第七話 〜買い出し〜
鶫教授に呼び出された日の夕方。いつの間にか上弦の月から満月に近くなっている、明るくなるだろう夜の前。
まだ16:00をまわったくらいで、特にやる事がなくなって、後ろでは帰ってきたばかりの泉さんと、真奈の女の子二人が夕食を作りかけている。
「あっ、和慎くん。」
「はい?」
「調味料が切れちゃったんだけど...まなちゃんと買ってきてくれないかしら?」
「いいですよ?」
「まなちゃんは、行ってきてくれる?」
「...はい。」
「ふふ、良かった。じゃあよろしくね。」
丁度やることがなかったし、と起き上がって支度をする。真奈はエプロンを脱いで、泉さんから借りている少し大きめの洋服になった。特に、肩口が中途半端に大きいのが気になる。
「泉さん、少し遅くなっても良いですか?生活用品を揃えたいので。」
「えぇ、わかったわ。まなちゃんに?」
「そうです、最低限のものは揃えたいんですよ。」
「ふふ、優しいのね。じゃあ、帰ったら夕食、という感じかしら?」
「ええ、そうしてもらえると嬉しいです。」
「わかったわ、気をつけてね。」
「行ってきます。」
と、言うわけで首を傾げる真奈を連れて駅前の総合デパートへ向かった。
真奈は久しぶりに外の空気を吸ったからか、道ではとても気持ちよさそうに深呼吸しながら歩いていて、夕焼けに照らされるその髪と表情に、不覚だけど少しドキッとしてしまった。この娘はこんな顔をするんだな、って。勿論、可愛いというのもあったけど今まで見られなかった表情だったから、とても新鮮で、少しでも打ち解けられたのかな?と思えて嬉しかったんだ。
「まなは、人間側<こっち>に来てから買い物はしたことあるのか?」
俺が話しかけると、真奈ははっとしたようにこちらを見て、少し目を逸らした。
「いえ...その、初めてです。」
「そっか、コンビニとかにも行ったことない?」
「はい...行ったことないです。」
「そうかぁ、じゃあちょっと人が多いかもしれないかな。」
「ここ...ですか?」
「あぁ。」
そこはよくある大きな駐車場を持つデパート。色々な店がそこには集まっている。
真奈はごくっ、と唾を飲む。
「まぁ、住んでいたら人が多いところに行くこともあるからな。大丈夫そうか?」
真奈は、目をうろうろとさせながらも、
「だ、大丈夫...だと、思います...」
と振り絞るように言った。
「よし、じゃあ辛くなったらすぐに言えよ、なんとかするから。」
「は、はい...っ」
冷や汗が少し出ているけど、これも練習だから、頑張れ...!と心の中で応援しながらクーラーの効いた店内へと入った。広い通路に、肌を撫でる冷気。
店内では、俺のシャツのはしを真奈が掴んでいたが、少し経つと恥ずかしかったのか離して歩いていた。
「調味料...八種??泉さんマニアックだな...」
「...和慎、さん。多分、三温糖はこれ...それは、グラニュー糖...?」
「おぉ、本当だ。ありがとな。」
「いえ...」
とまぁ、二人で協力しつつノルマをクリアしてレジへ。支払いを終えて階を移動する頃には、真奈はすっかり元の調子、いやそれ以上になっていて、少し楽しそうに笑うようになっていた。
さて、次が俺的には今回の目的だ。
「まな、お前服がないだろ?」
「...はい。一着しか、ないです。」
「外に出られる服だけ揃えてやるから。」
「えっ...」
そういうと、真奈は本当に驚いたように目を見開いてこちらを見た。乗りなれないエスカレーターの上で、危うく転びそうになった真奈を手を引っ張って助け起こす。
「そのっ...いいん、ですか...?」
「あぁ。いつまでも借り物じゃ嫌だろ?」
「あっ...ありがとう、ございます...」
真奈は俯きながらもそう言って、慎重に次のエスカレーターに乗った。