第壱話
さえぎる木々を避けながら走っていた。まさか近くの甘味処に行くだけでこんなことになるなんて予想してなかった。
ただひたすらに走りながら折られた大刀に後悔が押しよせる。
このまま捕まったら死ぬ──情けないことに冷や汗とも脂汗ともとれるものが全身から噴きだしていた。
さすがに町並を逃げるわけにはいかないと、近くの山に逃げたことで運が尽きてしまったのかもしれない。
いつの間にか草履も脱げ、全身草や木ですったのか切り傷だらけ。しかしそんなことよりも先ほどみた男のいやな笑みが頭から離れない。
死ぬということはこれほど恐ろしいものなのか──体力も気力ももう限界だ。
木の幹に右手をついて荒い息をくりかえす。喉からはひゅー、ひゅーとおかしな音がもれていた。
一瞬、がさりと背後から物音が聴こえた。恐怖に染まった顔を上げて辺りを見渡すと、ちょうど人ひとりが入れそうな洞窟をみつけた。
力を振り絞ってそこへ駆けていく。あそこがみつからなければまだ死なないかもしれない……。淡い期待だとわかってはいたが、ないよりましだ。
寸前でぬかるみに足をとられ滑り込んでしまったけれど、そのまま這って奥へと進む。
比較的大柄なわたしでは辛いと感じるほどの狭さ。追いかけてきているはずの連中はわたしに比べれば小柄だった。
あまりの焦りに身体がうまく動かない。息苦しくなってきたそのとき、ようやく目の前が開けた。
そこは思った以上に広い洞窟で、そこだけは充分に空気もある気がする。上をみると小さな穴がいくつも空いているらしい。陽の光がかすかに射し込んでいる。
思いきり息が吸えることに安堵し、大きく深呼吸をした。
しばらくはここに隠れていよう。追手ともすぐ応戦できるよう柄に手をかけ中心部に腰かけ、着物で頬についた泥をぬぐったそのとき。
「……がはっ」
唐突に込み上げてきた不快感に咳をすると、口から鮮血が飛び散る。
胸のあたりに異物が入った感覚がして目線を下げると、骨と骨の間──心の臓の少し下あたりに鈍色に光る刀が生えていた。
抜かれた衝撃で体制を崩し左側に倒れる。いつの間にか目の前には、どこから集まってきたのかいくつかの足がみえた。
ゆるゆると目線を持ち上げる。肺がやられたのか、うまく息ができない。
浪人風の男を何人も従えた身なりのよい男が白刃を振り上げていた。それが、わたしが最期にみた光景だった。