけてねー」
ヒラヒラと手を振ると、
「お前がな!」
と返ってきた。まったく心配性な友人である。
「はいはい」
適当に返事して、私はまた山へと踏み出した。
そういえばアイツ、わざわざこんな遠くまでこのためだけに来たんだろうか?
チラリと後ろを振り返ると、すでに自転車に乗ったシロが遠くに見えた。
本当、良い奴だよね。事故の時も、今回も助けようとしてくれてさ。さらに困ったら呼べってどこのヒーローだよ。
そんな優しい友人にあまり迷惑をかけないようにしよう、と守られるかどうかもわからないようなことを心に誓うのだった。