6 つまりはそういうことだった
気がついたのは、それから二日後だった。
覚えの無い場所でうつ伏せで目を覚ましたので、嫌な予感がしたが…
案の定、背中がこれでもかとばかりに痛かった。身体を起こすと、前あき式の寝間着に、…中に思いっきり、包帯。
あの時の状況を冷静になって考えてみると、…あまりにもあたしらしくない、行動。でもまあ、仕方が無い。一番聞きたくない言葉を言われそうになったのだから。
寝違えたのか、首も痛い。
と。
「よかった~ロッテ~」
どさ、と足の上に重みがかかる。ううううううう、とマスターはあたしのベッドの上に泣き崩れた。それから約五分、彼は泣き続けた。
「…無茶にも程がある。いや、無茶じゃなくて、あれじゃはヒステリーだ」
ドクトルはそう言いながら、あたしの調子を見た。
「だって!」
「まあしばらく休めば良くなる。輸血の血が足りなかったから、抗争中の連中から無理矢理AB型を絞り出した」
「…」
「どうした?」
うつむいてしまったあたしに、ドクトルは問いかける。先日の詰問口調とは違う。
「ごめんなさい」
「…いや、あの時は、こっちも多少感情的になりすぎていた」
「感情的も何もねーよ!! お前はっ!!」
がしがし、とマスターはあたしの髪をかき回す。
「どんだけ心配させれば気が済むって言うんだよっ!」
そう言って、頭だけを抱え込んで、また泣きそうな顔にになる。
「え… と、あ、昨日は店あったんだよね、ごめんなさい」
「昨日も休み! 今日も休み!」
「ええっ」
この仕事の虫達が。
「…それだけじゃねーよ。常連客達がお前がケガしたって心配してもー、俺、対応に大変だったんだからなあ」
「…うん、ごめん」
その時は非常に素直に謝ることができた。
ただ。
「ドクトル―――」
これだけは聞いておきたいのだ。何だ、と彼は問い返した。
「ねえドクトルは、いつからあたしがニセモノのルイーゼロッテって気付いてたの?」
「ロッテ…?」
あたしとドクトルの顔の間を、マスターの金色の視線は往復する。
確かにあたしは油断していた。彼等が「クーデター側出身」の科学技術庁長官と親しく連絡取り合う仲だと見抜くことがまるでできない程、目先のことしか見ない様にしてきた。
だけどそれは、ドクトルの態度が終始変わらなかったせいでもあるのだ。
「最初から、知ってたんでしょ?」
「おいK… それって」
マスターは立ち上がり、ドクトルに詰め寄った。
「それって、あんた…」
「ああ」
ドクトルはうなづいた。
「最初から、知っていた」
「おいっ!」
「―――私の娘は、本物のルイーゼロッテは、明るい色の髪をしていた」
「…ってつまりそれはあんた」
「いや、お前の想像とはやや違う」
首を横に振り、ドクトルは目を伏せた。
「思い出していた、訳じゃない… 私は記憶を、最初から失っていないんだ」
*
「悪いのは全て、私だ」
ドクトルは丸椅子に座って言った。
「そもそも、最初から、私は彼女を偽っていたのだ」
「ママを…? マリアルイーゼを?」
ああ、と彼はうなづいた。
彼の話によるとこうだった。
もともと彼は、現在と同じ性癖――― つまりはホモセクシュアルだったという。
だとしたら、婦長さんの話も判る。ケルデン医師は皆の憧れだったのに、とりどりの花々の中から選んだのは、大人しいマリアルイーゼだったこと。
―――だってマリアルイーゼは、あの頃本当に引っ込み思案で… ああ、ごめんね。別にけなしてはいないわよ。
そう、それはすごく理解できる。セールス一つ追い返せないママだった。そんなひとがどうやって、皆の人気者を自分から射止めることができただろうか。
と、したら、ケルデン医師の方から寄っていったのだろう。
それは正解。ただ理由が問題だった。
「私は、偽装結婚をしたのだよ」
あたしは思わず毛布をぐっ、と掴んだ。
「年齢も年齢だったし、当時の立場上、結婚をすることは必要だった。後ろ盾も欲しかった。私はこの惑星に身寄りは無かった」
偽装結婚をしたケルデン医師は、そのままマリアルイーゼの実家の医院を継ぐことになり、ハルシャー市民病院を辞め、四人家族で生活を始めた。
「それは楽しかった。とても、楽しかった。マリアの父親も母親も、いい人達だった。私は家族というものに縁が薄かったから、彼等の裏表の無い人の良さに、喜びと――― 同時に、ひどい憂鬱を覚えてしまったんだ」
「憂鬱?」
あたしは問い返した。
「騙していることに対して。そして彼女の思いに、自分が決して応えきれないことに対して。私は結婚したあとも、医師の一人と付き合っていたんだ」
!
「…それって浮気?」
マスターは眉を片方上げた。
「や、違う。関係はずっと平行させていた。そうしなくては、私が保たなかった」
「だったら結婚なんかしなくても良かったのに!」
あたしの言葉に「全くだ」と彼は苦笑した。
「全く君の言う通りだ。私はそうするべきではなかった。だがしてしまったものは仕方が無い。私は彼女との間に娘を作った。それが免罪符であるかの様に。彼女は子供が欲しかった。そして娘を可愛がった。その間に私は、もとの恋人達とよりを戻していた」
「…ひどい父親だ」
全くだ、と彼は再び苦笑した。
「ところがある日、マリアの父親――― 彼は内科の方が専門だったのだが、娘には先天的異常があることが判った。…五年と生きない、と彼は宣告した」
あたしはうなづいた。
「おばーちゃんもそう言ってたわ」
「君にはどう…」
「あたしは、代わりに神様がよこしてくれたんだよって。…その子のフォートは全部焼き捨ててしまったって、何も無かったから、あたしは『本物』がどんな子だから、知らない。おばーちゃんも、そのことは言わなかった」
「マリアは…?」
「あたしを、ずっと自分の娘だと、思ってた」
あの時まで。そうあの時。
TVで「パパ」の姿が映し出された時。あの時、彼女は、まだ彼が自分の側に居た時間まで、自分の中の時を戻してしまったのだ。
「ママは、自分の本当の子供が死んだことを、忘れてた。ずっと。あなたが居なくなったショックで、―――あたしは、あなたが死んだショックで、って聞かされていたけど」
「本物のルイーゼロッテは…」
「ママはその時錯乱していて」
あの時の様に。時間がごちゃごちゃになっていて。
「本物のルイーゼロッテの世話を忘れてしまうことがあった。そして目を離したすきに」
具体的にどういう理由で死んだのか、までは聞いていないけど。
そして子供の死を伝えられた時にダブルの衝撃。―――ちょうど両親を亡くしたばかりのあたしが、同じ年頃だったせいで、彼女は「間違えた」のだ。
「あたしはそれからずっと、間違われたまま、ママの娘として育ったの。でも目をふさいでた部分もあったかもしれない。だってあたしAB型だもん。ドクトルはO型でしょ?」
O×OでABは生まれない。
少しでもママが、そういうことに疑問を持ったなら、あたしが「違う」ことくらい、簡単に割り出せたはずだった。だけどママは目を塞いでいた。塞いだまま、逝ってしまった。
それほどまでに、「パパ」が好きだったから。そこに居る「娘」は「パパ」との子でなくてはおかしいから。
「そのくらい、ママはあなたのことを愛してたのに―――どうして? どうして、わざわざ危険な活動に加わったの? あなたがもしカミングアウトしたとしても、他に愛人が居たとしても、あのママだったら、それでもあなたについてったはずだもの」
「それは、俺も知りたい」
マスターもじっと相手を見据えた。
「…軽蔑するか? トパーズ」
「するかもしれない。けどそれでもあんたはあんただ。だから言ってみろ」
ああ、とドクトルはうなづいた。
「…重かった。重すぎたんだ」
状況が。そしてマリアルイーゼの思いが。
「あんたはもっと、厚顔でいればよかったんだよ」
マスターはつぶやいた。
「そのつもりだった。そうできるつもりだった。だが」
当時の恋人――― ハルシャーの医師の一人が、反体制運動に関わってしまっていた。
恋人は、自分にはもう近づくな、と言ったらしい。おそらく自分達は「ライ」送りになるから、と。
彼はぞっとした。それがどういうことか、良く知っていたからだ。
だから彼はそれでいいのか、と恋人に詰め寄った。
何故なら、恋人には、その稼ぎのみを必要としている家族が居たからだ。経済基盤がしっかりしている妻の実家と違い、生まれた方の家族。両親や弟妹。養わなくてはならない家族。
それは判っている、と恋人は言った。だけどもう知れてしまったどうしようもない、と。
そこでケルデン医師は、だったら自分が、と言い出してしまったのだ。
駄目だ、と恋人は言った。
だが残りの同志が、それを聞きつけて、恋人の意思を無視し、ケルデン医師を「仲間」に加えてしまった。無論自分達の目的だの行動内容だの、伝えた上で。
何だって、と恋人は彼に問いかけた。君は幸せな家庭があるだろう、と。
そこでケルデン医師は答えた。
「その幸せって奴が、私を押しつぶす」
最初から間違っていたのだ、と。
迷う様な弱い心があるなら、始めから偽装結婚などしなければ良かったと。だけどそれはもう、後の祭りだ。だったら、どうしようも無い理由で自分が消えてしまえばいい、と。
「…あんたは馬鹿か。すげえ勝手。いくら何だって、その理由は無いだろ」
マスターは片手で顔を覆い、大きくため息をついた。
「馬鹿だろうな。それ以外の何者でもない」
「全く馬鹿だ。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」
「…そこまで言うことはないだろう。そして私は捕まった。主犯として。…ただし、彼等はただで私を売った訳ではなかった」
あたしははっとした。
―――同時期に医師の登録を抹消されたひとは三人しかいなかった。確か神経外科のひとが二人、内科のひとが一人―――
「もしかして… 神経外科の先生!? ドクトルの恋人って…」
「ああ」
恋人は、「無駄かもしれないけど」と、逮捕直前のケルデン医師に、新型の脳内物質撹乱病の抑制剤を大量に投与した。
政治犯に対する処置に関しては、彼等はもちろん知っていた。そして内密に、その処置に対する「簡単な方法」を研究していた。
見つからずに、効果を抑制する方法。
「上手く行くかもしれないし…行かないかもしれない」と、恋人は言った。すると「別にいいさ」と、ケルデン医師は言った。
そしてこう付け加えた。
「その時はその時だ。ただこのことで、マリアルイーゼ達がひどい立場に追い込まれるだろう。…力になってやって欲しい」
ママは結婚して一度病院を辞めていたが、夫の記憶が残る実家から出たかったことと、あたしを養うため、という理由をつけて、再び勤めだした。
その時に、婦長さん共々、ママの復職を後押ししてくれたのは彼等だという。
「…結果、それは成功した。無論、それは様々な条件が作用している。その薬品が脳内に影響するための待機時間、量、そして本当に作用するのか―――」
「そっち方面は俺はよく判らんけど。なるほどそれで、あんたは最初からそうだったんだな。ドクトルK」
「ああ。そうだ。お前には一目惚れだった」
…懺悔の途中で言う言葉じゃないと思う。
「もういいよ」
ため息をつきながら、あたしは言った。
「ロッテ?」
「ルイーゼロッテ?」
「なぁんか、もう嫌になった。結局、皆が皆嘘ついてたんだし、それで嫌なことはもう起こっちゃったんだし。…やめよやめよ」
そう言ってひらひら、と両手を振ったらひどい痛みが背中を襲った。途端、あたしはベッドに倒れ込みそうになって、マスターに支えられた。
「ありがと」
「どう致しまして」
にっ、とマスターは笑った。
「それで、だ、ロッテ」
「はい?」
彼はそっとあたしをうつ伏せに寝かせながら、問いかけた。
「昨日、このことを某科学技術庁長官に通信したらなあ」
通信? 妙にその言葉が引っかかった。
「ジオ君曰く、『そうか死んだなら仕方ない、僕はあきらめるよ』だと」
「はあ?」
あたしは思わず伸び上がりそうになって、再びマスターに支えられた。
「そんでもって、その後、『抗争』中に、記憶喪失の女の子を拾ったから、養女にするよ、って連絡をね」
開いた口が、塞がらなかった。
「な… な、んな、の、それは」
「『あたし、行くところが無いの』」
あの時の、あたしの言葉。あたしの声。
「…だからって養女って… マスターの?」
「そ。まずい? ワタシがママよー」
くくく、とマスターは笑った。
「家族になろうぜ、ロッテ。俺達で、ほれパパさんもこっちいらっしゃい」
…そのあとのあたしの顔は、涙と鼻水で見られたものではなかった。




