第三話 〜魔族の価値〜
「さて、どうしたものか...」
ポケットに入れておいた録音機を取り出しながら、ソファーに寝転ぶ。少なくとも俺はあの娘が嘘をついているとは魔物という話も含めて思えなかった。その証拠と言ってはなんだが、隠しておいていた嘘発見機の波を見ても声のブレがない。
「あの娘には悪いけど、仕事だからなぁ...」
近くにあったPCを取り出し、起動する。声の波長とこれもまた隠しておいたカメラからの様子を見てみても、嘘をつくような真似はしていない。
本当はこういうことはしたくないんだが、仕事上こうする習慣というか...そういうものが身についているみたいだ。
それはそうとして。
「本当であっても困るんだよなぁ。魔物を匿ってやるというのもまた難だし。」
なにせ、一昔前(っていってもかなり経つけど)までは魔物に怯えて生きてきた種族だ。故に魔物に対する嫌悪感が濃くって、バレたらかなり問題になると思う。かといってこのまま追い出してしまってはあの娘の身がどんなになるかわからない。また怪我をされても困るし、何より俺が色々気にかけてしまう。
「難しいな、巡回者としてのマニュアルには魔物は見つけしだい通報、排除ってなってるし...」
さっきの取り調べ(みたいなもの)で見たあの娘のカーテンに隠れかけていた表情は、どこまでも悲しげだった。そんな顔をしている人を救うのもまた巡回者だし、もし俺がそうでなくてもできる限り救おうとする。
「はぁ...こういう時どうすりゃいいんだろうなぁ。」
風が吹き込む窓がヒューと音を立てながら机の上の書類を逆撫でる。寒いな。
「あーもう、仕方ねぇな。」
俺はパタン、とリビングの窓を閉めて決めた。
「匿ってやろう。少なくとも、安定した生活が遅れるようになるまでは。」
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私って、今何しているんだろう。
何を目的にここに生きているんだろう。
何でどこまでも這い蹲ってでも生きようとしているんだろう。
何で?
「...。」
まじまじと、自分の手を見つめてみる。
大概の怪我ならすぐに治ってしまう手。
昔、森の人々が握ってくれた手。
この前、金具に繋がれていた手。
今、あの人が手当てをしてくれた手。
もう、しばらくこの生活をしていると涙も出てこなくなった。慣れちゃったのかな、自分がすることがないと思っていた生活に。自分が知らなかった生活に。
そういえば、あの人は私を治療してくれたけれど、なんでだろう。今まで出会ってきた人間は皆、私を排除すべき魔物として、或いは気晴らしとかの道具として使ってきたのだけれど、あの人は助けてくれた。
人間だと勘違いしていたのかな。でも、魔物と告白した時にそこまで驚いていなかったけれど...
よくわからない、けど、今までしてきたように、生きるために、あの人の気晴らしの道具くらいにはなれるかな...
これも多分、全てを諦めきれない優柔不断な私のせいなのだけれど...。
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話を聞いて色々考えていたらそろそろ昼食を食べなきゃいけない時間になった。元々大学の学食で食べようと思っていたから全く何も用意をしていない。取り敢えず冷凍食品辺りを、と。
「にしても、戸籍をどうするかだなぁ。取り敢えずは中で引きこもりをしてもらうしかないか。」
ジュー、と冷凍餃子を焼いてみる。これさ、焼くタイプなんだぜ?レンジでチンじゃなくて。
「大学には風邪って言っておくか。そしたら五日間くらいはなんとかなるだろ。」
それまで要監視、観察って感じで。
「ま、こんなもんで足りるだろ。」
俺はあまり料理をしないから、作ったのは餃子とそこら辺にあったスープ。何故か中華風になったが気にしない。
ふわふわと揺らぐ湯気はなにかしらの癒し効果があると思うんだよな...
「おい、入るぞー。」
一応、確認をとって戸を引く。中ではやっぱりあの娘が居て、天井を見つめていた。俺が入ってきたと気づくとまた姿勢を正そうとしたので、それを止めて近くの椅子に座った。
「取り敢えず、お前の分だ。食いながら聞いて欲しいんだが、大丈夫か?」
「そんな...こんなに、私が食べても...いいんですか...?」
「当たり前だろ?お前のだと言ったんだ。」
そういうと女の子は「で、では...有り難く、頂いておきます、ね...」と言って、少し肩の力を抜いた。
「...まぁ、俺も少し考えたんだか、お前のいうことは嘘だとは思わない。」
「...。」
じっ、と昼飯にも手をつけずにじっとこちらを見る、青い女の子の眼を見て俺は続ける。
「だからな、お前をしばらくここに置いてもいいかなと思ったんだ。今朝みたいにっつうか、今もだけどまたそんな目には遇いたくないだろ?」
「...私は、その...」
「ん、なんだ?」
その女の子は、少し躊躇うかのように間を置いて言った。
「私は、居候を続けて、転々と、生きてきたわけですし...それに、魔族ですから...代償として、このくらいは、普通だ、と...」
あぁ、なんでそうなるかなぁ!!
俺は何故か少し、というか結構頭にきていた。
「なぁ、なんでそんなに自分を卑下するんだ、魔族だからなんだ?居候だからなんだ?お前は悪いことを何もしていないのに、そんな目に遭うのはおかしいだろ!?」
「だって...」
女の子は目を伏せた。少し逃げるみたいに。
でも、はっきりと俺の耳に聞こえるように言ったんだ。
「私は、魔物なんです...薄汚れて、嫌われても仕方の無い、魔族なんですっ...」
「お前なぁ!」
気づくと、俺はその娘のシャツの胸倉を掴んでいた。
けど、その娘の何も無い、からっぽな眼を見て、冷水をかぶったかのように気が引けてきた。
なにやってんだ、俺...
「ごめん、少し荒くなったな。」
「いえ...」
ちくしょう、相手は怪我人だぞ。
「話を戻すぞ、置いてもいいかなとは思ったんだけどな、今のでよくわかった。条件付きでここに置くってことにさせてもらうぞ。」
「...何でしょうか。」
俺は一呼吸置いて。
「お前がこの生活を好きになるまで出ていくな。このまま追い返したらどうなるかわかったもんじゃない。」
そう言った。すると、女の子は少し目を見開いて、何か言いかけたが、迷った挙句に
「...はい」
とだけ、呟くように押し出した。