三人の選択
*から視点が代わります。
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雄也は心底怯えていた。頼りの克也が居なくなり、精神的な余裕もなくしていた。大人数で行動すれば、自分の安全だけは得られると思っていたのに、慎太達を上手く引き留められなかったのは痛かった。
「ね、ねぇ、あの子達に本当に行っちゃったよ? 付いて行った方がよくない?」
「敦美、あんた今更何言ってるわけ? だったらあんただけで行けば? 雄也、どっちに進むのよ。先に歩いてよね」
「偉そうに命令するな!」
二人が去った途端に気弱になる佳代子も、高飛車な敦美も雄也は気に喰わなかった。もともと気の強い二人のことは嫌いだったが、女に指図されるのは雄也のプライドが許さなかった。
「な、なによ。急に大声出さないでよね。じゃあ、誰が一番前を歩くのよ。あたしは嫌。だって克樹みたいになりたくないもの」
「そんな、あたしだって嫌よ!」
「オレと来たいならお前等が二人で前を歩け。進むのは右だ。そっちの廊下は行ってないから、出口があるかもしれない。ほら、早く歩けよ」
せめてそのくらい役にたってみせろと雄也は鼻で笑う。嫌味な笑い方に佳代子と敦美は顔を歪めるが、しぶしぶと二人並んで歩き出す。
軋む廊下を懐中電灯の明かりを頼りに、慎重に三人は進んだ。廊下の右側は畳み側に倒れたものや、穴だらけの障子が続く。十五畳はありそうな広い和室が二部屋続いている。畳の部屋の更に奥は、玄関から直進の廊下と繋がっているようだ。
「見て、こっちにくっきり足跡があるわ」
懐中電灯で照らすとその足跡はよく見えた。数から見ても五、六人分はありそうだ。どれも先に続いている。
「私達より小さいね。小学生くらい? しかも、新しいよ。アタシ達の他にも肝試しに来てる子供がいるんじゃないの?」
「そうかもしれないな。とりあえずこの足痕を辿ってみようぜ。ガキでも居ないよりはマシだ」
もし居れば、いざと言う時に役に立つだろう。そんな身勝手な計算を腹の中でして、雄也は二人を急がせる。
「早く進めよ。あの化け物に見つかったら元も子もないだろ」
雄也は腕を摩った。夏なのにおかしい。さっきから急に温度が下がってきたようで、寒くて仕方ないのだ。空気も重く感じる。まるで重力の違う世界に迷い込んでしまったようだった。
再び歩き出した二人の後を楯にして、雄也は自分が助かる方法だけを考え続ける。そうしなければ気がおかしくなりそうだったのだ。
どれだけ進んだろうか。ふと、三メートルくらい先の廊下がほんのり明るく見えた。左側から外の光が微かにだが、もれている。
「おい、あそこ見えるか!? 光だ、外に通じてる!」
雄也は二人を追い抜いて、廊下を一直線に駆けた。出口を見つけたことに興奮して警戒心が一瞬で吹き飛ぶ。 三メートルの距離をその俊足を生かして走り切り、穴が空いた壁に手で触れる。木の感触がした。最初は暗くて判断できなかったが、それは壁ではなく雨戸だったようだ。朽ち欠けた木材には所々に裂け目が入り、外の様子が伺えそうだった。
雨戸に顔を寄せて、避け目を覗き込むと、暗闇の中に背丈ほど伸びた雑草が揺れている。その向こうにそびえ立つ白い塀がある。
「……見つけた。あそこからオレ達は入ってきたんだ。ここさえ開けばっ!」
音が響くのも構わずに雄也は夢中で身体を打ち付ける。
「雄也、置いてかないでよ!」
「あんた足早すぎ。もっとアタシ達のことも考えてよね」
「いいから早くお前等もやれ! これを壊せば外に出られるんだ!!」
ようやく追いついてきた二人に怒鳴れば、二人の顔色が変わる。
「ほんと!? それならあんたも合わせて! 佳代子、せーのでいくわよ!」
「うん! せーの!!」
二人の声に合わせて雄也も全身で体当たりをする。しかし、何度力を込めて当てても、雨戸は軋みもしない。それは玄関の時と同じ現象だった。どうやっても開かない雨戸に、三人は疲れ切って廊下にへたり込んだ。
「もう、嫌……誰か、ここから出してよ!」
「やっぱり無理なのよ。アタシ達ここから出られないんだ」
「ちくしょう……っ」
雨戸という障害さえなくせば、外に出られる。そう思うと諦めきれずに、雄也は拳で雨戸を殴った。それに反応するように畳の方向で僅かな音がした。
三人は凍りついて、全ての動きを止める。外に出ることに夢中になるあまりに、化け物がやってくる可能生を忘れていた。すぐに起き上がり、畳の部屋に神経をとがらせる。
微かに啜り泣く声がしている。足跡の子供が近くにいるのだろうか。それとも新手の化け物か。雄也は恐ろしさにごくりと息を飲むと、二人に視線で和室に入れと促した。
二人は泣きそうな顔で首を振るが、雄也はそれを許さない。睨みながら二つの背中を押しやる。無理矢理畳に踏み入れさせて、自分は少し後ろで様子を部屋の中の様子を伺う。耳をすませて啜り泣きが聞こえる方向を探す。
「あそこじゃないか?」
密やかな声で雄也が指し示したのは押入れだった。襖の紙はほとんど剥がれて垂れ下がり、が剥き出しになっている。
「まさか開けるの? なにが出てくるかわからないし、止めとこうよ」
怖がって止める敦美に、雄也は頷かない。じっと啜り泣きが聞こえている押入れを睨む。
「いや、向こうから開けさせる。声をかけて出てこないなら話が通じない相手ってことだ。出てくるなら人間だろ。──おい、聞こえるか? もし、聞こえてるなら押入れから出て来いよ。お前等も声をかけてやれ」
「……そうよ、出てきて。大丈夫、怖くないわ。アタシ達は人間よ」
「おびえなくてもいいの。アタシ達と一緒に出口を探そう?」
三人は声が響かないように気をつけながら、押入れに話かけた。
ゆっくりと押入れの襖が開き始める。警戒する三人の前で小さな指が覗き、完全に開き切ると、泣きはらした顔の男の子が、押入れの下段に座り込んでいた。
雄也は自分の予想が当たったことを誇らしく思いながら、出来るだけ人の良さそうな顔を心がけて、少年の両脇に手を差し込んで起き上がらせてやる。
「ずっと隠れてたのか? オレ達がいるからもう大丈夫だ。名前はなんていうんだ?」
「……菅田照」
少年は涙を拭いながら、か細い声で答えた。