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3-2 こうなりつつあるとき(~いま)

 そして更にその翌日。

 昼食どき。授業の片付けに手間取ったあたしは食堂に行くのが遅れた。哀しいかな、皆食事とその時間に関しては、容赦が無いのだ。

 空いている席は何処だ、とあたしが定食のトレイを持ってうろうろしていると、こっちが空いているよ」と声。


「…校長先生」

「こっちが空いているよ、ルイーゼロッテ・ケルデン」


 この学校では、昼食は食堂で皆、銘々摂る。それは校長にしたところで変わらない。いつも見る風景の一つだ。

 ただいつもと違っていたのは、校長の前に居るのが、見知らぬ男であることだった。


「…失礼します」


 あたしはそう言うと、校長の右横に座った。


「ちょうど良かった。君のところへ、いつ行ったものか、と思っていたんだよ」


 校長の前にはビーフ・カツレツ定食があった。カツレツはたっぷりと掛けられたソースの海の中に沈んでいた。


「こちらの方が君を帝大予科へと留学させたい、ということだ」


 校長は自分の前に座る男性を示した。前にはあたしと同じ、野菜スープ定食。


「あれは、僕の母校でもあるしね。帝都本星の構内は本当に静かで騒々しく、いい所だ」

「母校…?」


 あたしは眉を寄せた。


「ケルデン、こちらは、現在の科学技術庁長官の、ゼフ・フアルト教授だ」


 ぽちゃん。あたしは思わずスプーンをスープの中に取り落とした。くすくす、とそのひとは笑う。


「やだなあ、聞いていなかったのかい?」

「…は、はい…」


 ちょっと待ってよ、何とか財団、じゃなかったの? 確かヘライ先生が引き出した情報では、キル何とか財団が、あたしを留学させたい、ということだった。それが何で科学技術庁長官に変わる訳?

 それとも、その話は別ルートなんだろうか。


「じゃあさぞ驚いたろうね。でも君のことは、ずっと話に聞いてたし、ここから政府費用で留学させるなら、君しかいないと思ってね」

「で、でも」


 それにしてもこんな場所でする話じゃない気がするんですが。この学校の連中は、物見高く説明好きなんだから。ほら、あちこちでもうざわざわ顔をくっつけあって噂している。

 それとも―――


「そのスキップ状態でこの学校に入っただけでもまず凄いよね。それでその上、この学校でスキップスキップと来れば―――まあほとんど『バケモノ』だね」

「お、お口が悪い」

「バケモノ結構。才能は生かすべき。才能を殺すのは、罪悪に等しいさ。ルイーゼロッテ・ケルデン、君には飛び抜けた才能がある」


 あたしはスプーンを置いて斜め前の彼を見据えた。


「ただ惜しむらくは、その才能の使い方をよぉく知らないことだよね」

「才能の、使い方?」


 うんうん、とその「長官」にしては若い男は、うなづいた。そう、若い。若く見える。実際年齢は四十代くらいだ、とあたしの理性は判断しているのだが、この口調、この態度、これで中年だったら「不良中年」の類だ。それにこの笑顔。どう見ても、いたずらっ子のままじゃないか。


「…あの、それは絶対ですか?」

「んー?」


 彼は頬杖をつきながら、一度書類を置くと、スープを、ず、とすすった。その間にあたしは一番近い集団のひそひそ話に耳を立てる。


 …本物? 

 本物だよ、ありゃ。だって俺、前TVで顔見たぜ。

 …そうそう! あの新年番組ん時も…

 あ、俺も見たぜ? 確かにそうだ…

 でもそれが何だって…

 まああいつなら…


「絶対って?」


 彼はもう一度、ずーっ、とスープをすする。


「だから、あの、ご命令か、ということで」

「命令ってことはないけど。でもこの学校のカリキュラムの一つに、留学を位置づければ君としては便利じゃないかなー。だって君、最近母上を亡くされたそうで」

「…それは」

「別に断ってもいいけど、それってこの学校のカリキュラムに逆らうってことだし、そうしたら、退学も仕方ないね。政府ってのは見返り無しで君達を教育してる訳じゃないし」


 …このひと、こんな口調で、ふざけてるのに、ストレートだ。校長の方が顔色変えてる。


「だって君、賢いじゃない。そういう子に、回りくどい言い方したって仕方がない」


 おおっ、と周囲から小さく声がした。くそ。


「つまりは命令に等しいと」

「そ」

「断ったら路頭に迷うぞ、と」

「そ」


 わわわわ、と周囲がやはりざわめき立つ。


「じゃああたしが断る、と思ってます?」

「可能性はあるでしょ。君」

「え…」

「でも政府ってのはそうそう人の事情まで酌み取ってやれないのよ。だからここでぴしっと言っておくけど」


 彼はぴ、とスプーンを突き付けた。


「行くなら明後日の船で出発。用意しておきなさい。大学予科の来学期の星系枠の『空き』は一つだからね。できるだけ早くそこに入るための準備をしなくちゃならない」

「行かないなら」

「行かないとは思わないけど」

「でも可能性はあるんでしょう?」

「うん。そしたら君は退学。行くところ無くて路頭に迷うね。現在の持ち物も没収かな」


 あたしはうなづいた。


「OK。じゃあ、明日の朝、迎えをよこすからねー」


 さて食事食事、と彼は再びスプーンを動かし出した。食べるのは早かった。食べ終わる都「じゃあ明日ねー」と「長官」は手をひらひらと振った。


「お、お待ち下さい」


 校長は慌てて立ち上がる。


「あ、ゆっくり食べてて。食事は摂れる時にしっかり摂るべきものだよ」


 校長室に行ってるから、と言い残して彼は立ち去った。校長だけではない。あたしも他の生徒も、皆呆然として、ポケットに手を突っ込みながら食堂を後にする彼の背を見送るだけだった。おほん、と校長は咳払いをした。途端、周囲も一旦自分の食事に集中する。


「…ということなので、君は今日の授業はもういいから、出発の準備をしておきなさい」

「あ、でも、ハルシャー市の実家は」

「それもこっちで手配するから」


 手配、って… 引き払う、ということだろうか。

 ―――嫌だ。

 唐突にあたしの中に、理屈では割り切れない感情がやってきた。

 校長は慌てて定食をかきこむと、食器を片付け、客人を追いかけて行く。観音開きの扉が開き、閉じ、ゆらゆらと揺れる。

 ―――と。


「…何だよあれ!」

「おいお前本当に、帝都本星に行くのか?」


 あっという間にあたしの周囲は人だかりができた。あわわわわ。答えられない質問ばかりを次々に投げかけてくる。

 ちょっと待て諸君、あたしにこのスープ定食を食べさせてくれたまへ。さっきの長官も言ったでしょ、食べられる時には食べろ、と。

 だけどそんなあたしの心の声は彼等に届くはずも無く―――

 かちゃん。

 まだ中身が半分は入っていたスープの腕が、制服のスカートの上にダイビングした。

 からーん、と午後の始業の鐘が鳴る。


「フラウ・イェッケル、ちょっと買い物に出てきます」


 寮監に一言告げる。あの後あたしは、着替えを口実にあの場から抜け出していた。


「あらルイーゼロッテさん、聞いたわ、あなた留学するんですって!?」

「ええ何か急に。それで今からその買い物に出ようと思うんですが。あ、制服の洗濯、お願いしたいんですが」

「じゃあいつもの籠に入れておいてね。夕方までには帰ってくるの?」

「そのつもりですが」


 あたしはにっこりと笑った。嘘は言ってません。帰って来るつもりですが、帰るとは言ってません。

 荷物は最低限。できるだけ自然に「買い物」に出る様に。一番近くのキャッシュカウンターで口座に入っている有り金を下ろし、あたしはそのまま、駅へと向かった。

 自動券売機でハルシャー行きの切符を買った。駅の売店で、時刻表を買った。―――アルク全土仕様の。

 そしてあたしは「ハルシャー」では降りなかった。


***


「…マスタぁどしたの、早いじゃない…」


 目をこすりながら時計を見る。共通時でまだ朝の四時半。

 …そりゃこの店はいつも八時には開けているから、六時には起きて支度を始めるのが普通なんだけど―――

 それでも、早いぞ。何してるんだこのヒト。


「よぉ起きたか、ロッテ」

「そんなにごとごと、音をさせてちゃ起きるよ。…あれ…バスケット?」


 「そ」とマスターはうなづいた。テーブルの上には、大きなバスケットが全部で四つ。


「こんなにあったっけ? バスケット」

「あったの… どーせ起きてきたなら、ロッテ、お前も手伝え。今日は臨時休業だ」

「臨時休業?」


 ああ、とマスターはうなづいた。珍しいなあ、とあたしは思った。

 というのも、この「駅前カフェ」は、あたしがここにやって来てから三ヶ月というもの、月に二度程度しか休んだことがないのだ。

 常連のお客さんによると、それまでは一週間に一度休みにしていたそーだ。で、その日を使って、材料や菓子類の仕入れに出ていたってことだけど、あたしが来て以来、「仕入れ」はあたしの仕事になってしまっていて。

 曰く、「休むのはもったいない」。

 と言うことで、毎日毎日、これでもかとばかりにあたし達は労働に励んでいたのだ。

 なのにまた何で。

 そう、あたしがこの店に厄介になってから三ヶ月が経っていた。

 戸惑いは無かった。

 変化に戸惑う程暇でも無かった、というのが正しい。何せ毎日がもう忙しくて忙しくて仕方が無いのだ。


「居候・兼・ウエイトレスね」


 現在のあたしのこの「アンデル」駅前「食事もできるカフェ」における位置を、マスター・トパーズはこう表現した。

 彼の「トパーズ」という名は、その蜂蜜色の瞳から来ているらしい。


「でもそれ、ドクトルがつけたの?」


 とある日の閉店後、コーヒーポットを拭きながら問いかけると、「んにゃ、昔の仲間」とマスターはざっくりとした麻袋に入ったコーヒー豆のストックを見ながら答えた。


「昔の?」

「ロッテお前、俺達のこと、イロイロ調べてから来たんだろ?」


 そう言って彼はにやりと笑った。…なるほど、そう思っていいらしかった。


「ちなみにアイツも、そもそもはあだ名」

「…はい? 医者だからじゃないの?」

「だって俺達、自分等が何だったかなんて知らないだろ。だけどアイツにはそーゆー知識があったからさあ」

「んで、医者って訳? …単純」

「呼び名なんてそんなもの。お前は何か呼ばれてた? ロッテ。あ、名前以外、でだぜ」

「そんな物騒な二つ名なんてなかったもん」

「違う違う」


 マスターはひらひらと手を振った。


「呼び名。あだ名だよ。二つ名なんて言ってないっての。おチビちゃんとか」


 あたしは黙ってマスターの頭をステンレスの盆でぼんとはたいた。「痛いじゃないのっ何よっ」と女の声でマスターは身をすくめた。


「…言い忘れたけどマスター、あたしに『チビ』『ガリ』『ソバカス』は禁句だよ」


 おーこわ、と彼はへへへ、と笑った。


「笑い事じゃないんだからねー」

「はいはい、女の子だからねー。だけどロッテ、ちゃーんと磨けば、ソバカスな女の子ってのは、肌のきめが細かいってことだから、美人になる素質はあるんだぜ? だいたい、お前のかーさん、ずいぶん美人じゃん」

「ママはママ、あたしはあたしよ」


 彼は片方の眉を上げ「おや」とつぶやいた。


「お前、ママに似てないと思ってる?」

「…似てると思える?」

「さーあ。俺にはあまり区別はつかないけどなあ」

「…ホモだし?」

「それがどーした?」


 くくく、と彼は歯をむき出しにして笑った。

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