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4-1 現状のてんまつと菓子テロ。

「お前ソレ嫌いらしいけど、そんなに嫌?」

「リクツじゃないもん」

「嫌なんだろ」

「嫌は嫌だけど。リクツでは嫌だって感じる自分が嫌」

「おお、真面目」

「だってマスター、あんた等が好き同士ってのは仕方ないし。そのくらいは判るし」

「あ、じゃあお前、俺がKとアレでも、マジで構わないんだ」


 ほう、と彼は感心した様な声を立てた。


「構う構わないじゃなくてねえ」


 はあ、とあたしはため息をついた。


「だって知ってるもん。確かにここではあんまりソレって好かれてもないけど、他星系では違うの知ってるし。文化の差じゃん、結局。それにマスター達はイロイロあってあーなってるんだ、ってことは判るし」

「それがお前の言うとこのリクツ?」

「そ。だけど」

「だけど?」

「お腹ん中は、ぐるぐる」


 くくっ、と彼は笑った。だがその笑いはすぐに優しいものに変わった。


「それでいーんじゃないの? けど俺なんか、お前がそーんなにリクツで自分を納得させようとする奴だなんて思わなかったなあ」


 そう言いながら彼は、カウンターにもたれて腕を前で組んだ。


「だって事実は事実だもん。事実を認めなくちゃ、人間、前に行けないじゃない。進歩は全てそこから来るんじゃないの?」

「お前ホント、前向き」

「マスターはそうは思わないの?」


 はい、とあたしは拭き終わったほうろうのポットをマスターに渡した。彼はははは、と乾いた笑いを漏らした。


「思いたいんだけどねー」

「思えないの?」

「さあ、どーかな。まー俺達の場合なんか、振り返るべき後ろが無いっーのが一番問題」


 そう言われてしまうと、どう言っていいのか困る。それはどうも顔に出ていたらしく、マスターは苦笑しながら、あたしの頭をぽん、と叩いた。


「だから別にソレはいいの。リクツで納得できる。納得できないのはも一つの方」

「も一つの方?」

「だーかーらー、あたし、マスターが女だったとしても同じ気持ちになるっての」


 ぽん、とマスターは手を叩いた。


「つまりお前は、単純に、『ママハハ』に対して妬いてるんだ」

「妬いてるっーか、『ママが可哀想でしょ!』って感じ」


 はーいはいはい、と彼は大きくうなづいた。


「納得。でもそれお前、普通俺に言うか?」

「マスターが女だったら言わない。どろどろになるの見え見えだし。男だから言うの」

「…それはまた複雑怪奇な」


 そうなのだ。結局あたしの気持ちはそこで止まる。

 あたしのモットー「批判的精神であれ」と思ったとしても、どーしてもうまくいかない感情の部分。


「あーもう、マスターが簡単に憎めるタイプだったら楽だったのにーっ」


 言いながらあたしは残りの拭くべき食器を力まかせに拭く。きゅっきゅっ、と音が耳にうるさい。


「俺はやだねー。ママムスメとどろどろの戦いなんか。ホントのスプラッタの方が気楽」

「ホントのスプラッタ、経験してるの?」

「そらまあそれなりに」


 ぞ、と背筋に寒気が走るのを感じた。


「…それなりにって」

「んー、だってなー、…」


 マスターはそう言いながら、天井を見上げた。そして軽く首を回す。


「…やめた。あまりいい話じゃあない」

「あたしでも?」

「一応お前女だし。チビでガリのガキでも」

「禁句ーっ!」


 ぼん、とまたステンレスの盆が音を立てた。


「おいお前ら、またやってるのか…」


 そう言いながら、カウベルを鳴らして、ドクトルKが入ってくる。彼は閉店後の、共通時九時頃にやって来るのが普通だ。「お疲れ」とマスターは手を挙げる。

 ドクトルはこんな風に、ほぼ毎晩、夕食にやって来る。そしてそのまま泊まり込んで、翌朝朝飯を一緒に食べてく。

 医院の方は、朝は九時くらいから。昼の患者が終わって一時くらいから三十分ほど休むと、また午後の患者がやって来る。一体何処からわいて来るんだろう、というくらい、毎日毎日、ひっきりなしに患者は来るらしい。


「で、うちには一応休みがあるだろ?」

「うん」

「ヤツの方には無いの。お休み」

「ええっ!!」


 このことを言われた時には、あたしもさすがに驚いた。


「…そんなに患者さん、多いの?」

「多いねー。両隣の町からも来るし、またあいつも来れば来たで、全部診ようとするし、自分に手に負えないとみれば、大病院への紹介状も書いてやってるし」

「へーえ」


 さすがにあたしも感心した。

 そう、何でも、この「アンデル」と、両隣りの町には、ドクトルが来るまで医者がここ数年、居なかったそうだ。だから仕方なく町の人々は、病気やケガの時には、遠くの病院まで出かけて行ったのだという。


「お前も見たろ? この町の様子は」


 うん、とあたしはうなづく。

 だいたい無いのは、病院医院だけじゃない。警察も無い。消防も無い。一応食料品や生活用品を扱う店、食堂は何軒かあるけれど、発展というには程遠い。


「貧乏… って訳じゃないでしょうに」

「うん、貧乏じゃあない。ただ、物騒」


 「物騒」の内容はともかく、そのせいで人は居なくなってしまったらしい。

 ここにやって来た時、あたしは軽いカルチュアショックを受けた。駅には必ず駅員さんが居て、改札があって、切符売り場があるものだと思っていた。けどここには何も無い。


「それでも駅舎はあるだろ?」


 そのことを言うと、マスターはそう返した。ん、とあたしはうなづいた。


「俺達が来る十年位前までは、ちゃんとあそこには駅員が切符も売ってたらしいんだわ」

「じゃあ何で、今は居ないの?」

「そりゃあ、乗るヤツが少ない駅に駅員を置くのは無駄だろ」


 と言う訳で人口の低下は駅にまで影響をきたすということがよーく判った。

 ちなみにこの話をしていたのは、午後のお茶用の菓子を作っていた時だった。マスターは客の合間を見て、スコーンの生地をさくさく、まぜこぜしていた。

 マスターはとにかく手際がいい。

 その一例として、お茶の時間用のお菓子作りもある。マスターは料理も菓子も自分で作る。もっとも彼が作るのは、スコーンやクッキー、ビスケットと言った焼き菓子程度だが。生ケーキや綺麗な冷菓の様なものは、やっぱりケーキ屋に契約注文しているという。


「『トロイカ』のケーキは美味いだろ?」


 あたしはうなづく。最初に来た時に食べたケーキも「トロイカ」製だったらしい。


「だけど俺達がここにやって来るまでは、あそこの奥さん、ほんっとうにシュミでしか作ってなかったんだぜ? ところがある日差し入れてくれたのがもー、滅茶苦茶、美味かったの。それで頼む様になって」


 当初、潰れかけたこの店を建て直していたマスターを、この町の人々は「物好き」と思っていたらしい。だけど、愛想が良くて元気で、妙な一芸を持っていて、良く働くマスターに興味と好意を持ったのだという。

 これは当人の証言だけではなく、洋菓子店「トロイカ」をやっているコリューブ夫人から聞いたのだから確かだ。しかも彼女はマスターの影響で店を出してしまった位だ。

 そう言いながら、マスターはスコーンのタネをざくざくと混ぜていた。


「じゃあ、これも」

「そ、コリューブ夫人直伝」


 バターをまぶされた生地はほどよくぽろぽろとして、今にも「丸めて焼け」と言わんばかりだった。



 ちなみにマスターとドクトルがこの「アンデル」にやって来たのは、ここが無人駅だったからだという。「だって面白そうじゃないか」というのがマスターの言だった。

 そして列車から降りた彼等は、それぞれに住処を探そうと思ったのだと。

 まずドクトルは。

 彼はまず、病院や医院を探した。助手でも何でも仕事が無いか、と。ところがあったのは、医院の残骸だけだった。それもまた、器具一切を残したままの。

 どうもこの医院の持ち主は夜逃げしたらしい。そこで「住みたいなら住めばいいさ」と近所のひとは言った。大家とか権利とかは、と聞くと、「住んでいればそのうち判るさ」ということだった。実際住み着いてから、面倒くさそうにやって来たらしい。

 そして彼はその殆ど廃墟と化していた医院の大掃除を始めた。そこは本当に小さな、個人経営のものだったらしいが、設備は一通り揃っていた。ある程度古いそれは逆に、十年近くブランクのある彼にとっては手慣れたものだったのだという。

 器具を一通り確認し、洗浄できるものは洗浄し、消毒できるものは煮沸消毒し…

 治療室関係で四日。居住スペースに二日(部屋は幾つかあったが、寝室とキッチン以外に手をつけるつもりは無かったらしい)かけ、何とか彼はその建物を使える様にはした。



 一方その頃マスターは。

 彼は彼で、食う寝るところに住むところを探していた。

 そこで、ここに来た途端目にとまったこの店に、「住み込み店員募集」と張り紙があったので入ってみた。即刻オッケー。

 ラッキーだと思っていたら、翌日当時のマスターに逃げられた。何じゃこりゃ、と思っているうちに、この店の所有者がやってきて、借金の返済を要求してきたそうな。

 そころがマスターはそんなこと知ったことじゃない。無論このやって来たひとにしても、マスターに負わせるのも何だと思ったらしい。ついでに言うなら、その取り立て人はカタギのひとではなかったので、逃げた方を追って半殺しにするとか言ってたそうな。

 するとマスターはこう言ったのだと。「借金肩代わり+も少し借りたい」と。逃げも隠れもしない、この店をちゃんと軌道に乗せるから、と言い放ったのだと。

 驚いたのは当の貸し主の方だった。そしてそんなアホなことを言ってくるヤツは初めてだ、と笑い飛ばしたという。そこでその貸し主は条件をつけた。三日後にもう一度来るから、自分をうならせるコーヒーを入れてみろ、と。そうすれば融資すると。

 そこで喫茶に関しては無知だったマスターは、三日間走りに走り回ったそうな。この町にもう一軒だけあるカフェのマスターに教えを請いに行ったというから大したものだ。



「で、そん時は非常事態だったから、俺はこのミラクル・ボイスを使った訳よ」


 へへへ、とマスターはスコーンをオーブンに入れながら笑った。


「一見そう聞こえないんだけど、実は泣きが凄く入ってる声の出し方ってのがあってね」

「それどーやってやるの?」

「内緒。うふ♪」


 …まあいい。ともかく彼は、三日間で何とか融資を取り付け、それを一年で返してしまったそうだ。…見事としか言い様が無い。


「と言ってもなロッテ、俺はごくごく当たり前の経営法で真面目ーっにやっただけなのよ。単に俺の前任が、そうしなかっただけ」

「そういうもの?」

「そういうもの。それと、少し臆病過ぎたってことかなー」


 と言うよりは、あんたの神経が太すぎるだけの様な気がしますが。

 そしてその店を立て直す時にも、ドクトルは毎日やって来てはごはんを食べてたらしい。そこで会えば会ったで、お互い「進行状況」の話にばかりになる。時には「勝負だ!」とまで言い出したそうだ。しかし「医院」と「カフェ」で何を競争するというんだろう。

 ともかくマスターのカフェとドクトルの医院がスタートしたのは同時期くらいだった。

 医院にもカフェにも人は次々とやってきた。それだけ、町の人々は、「駅前カフェ」と「医院」が在ることを待っていたのかもしれない、と彼等は思い、しみじみとしたものを感じたらしい。

 マスターが焼けたスコーンを出すと、良い香りがあたりにふわっと広がった。

 途端、窓際テーブル席の常連カップルが「ロッテちゃーん」と手を挙げ、声を掛けた。「はーい」とあたしはオーダー追加を取りに行く。

 …そう、マスターが店内で焼き菓子を自分で作る様になったのは、この効果を狙っていたりもするのだ。あたしも型崩れしたものを小休止の時に口にできるけど、…焼きたてのものは本当にっ!! …美味しい。


「今日は何のスコーン? チョコ入ってるみたいだけど」

「あ、チョコチップ+バナナです」

「聞いたーっ?」


 隣りの女の子集団がそれをまた聞きつける。はいはい、とあたしはそっちにもオーダーを取りに行く。

 無論その時に、新規のお客さんには紅茶に合いますよー、という言葉も忘れない。はいそれで紅茶もオーダー。まーすーたあー、とあたしは声を張り上げる。マスターはオッケー、と紅茶や食器の用意をする。

 この焼き菓子もまた日替わりというか、マスターの気まぐれだの、ストックしてある材料だのによって変わって来るのだ。

 たまたま今日は、生地にそのまま混ぜ込んでしまう程チョコをストックしていなかったことと、この間あたしが買い込んだバナナが熟れすぎになりつつあったこと結果、「バナナスコーンチョコチップ入り」となった。

 ちなみにドクトルは甘いものはさほどに好きという訳ではないから、張り合いが無い、ということだ。


「じゃああたし、いい味見役じゃない?」

「…太るぜ」

「いいもんあたし『ガリ』なんだから」


 ぬかせ、とマスターは蜂蜜色の目をむいた。

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