第九話~泣く。~
ちょっとづつ一話ごとのボリュームを増していこうかなと。
その後、そわそわしていた真奈に、「どうしたんだ?」と聞くと、「少し...着てみたく、なってしまいまして...」と、少し恥じるように言うものだから、店員さんに頼んで「仕方ないですね〜」と、試着室を貸してもらって、着替えてもらった。真奈は今、今までとは違った、淡い青色のシャツに、黒い膝までのスカートと、黒いロングソックスを履いている。
取り敢えず服は二組買ったので、交互に着ていれば衛生的にも大丈夫だろう。真奈自身、とても気に入ってくれているようで良かった。帰り道の途中である今でも、真奈はスキップ気味の歩きで時折「ふふっ♪」と楽しそうに鼻を鳴らすのだった。
「なぁ、そんなに服が欲しかったのか?」
「いえ...その、申し訳ございません。」
楽しげになり過ぎた、と悔やむようにしゅんとする真奈。
「いや、嬉しいから別にいいんだぜ?俺としても、買ってやったものでそんなに喜んでもらえるのは嬉しい。けど、そんな喜ぶことかって思っただけだ。」
「その...」
ちらっ、と目線を外して真奈は続ける。
「私は、このような事、こちらにきてからありませんでしたし...なにより、服が持つ意味とは、大きいものです。服は、着ている人の、品格、雰囲気、印象を決めますし...その人が、何処に所属するかを示す、ものですから...」
真奈にしては珍しく、長い台詞を連ねた後、まだ続けるために一呼吸。
「ですから...少し、嬉しかった、のです...今までの薄汚れとも、借り物でもなく...「居候としての私」が、見られた気が...して、です。...少し、生きている実感が、湧いて...」
「居候に生きる実感を感じられるのか...?」
「はい、その...居候させていただいているあいだ、様々なご厚意を頂いて...私は、凄く、不思議でした...なぜ、私を庇って、頂けるのか、と...」
日が長くなってきたけど、それでも沈んでしまった太陽が焼く空。街が影になっている西の空を背に、真奈は真剣そのものの目付きで言葉を紡いでゆく。
妙に真奈がくっきり、暗めに見える。
「魔物で、罪を犯したような、人々に頼らなければ、生きていけなくて...そんな人々に、汚されてきた、と、いう、のに...何もかも、捨ててしまわないと、生きていけなかった、と、いうのに...」
目を伏せる。声が震える。これ以上言っても良いのか、わかりかねるように。
「...御自身だけでも、生活に楽はできない、でしょうに...私を、受け入れて下さって...しかも、私に、与えて...くださっ、て...」
底が抜けたように、どんどん真奈の口から言葉が漏れでる。真奈自身、どうしてこうなったのかわからない、けど、全て話したいというような...少し泣きそうな顔をしていて。無理をしなくていいよ、と普通なら声をかけるべきなのだろうけど、俺はその後の言葉を、頷くだけだ。
こういうのを意地悪と言うのだろうか。
「...申し訳ない、の、ですが、私は、まだ全部信じることが、できないのです...泊めて下さるだけでも、かなりの、恩恵だというのに...どうしても、前の人間を思い出してしまって...そんなこと、する訳ないって、この一ヶ月近くで、知っているはず、なのに...まだ、足りない...私は、本当に...酷い、です...何も、返せていないくせに...何も、できない、くせに...迷惑だけ、の、くせ...にっ...!」
「いや、それは違う。俺は見返りを求めてお前を匿っている訳じゃ...」
「違います...私は、尽くさなければ、ならないんです...生かして、もらっている代償と、して...!」
「真奈、俺はそんなつもりで匿ったんじゃない、何度も言わせるなよ!」
「...っ!」
一瞬張り詰めたが、また顔を歪める真奈。
「違うわけ、ない...ないんです、ないはず、です...」
言葉に成しえないものを無理矢理言葉として押し出す。
何度も何度も、ここに来てから発した言葉。
何度も何度も、代償のためではないと断られ続けた言葉。
それでも、その考えが、言葉がしみついてしまっている。まだ、抜け出せない。
「何故、そんなにも、私を庇うの、ですか...どうして...」
真奈は、魔物狩りが起きてから生きるために色々な場所を転々としてきたのだろう。そのうちにあってきた人たちは、誰一人として俺みたいに無条件で匿おうなんて人はいなかったのだろう。自分の身を全て見ず知らずの人に預けるというだけでも、ほとんどの人はそれをするのは嫌だろう。
それに、真奈は魔物であろうが女の子だ。比較的弱いであろう真奈は、今まで何をされてきたのだろう。
──生きる代償として。
「俺はな、」
俺は知らない。真奈に何があったかなんて知らないし、想像するしかないけれど、それでも今まで困難であったことくらいはわかる。想像ができないほどには...
「そこに怪我をしている人がいたからだ。たまたま、それが真奈だっただけ。」
「えっ...」
「だってそうだろ?怪我人がいたら助けるもんだろ。俺は普通の生活をしているのに、困っている人を放置してのうのうと生きてはいけないって思ったんだ。まぁ...もちろん、俺も人間だからさ、それで自分が困ってしまうんだったら元も子もないって思っちまうし、流石にそこまで抱えることはできない。けど...」
最初の答えにぽかんとしている真奈に真っすぐ、言う。
「真奈は、俺が助けられると思ったんだ。話してみたらすごく怖がられてはいたけど、俺から見たらいい人だなって思ったしな。人間だろうが魔物だろうが、そんな人が困っているのなら、俺にできる最大限の手をつくして上げたい...ってな。本当だぜ?」
「そんな...私、今まで、そんな事っ...」
「俺が、そいつらと同じように見えるか?」
「...」
「多分、想像...というか、お前から聞いた話も少し入るけど、いままでは"泊まらせる代わりに~しろ"って言われてきたんだろ?でも、俺はそれは人の弱みを利用して自分が己惚れる道具にしているだけにしかおもえないんだよ。俺はそんなことはしたくない。」
「...私は、その、道具であるべき、ですのに...」
「じゃあお前はそれになりたいのか?道具であるべきだっていうけれど、お前はそれを自分で望んでなっていたのか?」
「それ、は...」
長い間。真奈の目が揺れている。焦るように。何かを探すように。いつの間にか、どこかに行ってしまったものを...
「...わかりません。」
ぽつり、と、真奈がつぶやく。
「わから、ない...です。」
もう一度。自分でもわからないことが不思議らしく、
「それ、どころか...私が、何を望むか、なんて、したい、か...なんて...」
元々伏せ気味だった瞳を、さらに伏せる。もう、夕闇のせいもあって殆ど見えない。
「俺はな、真奈がまだ魔族側にいたときには、こんな風にはなってなかったんだと思う。だれにだって何かをしたいという気持ちはあるんだ。将来何に成りたい、あの人のためにこうしたい。そんなたいそうなことじゃなくたって、ゲームしたいとかだらけたいでもいい。それがないっていうのなら...多分、真奈が俺らのとこに来るまでになにかされてきちゃったからなんだよな。誰かが、それを奪っちまったんだ。それは十中八九、人間がやっちまったことだと思うから...まぁ、その罪悪感もあって匿ってるのかもな。けど、どちらにせよ俺は真奈がまた普通の生活を取り戻すまで...そうだな、こういうなにかしたいって思うことをできるようになるまでは絶対に匿うつもりだ。──まぁ、嫌なら絶対、とは言わないけれど...」
自分で思うけど、長ったらしくてわかりにくい口説きだと思う。真奈にちゃんと伝わっただろうか。
真奈は相変わらず顔を上げてくれない。表情が見えにくくて、不安になる。もっと真奈の心に近づきたいんだけれど、まだまだ時間がかかるのだろうか。
ひとつ、ため息をして、嫌な思いをさせてしまったかな、と少し反省しながら歩きだす。
「...待って、ください。」
「ん?」
真奈に手を引かれて向き直る。今度は、まだ揺れている真奈の瞳がしっかりと俺の方を向いていた。
「嫌では、ないんです...私自身、あなっ...か...ずま、さん...?」
あ、そうだ。俺は今まで真奈に名前を呼ばれたことがないんだった。いつも「すみません」とかで済まされるから。
初めて名前で呼ばれて、奥からじわじわと嬉しさが笑いとなってこみ上げる。
「ぷふっ...ははっ」
「え、っと...」
「かずまでいいよ、さんとか敬称つけなくてもいいし。」
「で、では...かずま、さん。」
敬称...と言いたくなるのを我慢する。
真奈が一呼吸すって改めて言い直す。
「和慎さんの、ところに居たいって、思ってしまっています...ご迷惑かも、しれませんが、そう...思ってしまっています。なんだか...温かい、気が、して...できれるのであれば、これからも、ずっと...この生活が、続けば...なんて、思ってしまうんです。ですが、私はそもそも匿ってもらっている身、ですし...それに、どこか、和慎さんを、疑って...しまっているんです...。また、これまでのように、と...酷いですよね...そう思うごとに、胸が、苦しくなってしまって...どうしようも、ないんです。罪悪感、という名前なのでしょうか...」
真奈の口からぽろぽろと出てくる嬉しい言葉と真奈の本音。やっと、聞けた気がする。
「私...こんなにしてもらっているのに...何もできていないって...いつもは私が奪われて、釣り合っていたはず...なのに...申し訳なくて...自分が、もう...」
あぁもう、本当に、やっと聞けたよ。真奈の口から、この言葉の数々。
「お前さ、泣けるんじゃん」
「...えっ」
いわれるまで気づいていなかった、というかのように両手で涙をぬぐう真奈。
「怪我してもさ、それの治療してても痛かっただろうになんも言わねえしさ。泣けないんじゃないかなって思っちゃってたけど...ちゃんと泣けるんじゃねぇか。」
「あっ..えと...」
「いいんだよ、それほどの感情を俺らに持ってくれてたんだろ?嬉しい限りだよ。それ以外何も出てこない。」
「そう、ですか...?」
「あぁ、もちろんだ。あとな、何もしてないっていうけれどさ、生死さまよってた奴に何かさせようって気にもならねぇよ。─もしな、何かしたいっていうならさ、今みたいに泣いたり、笑ったりしてくれ。元気な姿見せてくれ。それだけで十分だ。それでも足りねぇっていうならなにか家事でも手伝ってくれ。...つっても、最近お前やってくれてるからな、皿洗いとか、料理とか。俺らはそれで充分なんだよ。」
頬が少し朱くなっている真奈の頭に手をのせる。
髪が細めで、柔らかい。そして、暖かい。
「俺らもさ。お前が不安にならないように頑張るからさ、少しずつでいいから、やっていってくれ。」
真奈が目を細める。
「すみません、少し...少しだけ、そのままで...」
ん?と、聞く前にぽす、と俺の胸に真奈の頭が入ってきた。そのまま、後ろに手を回される。
「お、おい?」
きゅ、ともっと力が強くなって、仕方なくそのままでいてやることにした。
いつか、真奈も笑いながら生活できる日が来るのだろうか...
あれ。真奈ちゃんちょっと感情出しすぎたかな...?
ちなみに、タグにある通り少し残酷な表現が少し後に出てくる予定なのですが...前置きがなかなかおわりませんねw
もっとわかり易い小説が書きたいものです...