第二話 〜魔物ということ〜
あの娘の手当てを終え、血の跡処理をして大学に欠席の電話を入れて一息ついたの10:00くらい。血生臭くなったのでシャワーを浴びた。再び戻って今は寝室眠っているあの娘のベッドとは反対側のところに椅子を置き、座る。こうしてみるとこの娘はまだ若くて、大体中学生か高校生くらい。
...まぁ、俺も若いんだけどさ。
ヤンキーっぽさも無ければ変な雰囲気もない、ごく普通の女の子。それがどうして今朝あぁなっていたのだろう...誰かに襲われたのだろうか?
だとしたら、可哀想だ。早く帰らせてあげないと...
「ぐっ...」
お、起きたかな。
「気がついたかな?」
「...ひっ、あっ、あのっ。」
「ん、どうした?」
怖気ついて、ベッドから迫られるように降りた女の子に俺は驚いた。けど、更にその子は
「も、申し訳っ...ござ、ませんっ...!」
と、自分の怪我も気にせず正座で頭を下げるものだからますます驚いた。
「お、おい、いきなりなんだよ?」
「私のせいで、このよっ...お手数を...」
「まてまてまて、一旦落ち着け、な?」
何故か俺は両手で降参ポーズを取りながら全力でなんとか落ち着けようとしてみるけど、どう見ても不格好だよな、俺。でも、これしかしようがなくてなんとかアピールしようとする。
「えっ...」
女の子はそう言うと、目を丸くして俺の方を見た。伝わったのか不格好への反応なのか...とりあえず、名乗ろう。
「俺は《巡回者》だよ、怪しい者じゃない。道に血だらけで倒れてたから手当てしたんだけど、大丈夫か?」
「じ、巡回の方、ですか...?」
「そうだよ、ほら。」
と、パスケースに有る《巡回者》の証明を見せたが、また女の子は頭を下げてしまった。
「お、お忙しいのに、申し訳...」
「いやいやいや、なんでそうなるんだ?ほら、怪我してるんだから寝てろって!」
情緒不安定なのか?多分動揺してるんだと思うんだけどまさかこうなるとは思わないぞ!?
「い、良いのですか...?」
「勿論だ、怪我人は寝ていないとな。」
手を貸して立ち上がらせて、歩くのは辛いだろうから抱えて横たわらせる。
「も、申し訳っ...」
「謝るなよ、こっちは心配してやってるんだからさ。」
「...その、悪いです、私なんかのためにあなっ...たに、手を負わせる、なんて...」
「大丈夫だって、半分仕事だし。回復するまでゆっくりしていきな。」
そこまで言うと、女の子は少し落ち着いてきたようで、肩の力が抜けているのがわかった。もう少し、話しかけてみて落ち着いてから事情を聞いてみよう。
「一応ある程度の手当てはしたんだけど、具合はどうだ?何処かまだ痛むか?」
「いえ、もう大丈夫...」
女の子はそこで初めて自分の身体を見て、息を飲んだ。
「これは...貴方が...?」
「あぁ、そうだ。少しきつめに巻いたんだが」
そう言うと、女の子はいよいよ信じられないという感じで。
「その、私はもう大丈夫ですから...私は、何をすれば良いのでしょうか...?」
「えっ?」
「その...治療費分は、なんとか...します、から...」
「えっ、いや」
そんな見返りを求めているわけじゃないんだけど。ってか、大丈夫って...?
「あれっ...」
そこでやっと気付いた。
「傷が...治りかけている?」
そう。正座した時に剥がれかけている脚のガーゼの下、さっきまで血で濡れていた怪我が治っていたんだ。勿論血はまだ残っているけど、あれほど大きかった傷口が今では薄いんだ。
「お前、傷が...」
「っく...」
女の子が目を逸らしながら傷を隠す。元々内股な女の子の脚が更に内股になる。
「...私、魔族狩りの、生き残りで...色々なところに、居候しているんです...」
魔族狩りの生き残り?ってことは、この娘は
「私、魔族です...」
は?いやいや、どこから見ても...
「だから、私は...正式な戸籍も無ければ、住所も...無いんです。」
「...」
無駄に窓から吹き込む朝の風が寒い。日光が差し込んでいるはずなのに、寒い。
「そのっ、私...今までより、迷惑をかけないようにしますから...もう少し、もう少しだけ...この組織に、いさせてください...」
この娘、やっぱり何か裏に関わっちゃっているな。大体今のでわかった。この娘は居候してさせてもらうために、生きるために何もかもを捨ててしまったんだ...
「ごめん、俺は何の組織の人でもない。強いて言うなら《巡回者》を雇っている公安局っていう場所だけどさ、お前のことは半分仕事とは別に俺の意思でお前をここに置いているんだよ。」
俺はまた重い口を開く。
「《巡回者》っていうのは、勘違いしてるみたいだけどなんかの見回りとかじゃない。普通に生活してその中で出会ったり、通報が入ったら助けに入る人の事だよ。そこら辺からほいほい出てくるから《巡回者》なんて呼ばれてるけどな。今回はお前が路地で倒れてたから手当てしたんだ。」
女の子は黙って俺の話を聞いている。もう少し話を進めてみるか。
「だからな、お前の身に何があったのか知りたいんだ。魔族とか言っていたが、俺にはお前がテレビで出てくるような凶悪な物に見えねぇからな。」
「...魔族は、凶悪...です、か。」
「あぁ、勿論凶悪で怖いけど、全部が全部ではないと思う。だが、それはお前の話を聞いた上で判断する。魔族は人間の敵だが、それ以前に俺の仕事は傷ついたり困っている人を助けることだからな。」
「...」
女の子は少しの間黙って俺を見ていたが、その奥が平坦で黒い瞳を伏せると、ぽつりぽつりと話し出した。
「私は...
十ヶ月ほど前に行われた北東部の魔族狩りの生き残りです
そこは静かな森に囲まれた綺麗な集落で
誰も襲われることも襲うこともありませんでした。
けれど、ある日突然武器を持った人間がやってきて。
友好的だった人間諸共皆殺しにされたんです
たったひとり。
私を除いては。」
俺は右手をパーカーのポケットに入れながら考える。そんな俺に女の子はまた話し出す。
それからは、色々なところに行きました...道を歩く人、手当り次第声かけて。
その代償として、色々なことを、どんな事でもやりました。
...昨日は、あまり憶えていません。動けなくなって、世界がぐるぐると回って、でも気分はとても良くて...久しぶりの感覚でした。
幸せとも感じられたのですが、そんな私を、組織の人は殴りました。使い物にならないって...
そして、気づいたら、ここにいたんです。
「...そうか。」
無表情で語られたそれは、とても、辛辣だった。
風に揺られるカーテンが女の子の顔をひらひらと隠す。
「寒いな、締めよう。」
パチッ、と窓を閉めると、女の子は
「とても、厚かましいのですが...暫く、ここに泊まらせては頂けないでしょうか...勿論、泊まらせていただく間、なんでもしますから...貴方の指示、全部。」
おいおい、なんでもするとかそう簡単に言うなよ...しかも無表情で。女の子の目には何が見えているのだろう。
「今は寝ていろ。怪我が完全に治るまでは動くな。」
「...はい」
静かにそう言ったことを確認すると俺は部屋を出た。