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忍び寄る恐怖2

 敦美は雄也の厚い面の皮をひん剥いてやりたくなった。煮立つような怒りを飲み下し、ぐっと我慢する。


「それで、風呂場はどこにある?」


「あっちの廊下を真っ直ぐ行って、突き当たりがそうだよ」


「そうか。敦美と佳代子は照と手を繋いでやれ。オレは後ろを警戒しとくから、お前等が前を歩くんだ」


 照が真っ直ぐ指を指したのは、雨戸側の廊下だった。敦美達は照をまん中に挟んで畳部屋を出ると、再び奥に進み出した。足元を照らすと小さな足跡が、先に続いている。


「あんた、どのくらいあの中で隠れてたの?」


「わかんない。ずっと」


「一人で怖かっただろうね」


 三人は恐ろしさを紛らわすために、小声で話しを交わす。そこには一番小さな照に対する気遣いも少なからずあった。


 懐中電灯で奥を照らすと突き当りが見えてきた。洗面所の中に鏡があるらしく明りが反射した。距離にして後七、八メートルくらいだろうか。何事もなく辿り着けそうだ。明かりを頼りに近づいて行くと、妙なことに敦美は気付く。


「え……?」


 まん中にいるはずの照の姿が、鏡に写っていないのだ。見間違いかと自分と手をつないでいる少年を見下ろす。小さな旋毛がある。もう一度鏡を見つめる。やはり居ない。


「敦美? どうかしたの?」


「そんなっ」


 佳代子はなにも気付いていないのだ。敦美は慌てて照の手を振りほどこうとした。しかし、強い力が込められて手が外れない。


「おい、なに一人で騒いでんだよ」


「この子、鏡に映ってないの!」


 その瞬間、照の手が外れる。振りかえらない照の洋服が、ボロボロに崩れていく。三人はじりじりと後ずさる。


「おれ、誰かが助けに来てくれるのを、ずっと待ってたんだ。ずっとずっと……死んでも、待ってた……」


 ぐるりと振り向いた照の顔には、右の米神から左の顎下まで一直線の切り傷が出来ていた。目を見開いた顔はこの世のものと思えない恐ろしいものだった。


「きゃああああああ!」


 敦美と佳代子のどちらが悲鳴を上げたのかもわからない。三人は照から逃れるために、わけもわからず闇雲に逃げ出した。





****


 誰よりも先に逃げ出した雄也は、安全地帯を求めて息が続く限り廊下を走り続けた。そうして、ようやく難を逃れたのだ。


「……オレは悪くない……悪いのは、肝試しをしようって言い出した奴だ……オレは何にも悪くない……悪くない……」


 ぶつぶつと呟きながら、親指の爪を噛みつぶす。懐中電灯を頼りに、ふらふらと廊下を歩く顔には血の気がなく、時折びくりと背中を震わせては背後を振り返り、何も居ないことに安堵する。


 逃げることに必死で、いつの間にか二人と逸れてしまった雄也は、たった一人で出口を探していた。楯となるものを失い、頼れるものはもう自分しかなくなった。携帯は相変わらず通じず、歩くことしか選択が残されていなかった。しかし、どれだけ歩いても、玄関はもとより和室の部屋にも辿り着かないのだ。


「どうして曲がり角がないんだよ! 遠回りでもどこかには行き当たるはずなのに、部屋だってあんなにあったじゃないか……っ!」


 毒づく口元が歪んで震える。得体の知れない女に追いかけられ、その上生きていると思っていた少年は人間ではなかった。恐怖と先の見えない廊下は、耐えがたい孤独感を雄也の頭に染み込ませてくる。


「こんなことになるなら来るんじゃなかった。母さん、父さん、家に帰りてぇよ……」


 雄也はしゃがみこむと、掌で顔を覆った。たった一人で暗がりを歩き続けるのは、もう限界だった。友達を見捨てたことも、幽霊を見てしまったことも、全てなかったことにしたかった。現実から逃避したくて、雄也は恥も外聞もなく啜り泣いた。


 空気が動くのを感じて、雄也は丸めた背中をぎくりと強張らせた。

顔を覆っていた手から目を僅かに上げると、子供の青白い裸足の足が見えた。ヒューヒューと隙間風が吹くような音がしている。

雄也は顔を背けて勢いよく立ち上がり、死に物狂いで逃げようとした。しかし、振りむいた先に着物姿の子供がいた。


「─────っ」


 恐怖が悲鳴を押しつぶす。どの方向に向きを変えても、子供がいる。気付かない内に、五人の子供に囲まれていたのだ。

 首がちぎれかけた子供。腹部から出血している子供。頭が割れている子供。首に縄の後がある子供。手足が折れている子供。どの子供も虚ろな目をして、雄也をじっと見ていた。


「だ、誰か、誰か」

 

 口をはくはくと開けて、雄也は助けを求めようとした。しかし、最後まで言う間は与えられず、子供達に襲いかかられた。





****


 遠くから微かな悲鳴が聞こえて、佳代子と敦美は身を隠した子供部屋で震えていた。

 襖が開かないように玩具箱でつっかえて、重い箪笥を二人で引きずってくると更に厳重に塞いだ。それでも不安で、埃臭い毛布で二人の身体を覆い隠して、二つの懐中電灯の明かりだけを頼りに、部屋の隅で必死に息を殺す。

 佳代子は嗚咽を堪えながら、ぽつりと呟いた。


「……もう生きてるの、アタシ達だけなのかな……」


「止めてよ! こんな時にそんな話したくない」


「元はと言えばあんた達が悪いんじゃん! アタシが帰ろうって言った時に、帰っておけば良かったんだよっ」


「それは……でも結局付いて来たんだから、あんただって同罪────……待って。何か音がしてる……?」


 罪のなすりつけ合いを敦美が制すと、佳代子が全身を緊張させる。二人は神経を研ぎ澄まして、耳に意識を集中した。金属が擦れるような音が、徐々に近づいている。 

 絶望のあまりに佳代子が激しく泣き出す。


「もう嫌ぁ! 来るよ! アタシ達まで殺されちゃう!!」


「落ち着いてよ! 大きい声出さないで。静かにしてれば通り過ぎるかもしれないじゃない。ほら、早く懐中電灯を消すよ」


 敦美はすぐに懐中電灯を消すと、頭まで毛布にもぐりこむ。同じように隠れた佳代子と二人、色濃い闇に隠れた。廊下の方からは、ガガガッと鈍い音が一定の間を置いて続いている。重い物を引きずっているような感じだ。


 嗚咽を飲み込み、佳代子は必死に胸の中で今まで信じていなかった神様に祈る。襖の前で唐突に音が止む。五秒、十秒と心臓の音を数える。しかし、それからどれだけ経っても、何も起こらない。

 二人はほっと気を緩める。


「よかった。こっちには入ってこないみたい」


 ガンッと襖から音がした。音はどんどん大きくなり、激しくなっていく。二人が慌てて毛布から顔を出す。襖に立てかけた箪笥が、重い衝撃を受けて不安定に揺れている。


「いやぁぁぁぁっ!」


「押さえるのよ、早くっ! 入ってきちゃう!!」


 泣きながら箪笥に飛びついて、全力で押さえる。死にたくない二人は必死だった。しかし、音は止まないばかりか、どんどん大きくなっていく。そしてついにバキッと音がして、箪笥の上部から何かが飛び出してくる。


「ひぃ……っ、これ刃物!?」


「もういやぁ! お願い助けて神様ぁぁぁ」


 二人はパニックになりながらも、必死に箪笥を押さえることしか出来ない。刃が外に引き戻される。箪笥の裂けた隙間から、首筋を横一文字に裂かれた男の顔が覗く。血しぶきが飛び散った青白い顔が、にたりと笑う。


 言葉を失った二人目がけて、再び斧が振りかぶられた。


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