第六話 〜呼び出し〜
それから二週間、少しでも馴染んで、安心してもらうために俺は家にずっといて、泉さんは大学の講義をノートに取り続けてくれた。取り敢えず二週間慣れてもらって、それが過ぎたら交代、というようにしようということだった。
二週間でそこまで回復するものかなと少し不安だったけれど、オーバーな行動はなくなった。敬語はまだ少しかかりそうかな。
「ただいま。まなちゃん、いる?」
「はいっ...」
まぁでも、よく話すようになった。相変わらずこちらから話しかけないと何も言葉を言わないけれど、大きな進歩ではある筈だ。
「晩御飯作るけれど、まなちゃんも一緒にどう?」
「私で、良いのでしょうか...」
「ええ、大丈夫よ?」
「でも、もし失敗とかしたら...多大なご迷惑と手間が...」
「もう、私たちの所ではそういうのは大丈夫って言っているでしょう?私たちにとっては、失敗でさえ楽しみなのよ。一緒に作ることに意味あるのだから。」
「...では、私も...」
「うん、それで良いのよ。...あ、でも嫌ならば断ってくれたら良いからね?」
「そんなことは、ないです...」
「そう、ならよかったわ。じゃあやりましょ?」
という感じに、泉さんと真奈はかなり距離を縮めている。かく言う俺は2人が戯れている間何をしているかというと、
「じゃあ、これ。今日の講義の分ね。」
「おっ、ありがとうございます。」
「戻った時に困らないようにしておいてね?」
「勿論ですよ、何かあったらこっちにも影響ありますから。」
「ふふ、そのいきよ。」
と、午前は泉さんと俺の巡回者の書類整理と匿う上でいる物の調達と真奈の世話(と言っても食事を作るくらい)、午後は大学の勉強、夜は巡回者の元々の仕事である街の警備をしている。比較的午前中は手が空くので、夜の警備が終わると朝は寝ている。
真奈はあまり行動せずにベッド上でなにか考えていたり、「お手伝いすることはないですか?」とよく聞きに来たり。手伝ってもらうのは嬉しいことなので、「じゃあちょっと買い物にでも行くか?」と偶に外に連れ出す。
俺達は少しずつ、真奈を含んだ生活に慣れてきた。
「そうだ、和慎くん。」
「なんですか?」
「大学の教授が貴方を心配していて、明日大学に行ったら会ってもらえるかしら?」
「ん、了解です。」
これからは一段階進んで、当初の計画通り俺と泉さんが半日ずつ入れ替わりで面倒を見てみようと思っている。大学の教授が俺を心配しているなんて珍しいと思うけど、まぁ大学だし、残されて補習なんてことは起こりえないだろうから、初日からスケジュールが狂うなんてことは無いだろう。
「にしても、あのお爺さんが心配っていう名目で俺を呼ぶなんて、なんかやったかな...」
「あら、教授はかなり若いわよ?」
ん?俺の教授は60代のお爺さんなんだけど...?
「呼んでいるのは、私の教授よ?」
「えっ??」
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「やぁ、よく来たね。」
「こんにちは、教授。」
「こんにちは...?」
泉さんに真奈の相手として分身を作ってもらって、二人で精神Ⅱ科の教授と大学にあるカフェのような場所に待ち合わせをして顔を合わせた。教授らしき人は脚を組みながらカプチーノを飲んでいた。
しかし、その教授らしき人はなんというか...
「お若いですね?」
「あぁ、本来なら高校生だね。確か...16か17あたりだった気がするよ。」
「教授は飛び級を何回もしてここにいるのよ。」
そう、教授らしき人は真っ白な髪に真っ黒なワンピースを着た、教授とは全く見えないような格好をした女の人にしては背が高めな人だった。ただ、雰囲気だけは教授感はあるような...
「といっても、特異的に成績が良いのは科学と精神学のみでほかは平均的なのだがね。」
「え、じゃあなんで教授になられたんですか?」
「それは私が一番知りたいよ。」
「えぇっ...」
何者なんだ、この人は?
「余談はここまでとして。私も講義があるので淡々と進めていこう。単刀直入に言うが、この二週間何があったか教えてもらえないかい?」
「えっ、なぜですか?」
「何故って、おかしいだろう?巡回者でタッグを組んでいる君達ふたりが同じ時期に動きがおかしくなったのだからね。」
教授らしき人は、君たちも何か頼むと良いよ、お昼時だろう?とメニューをこちらに渡しながらそう言う。この教授らしき人は、なかなか良いかんの持ち主らしい。
「私も他の学科とはいえ、うちの生徒事情に関してはよく知っておきたい。プライバシーや機密に関わらない程度に教えてくれないかい?」
デリカシーは特にいらないかな、と付け足す教授らしき人。真奈の件に関しては機密になっていないし、寧ろ報告さえしていない。何かを察知されている以上、嘘かなにかで誤魔化すのはよしたほうがよいかな。
「人を匿っているんですよ。朝、倒れていたところを保護して、暫くの間うちに匿って、後々帰す予定です。」
「ほう...?そうすると、君の家には今はその人ひとりなのかな?」
「いえ、泉さんの分身をそこに置いてますけれど。」
「あぁ、なるほどね。そうすると、この二週間の動きはその人を監視するためと捉えて良いのだね?」
「ええ、そうですね。というか、それであっています。」
「ふん...」
少し教授らしき人は顎をつまみながら考えていたけれど、すぐに手を顎から離して更に会話を進めた。
「特に変な理由はなさそうだね。君の休みに関しては巡回者としての休みだった、としておこう。少し気になっただけだからね、付き合ってくれてありがとう。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
グイッと教授らしき人はカプチーノを飲み干して、ふぅ、と一息ついた。
「さて、もう少しだらだらと話していたいのだが、私にも講義がある。その子についてなにか困ったことがあれば協力するよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「よし、じゃあ小野寺、連れてきてくれてありがとう。このまま講義室まで行こうか。」
「はい、わかりました。じゃあね、和慎くん。」
こうして謎の呼び出しが終わって、俺は生ぬるい外気に晒されながら帰宅した。
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「ん、なんだい?また局長の愚痴でも吐きに来たのかい?」
「いやぁ、今回はそうじゃないですよ?」
電話が鳴り、出てみると案の定私の部下だった。部下というよりかは後輩と言ったところだけれど。
「今日、気になってたらしい人と会ったんですよね、どうでしたー?」
「まぁ、予想通りという感じかな。匿っているだけだって言っていたから、特にそれに関しては問題ないんじゃないかな。」
「へぇー、じゃあ私たちは下準備しますのでー。」
「はいはい、しっかりね。」
「了解ですー。」
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