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夜明けの真実

「だい……おい……起きるんだ!」


 肩を揺する手と起床を促す焦る声に、由紀は目を覚ました。ぼやけた視界に複数の知らない顔がある。頬に埃臭いカーペットが触れている。身体を起こすと全身が強張っていた。どうしてこんな所で寝ていたのだろうか。


「ここは……?」


 由紀がふらつく頭を押さえていると、一番前で顔を覗き込んでいた男は、ほっとしたように強面を綻ばせた。


「身体はどこも痛くないか? お譲ちゃん、岡本由紀さんで間違いないね?」


「え、はい。大丈夫です。あの……貴方は? ここはどこですか?」


「覚えていないのかい? 君は夜中に友達とここへ肝試しに来たんだろう? 朝方、起きてこない君に気付いて、親御さんが捜索願を出す大騒ぎになっていたんだよ? おじさん達は警察だ。ここで一体何があったんだい? 他の友達はどうした?」


 恐ろしい記憶が一気に蘇った。ガタガタ震え出した由紀に、部屋に入ってきた女の警察官が慌てて男を押しのけると、剣呑な様子で口を開く。


野坂のざかさん! 尋問よりまず先に、病院に連れて行くべきですよ。精神的なショックも受けてるでしょうし、休ませてあげるべきです。由紀さん、私は呉谷くれたにといいます。もう心配しないでいいからね。とにかくここを出ましょう」


「待って、待ってください。小林君はどこですかっ? 無事ですよね!?」


 由紀はその時になって、慎太が居ないことに気付く。最後まで守ってくれた彼は無事だろうか。周りを見回しても姿がない。開かれたドアの向こうには、捜査員が忙しそうに行き来しているだけだ。


「落ち着いて、由紀さん。小林君っていうのは、小林慎太君のこと? 貴方は慎太君と一緒に居たの?」


「そうです。私達クラスの子に誘われて、六人で肝試しに来たんです。だけど、この家に入ってすぐに女の人の幽霊に襲われて、皆パニックになって逃げ出しました。途中までは一緒に逃げたんですけど、意見が合わなくてそこから二組に別れました。小林君だけが、ずっと私と一緒に居てくれたんです」


「そんな馬鹿なっ!」


 野坂が混乱したように声を荒らげて立ち上がる。否定された由紀は、震えながら声を張り上げる。


「嘘じゃないんです。信じてください。本当に幽霊を見たんです! 斉藤君が捕まってしまって、天井近くに引きづり上げられて……っ」


 助けられなかった彼のことを思うと、涙が止まらなくなる。しゃっくり上げる由紀の背中に呉谷が優しく毛布をかけた。


「興奮すると身体に良くないわ。野坂さんも落ち着いてください」


「……あぁ。すまない。ちょっと頭が追い付かなかった。お譲ちゃん、よく聞いてほしい。恐ろしい体験をして混乱しているんだろうが、君しか真実を知る者がいない以上、ここで何があったのかちゃんと話してほしい。いいか? 君は、小林君には会っていないはずなんだ」


「どういうことですか?」


「彼は肝試しに行く途中に事故に会って、もう亡くなっている。即死だった。だから、肝試しに行くことは元より、君と逃げることなんてとても出来る状況ではなかった」


「え……?」


 理解が追い付かなかった。しかし、その言葉に由紀は思い出す。

 家を出て学校へ向かう途中、救急車のサイレンが聞こえていたことに。


「違う、違います!」


 野坂の強面を見つめて由紀は訴える。頭の中がごちゃごちゃして、もうなにが正しいのか判断できなかった。慎太が死んでいるはずがない。ずっと傍で助けてくれていたのに、この男は何を言っているのだろうか。


「そんなはずないです。だって、ずっと一緒にいました。小林君が助けてくれたから、私は生きてるんです」


 気の毒そうに眉尻を落として、呉谷が背中をさすってくれる。


「よほど恐ろしい思いをしたのね。野坂さん、やっぱり先に病院に連れて行きましょう。ここで話を聞いても余計に混乱させてしまうだけです」


「しかしな────……」


 呉柳と野田が頭の上で何かを相談し合っている。その間、由紀の意識はぼんやりとしていた。自分はおかしくなってしまったのだろうか。慎太が一緒に居た記憶がある。それなのに慶次は彼の存在を否定している。

 それとも、全ては恐怖に負けた由紀の頭が作りだした妄想だったとでも言うのだろうか。


 毛布を身体に引き寄せようとして、ふと違和感を感じた。原因を探すように視線を落とし、それを見つける。


「あぁ、やっぱりそうだった……」


「由紀さん? 苦しいの?」


 泣きそうな顔で由紀は微笑む。嬉しさに溢れた涙を拭いながら、二人の刑事を真っ直ぐに見上げた。


「私は混乱なんかしていません。私達は小林君を入れた六人で肝試しに来たんです。私が生き残れたのは、小林君が傍に居て、助けてくれたからですよ」


 由紀の左手首には慎太に貰った数珠が、しっかりと嵌められていた。



 世の中には、けして踏みこんではいけない領域が存在する。

 その闇を暴くなら、それ相応のリスクがあることを知らなければいけない。

 好奇心は時に、自らを滅ぼすことに繋がるのだと。



 呉谷に支えられながら由紀は廊下を歩く。所々に白いチョークで真新しい血痕が囲まれていた。悪夢のような一夜を現実に体験したと示す、生々しい証拠を由紀は横目に通り過ぎた。


 緩やかな日差しが差し込む廃墟は、捜査員の足音と声で僅かに息を吹き返したかのようだった。明るい木漏れ日を頬に受けて、脅威が去ったことを由紀は実感した。胸に湧きおこるのは、血の味がする後悔と、ただ一人生き残ったことに対する切なさばかりだった。

 昨夜辿った道を戻れば、玄関までものの数分で辿り着く。昨夜と変わらず荒れた様子だが、どこかが違う気がした。入口から差し込む光がそう思わせたのかもしれない。

 

 太陽の温もりを求めて、由紀は外へ出た。あれだけ長かった夜が嘘のように、呆気ない幕切れだった。

 固く閉ざされていた門は開け放たれ、待機していた救急車に乗せられる。傍に付き添ってくれる呉谷にぽつぽつと返事をしながら、由紀は遠くなる屋敷を窓から眺めていた。

 

 ふと屋敷の窓に人影が見えた気がした。見間違えだろうか。瞬く間に消え失せたそれは、由紀の中で霧のような不安を抱かせた。自分は助かった。しかし、あの屋敷の中では何も終わっていないのかもしれない。囚われた魂は解放されることなく、永遠に同じことを繰り返すのだ。まるで呪いのように。





****


 救急車の音が遠くなるのを耳にしながら、二人の捜査員が廊下から壁、天井を順繰りに見上げていく。


「一体、四人はどこに消えたんですかね」


「それを探すのがオレ達の仕事だ。しかし、生存している可能生は低そうだな」


 二人が見つめる先には、致死量を超える血痕が広がっていた。廊下の中心で身体が弾けたように、壁から天井に至るまで血が飛んでいる。しかし身体と思われるものは欠片も発見されていない。


「オレ、聞いたことあるんですよ。この屋敷の噂。本当に幽霊が関わってるとか、あるんですかねぇ?」


「お前も警察の端くれなら、それを口に出すな」


「先輩は気にならないんですか? この屋敷で事件が起きるの、これが初めてじゃないって野坂さんが言ってましたよ。十五年くらい前にも五人の小学生が行方不明になった事件があったって。その時も日付は昨日と同じ六月十二日。消えたのはこの家なんですよ。これって偶然ですかね?」


「いいから、仕事が先だ。テープが足りないから持って来い」


「はい、了解です」


 捜査員は叱られて不満そうに口を噤むと、廊下を小走りに進んで玄関に出る。そして、ふと靴箱の上を見て嫌そうに顔を顰めた。


「気味が悪い人形だな」


 首や手足がもげた人形がバラバラに倒れている。そんな中、不自然にも一体だけ、綺麗な姿を保った女の子の人形が立っていた。



最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。二人を通して、何かを伝えられていたなら幸いです。

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