落下
「んじゃ、そういう感じでやっていこうか」
リーダーの女子の一声に私たちは思い思いの返事をして早速作業に取り掛かった。
秘密基地建設五日目、私たちは得意分野によって班分けをして作業を始めていた。
小学生の知恵ってすごいよねぇ。てんでバラバラなように見えて、実はものすごく統率取れてるの。チームの仲も良いし、下手な会社よりも効率良いんじゃないかな?
この班分けも四年生の子からあがった案だし…小学生、侮りがたし!
「おーい、光ー!この縄上の枝に結んでー!」
「はいよー!」
私は返事して、すぐさま靴を脱ぐ。木登りに靴は邪魔なのだ。
木の周りをぐるりも一周し、窪みや出っ張りなどの足場を確認。それから上を見上げてちゃんと掴まれる枝があるかを確かめる。
そしてグッと伸びをして、窪みに足をかけた。ここからはスピード勝負だ。
いかに全身の筋肉が疲れないうちに登れるかが、木に登れるかどうかの境目なのである。
ある程度まで登ると、手頃な枝に足をかけて登っていく。秘密基地を建てようとしている枝にたどり着くと、私は下で待っている子の方を見下ろした。
「大丈夫だよー!」
そう告げると、下の子が縄を準備し始めた。
野生児の私は建設班の中でも動くことが多い班なのだ。肉体労働班ともいう。もちろんじっと調べ物をしているよりも体を動かす方が好きだから、文句はないけどね!
肉体労働班の他にも、私が昨日調べたことについて調べる頭脳班、引き続き秘密基地建設の壁や床などの本体を作る作業班がある。
そしてそれら全てをまとめるリーダーの女子というのが。
「いくよー!」
「おっけー!ばっちこーい!」
と私に向かって縄を投げているこの女子、梅田小春だ。小春はとにかくみんなをまとめるのがうまくて、各班を回っては指示を出したり、こうやって少しだけ手伝いをしてくれているのだ。
ちなみに私は何の役職にも付いていない平社員である。
べ、別に無能だから平社員なんじゃないからねっ!リーダーなんてガラじゃないからやってないだけで!
という冗談は置いておいて。
太い枝に座り手を広げると、ナイスタイミングで小春が縄を投げた。縄は小春の家の倉庫に眠っていた冬籠り用のものだ。もちろん丈夫である。
縄は緩やかな弧を描いて私の元へと飛んでくる。
「よいしょっと!」
縄の端をガッチリと掴めば、
「ナイスキャッチ!」
と小春が親指を立てた。私も親指を立てて返すと、枝の上に立ち上がる。
「落ちないでよー」
「大丈夫大丈夫、いけるいける!」
落ちている木の枝はすぐ折れるから勘違いしている人も多いけど、実際木の枝って私たちが思っているよりもしっかりしてるんだよね。
小学五年生の私が上で動いてもビクともしないくらいには。
縄を片手に、もう片方の手は幹に触れてバランスをとりながら木の枝の上をゆっくりと移動する。
幹に抱きつくようにして縄を一周させて、ぎゅっと硬く結ぶ。解けにくいアウトドア用の結び方は昨日他の子が調べて教えてくれた。
ここの縄をこの輪っかに通してーっと。引っ張っても…解けない、緩まない、ビクともしないしない。うん、私にしては上出来なんじゃないかな。
よし、と一人頷いた時だった。
「光、危ない!」
「え?」
小春の絶叫が鼓膜を突き刺した。と同時に目の端に何か高速で飛んでくるものが映って。
「うわぁ⁈」
それを避けようと思わず身体を傾けた瞬間。足が枝を滑りずり落ちるのを足の裏でしっかりと感じ取ってしまった。
視界が反転する。
落ちる…!
固く目を閉じながら、そういえばこんなこともあった気がする、と頭の隅を古い記憶が掠めた。
木から落ちて体のあちこちに擦り傷作って、お母さんに怒られたっけ…。
でも、夢の中でまで痛い思いをするのは嫌だなぁ。
「みや!」
遠くで聞きなれた呼び名が聞こえた。
つい数日前(走馬灯の中での感覚だけれど)まで呼ばれていたあだ名なのに、随分と懐かく感じた。
ドンっと柔らかい何かにぶつかり、耳元で、
「うぐっ!」
と潰されたカエルのようなうめき声が聞こえた。倒れこむ。
「いったぁ…く、ない…?」
いや、強打した膝は痛いんだけどさ。それ以外は全く痛くない。
何事かと体を持ち上げれば。
「いってー…」
と顔をしかめる、記憶の中よりも小さなシロが私の下敷きになっていた。
「シロ⁈」
つい驚きの声をあげれば、シロはさらに顔をしかめて私を見た。
「うっせ!いいからどけ」
「あ、ごめん」
怒られて慌てて上から退くと、シロはのそりと起き上がって私を一瞥した。そして大きなため息をひとつ。
ギロリと私を睨んで、シロは私の頭に拳を降らせた。
「こんのアホ!命綱もなしに木に登るな!」
「わっ!…ごめん」
拳はキッチリ避けてから謝ると、シロはさらに大きなため息をついた。
「だいたいお前は変なとこで鈍臭いくせに無茶しすぎなんだ。なんで陽菜を庇って轢かれるんだよ」
とお説教じみたことをくどくど言われ続ける。
…あー、しくった。確かに不可抗力もあったけれど、私の注意不足もある。
木に落ちたのだって、トラックに轢かれたのだって…。
…って、あれ?なんでシロはトラックに轢かれたことを知ってるの?
そもそも小学生時代にはシロの存在なんて知らなかったはずなんだけれど…。
どういうこと?と首を傾げていると、
「ねえ、ちょっといい?」
と厳しい声が私たちの間に入り込んできた。声の持ち主、小春は目に警戒の色を宿してシロを見つめている。
「なんだ?」
シロが顔を上げて目を瞬かせる。
私も何事かと小春を見つめた。
小春は不審者を見たかのように眉を顰めて、
「あなた、だれ?」
と低い声で尋ねた。
…あ、そっか。小春とシロが出会うのは高校。この時は知り合いでもなんでもないんだ。
…だけれど、それは私も同じはずだよね?
なのになんでシロと私は普通に会話してるの?
「…俺は城田大輝。こいつの友だち」
シロはあっさりと答えて私の肩を叩いた。その言葉に小春が本当に?と言いたげに首をかしげる。
「光の?」
「う、うん。確かに私の友達だよ」
高校では一番お世話になっている付き合いの良い男友達だね。胸の中では心の友と呼んでいる。
あくまで高校生時代の話だけれど。
まさかそんなことは言えない私は、代わりに信じて、と小春を見つめる。
「へえ、意外だわ。光にも男子の友達いるんだね」
小春は目をパチクリとさせてシロを見て、それから私に視線を移した。
「…男友達くらい何人かいるよ」
男友達はいないと思われていたのか。心外である。
私だって、高校生になってコミュ力磨いたんだ。男友達くらいいるよ!
「嘘つけ。俺しか男友達いねぇくせに」
「うぐ…っ!」
頭のてっぺんからチョップを喰らって変な声が出た。シロの余裕綽々な笑顔がまた癪にさわる。
「いやいや、アンタ以外にもいたから!さっちゃんとか…」
えーっと、他には…。
「五月は未来の弟だって自分で言ってただろ」
「あう!そうだった…」
なんでそんなこと覚えてるんだ。
というかこいつ、小学生の時からこんな性格だったの?ちょっと大人び過ぎじゃない?
「…アンタ、本当に小学生?」
他の子には聞こえないように冗談交じりに聞いてみると、シロは目を丸くさせた。
「は?俺らは高校生だろ…?」
シロのポカンと口を開けた間抜け面が晒される。これはこれで面白い顔をしているけれど、今この瞬間から変顔大会をしている暇はなくなった。
この表情にあの言葉、このシロは私の知っている高校生の…同年代のシロで間違いない。
「いんや、自分の格好見てみ?どう見たって小学生だ」
シロに軽口を返しながらも、頭の中はパニック状態だ。
あーもう!なんでコイツが私の走馬灯の中にいるの?
もしかしてシロも事故に巻き込まれた?それなら無理矢理にでも現世に返さなければ…!
「みんな、ごめん。ちょっとコイツ道に迷ってここまで来たみたい。山の下まで送ってくるね!」
「は?何のことだ⁈」
驚くシロの腕をガッチリと掴んで、片手をみんなへとヒラリと振れば、
「ちゃんと口止めしといてねー!」
という声が追いかけてきた。
「大丈夫だよー!」
コイツは秘密を守れるやつだし。
呆然としているみんなにグッと親指を立てておく。
「さ、行こうか」
そう言ってシロを見上げると。シロはこの短い時間に立て直したのか、
「ああ。俺もお前に話がある」
と鋭い視線が返ってきた。
さすが私の友人、切り替えが早い。
私は頷きながらも、内心汗をダラダラ流しながらシロの後についていく形で山を下っていくのだった。