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お春  作者: 生川 恵愛
第弐章
15/27

第拾肆話:わずかな刻

 せっかく思いがつながったというのに、しばしの間平助とわたしの隊務はすれちがい、ともにすごせる時間が減ってしまった。

 同室ではあるし、毎日顔がみれるのだからさみしいとは思わない。──などといっては、さすがにうそになる。

 そんなときはそれを紛らわせるため。源さんの手伝いをしたり、総司とおなじように土方さんの部屋を覗いてみたりしていた。


「んだ、おまえ。またきやがったのか」

「いいでしょう、総司だって暇つぶしにきてたんですから。……知ってるんですよ、豊玉さん?」


 心底迷惑そうな、面倒くさそうな表情は、いたずら心をくすぐる。総司が散々土方さんをからかっていた理由がわかってしまった。

 脅すように発した“豊玉”の名。ひそめていただけの眉の間にしわが寄る。

 それでも笑顔のままのわたしに、土方さんは青筋を浮かべたまま、大人しくしていろ、と滞在を許可した。


「“しれば迷い、しなければ迷わぬ、恋の道”とは、まさにその通りですね」


 ちょうど茶を飲んでいたらしい。汚い音とともに吹きだしたそれは、文机に広げてあった紙に斑点を作った。

 ゆるゆると振り向いた土方さんの表情はまさに鬼。追いだされるかと思ったが、一発強烈なげん骨を喰らっただけで座り直した。


「おまえ、最近なにがあった」

「なぜです?」


 言葉は訊ねるものなのに、なにかを確信しているその口調に苦笑がもれる。

 平助との仲は、まだ他言してはいない。

 そもそもわたしが女であることを知っている人数が少ないということもあるし、わざわざ報告することでもないと思っているからだ。

 隠しごとなど通用しない、土方さんの鋭い眼光。なにもここで発揮しなくても、と肩を竦める。


「名を、つけてもらいました。仮の名ですけど、ものすごくしっくりくるんです」

「ほう……」

「で、その人と恋仲になりました」

「ぶほっ……あぁ!?」


 その程度か。そんな心の声がありありとわかるほど興味を失った土方さんは、またもや茶をすすりだした。

 湯呑みに口をつけたところで、突拍子もないといわれかねない事実を口にする。

 吹きだすとわかっていて口にだしたのだから、総司とおなじようないたずら心はあるのかもしれない。

 まさに目が点になっている土方さんだが、吹きだした拍子に鼻に茶が入ったようで咳き込んでいた。


「は、おま、本気か?」

「ええ」

「総司として生きるんじゃなかったのか」

「総司として生きますよ。それでも、“わたし自身”に戻る場所も必要でしょう?」


 相手こそ訊かれなかったものの、隊務に支障はないのか。そいつが危険な任務に就いたらどうする。など散々問い質された。

 もし彼にわざと危険な任務を与えたとなれば土方さんを激しく責めることだろう。

 だが、彼にしかできないというならば、それは受け入れるしかあるまい。それが例え、どれほどさせたくないことであっても。

 自分が口にした言葉から、思いから、逃げないように。土方さんの瞳をまっすぐにみつめ発した言葉。

 わたしの瞳になにをみたのか。土方さんはそれならばと、また文机に向かった。

 仰向けに寝転がり、そのままごろりと障子を背にする。落ちるため息は仕方のないことだと思ってもらいたい。

 何度も寝返りを打ち、最後にはうつ伏せになった。さらしで潰した胸が、余計に潰されて少し苦しい。

 足を数度持ち上げてはたたみへ打ち付けたのち脱力したわたしに、土方さんから鬱陶しいと追いだされてしまった。

 せっかくの非番だというのに、こうも暇だとなにをしてよいのかわからない。

 自室に戻ったわたしは、またごろりとたたみに寝転がった。

 数人の隊士たちの話し声。行き来する足音。きしむ廊下。

 子守唄のようなそれらに、徐々にまぶたが重くなっていく。逆らわず目を閉じると、すぐに眠ってしまった。

 温かい湯の上を浮かんでいるような、不思議な心地で目を覚ました。いつの間に寝てしまったのだろう、せっかくの非番だというのに、昼寝で潰れてしまっただろうか。

 ぼんやりとする頭でまぶたを持ち上げると、見憶えのある着物。ゆるりと視線を上げるが、身動きがとれにくい。

 その場でまわるように仰向けになると、まぶたを伏せた平助が目に入った。

 どこに寝かされているんだと目線を動かす。どうやら平助の膝の上に頭が乗せられているようで、慌てて起き上がろうとした。

 ちょうどそのとき。うつらとしていた平助も目を覚ましたようで、その右腕で阻止されてしまった。


「な、なんでこんなことにっ」

「まあまあ、いいじゃん。いままで我慢してたんだから少しぐらい、な?」

「我慢……?」


 失言だったと口を押さえた平助だったが、困ったように苦笑して前髪をなでる。

 あの甘味処の帰り道での発言は、山崎さんへと嫉妬。知られてしまったものは仕方がないとしても、わざわざ山崎さんにいわれた通りみせに行く必要はあるのかと思っていたことも告白してくれた。

 それほど想われていたのかとほほがゆるむ。

 怒った表情を作った平助に鼻をつままれ妙な声がでると、顔をみあわせてどちらからともなく笑った。


「それはそうとさ、明日ようやく暇が重なるだろ? 近ごろ忙しなくてなかなか時間もなかったし、よかったら町にでもでないか?」


 照れ隠しにほほをかきながら問う彼。断る理由などない。うれしいぐらいだ。

 ゆるむほほをそのままにうなずくと、平助もうれしそうに笑ってくれた。

 と、そのとき。平助を呼ぶ、なんともやる気のない声が外からひびいた。顔をみあわせたわたしたちが体制を変えようとした瞬間、障子が開く。

 起き上がる寸前でとまったわたし。膝を抜こうとわたしに半分被さるような体制の平助。そして、それをみて固まった声の主は、一度無言で障子を閉めた。

 しばしの間部屋の外と内の刻はとまる。

 最初に動きだしたのはわたし。起き上がり、そそくさと刀の手入れをはじめた。

 次に平助も文机に向かいはじめる。

 そこでようやく障子の向こうでも刻が動きだしたようで、いま一度ひびいたやる気のない声とともに障子が開いた。


「藤堂組長ー、夕餉前に一度傷口みせてもらえます?」

「……なんか、最近おれに対してだけやけにやる気なくねぇか?」

「まあまあ。やることやっとるんやし、文句いわんでください」


 だいぶよくなってきているとはいえ、未だ薬を手放せない傷を確認していた。

 それを横目にみながら、なにごともなかったように刀の手入れをしている。ようにみえて、実はものすごく動悸がしている。

 あんな体制をみられたなど、羞恥のあまり倒れてしまいそうだ。

 ほほに集まりそうになる熱をどうにか抑えつつ、ひたすらに総司の魂を磨いていた。

 なんだかんだと仲のよいふたりの会話を聴いているうちに、みられてしまったという照れくささが治まっていく。

 そもそも、平助はなんとも思っていないのだろうか。そんな疑問すらでてきたほどだ。

 平助がいつものようにからかわれることもなく。だが、最後にちらりとみえた山崎さんの愉しげな笑みにいやな予感が浮かんだ。

 夕餉も済ませ汗も流したわたしたちは、明日の予定について話していた。

 近ごろはどちらかが非番だとどちらかの隊務が忙しなく。どちらかが昼の巡察当番だと、どちらかが夕刻の巡察当番。といった具合に、見事にすれちがいを起こしていた。

 だが明日は珍しく巡察当番が重なっているため、ふたりとも夕刻まで暇ができたのだ。

 久方ぶりにともに隊務に参加できること。そして、ともに町にでれることが素直にうれしい。

 互いにゆるむほほを抑えきれないまま、明日になるのがたのしみで仕方なかった。


「で……。なんであんたまでいるんだよ、山崎さん!」

「まあまあ、ええやないですか。おれもちょうど珍しく非番もろうたし、用もあったし」


 平助をからかう笑顔。これはもう昨日の一件で仲を察したにちがいない。

 それをからかうためについてきたといっても過言ではないのだろう。

 そんな山崎さんに噛みつく平助。笑顔でのらりくらりと躱す山崎さん。わたしにとっては平和の象徴にみえた。


「もー、山崎さん邪魔!」

「邪魔てなんやねん、ひどいいい草やな! 恋仲でもあるまいし」


 苛立ちのままに口にしたような言葉だったが、いたずらな笑みを浮かべた山崎さんの真っ当な返しに言葉をつまらせる。

 不満げに唇を尖らせた平助に笑みがこぼれた。

 ふと視線をやると懐かしむような山崎さんの表情がみえて、不思議に思いながらも笑みが深まる。


「な、沖田組長はいややないですやろ?」

「え、わ、わたしに振りますか?」

「はっきりいってやれよ!」

「ええー……。まあ、いやかいやではないかと訊かれたら、いやではないですね。兄上のように思ってますし」


 ふたりで話していたはずが、なぜかわたしに振られたこの話題。

 どう答えろというのかと思案したものの、ふたりに挟まれ困ってしまった。

 実際いやであるはずもないし、平助には悪いが本音をいわせてもらおう。

 してやったりの山崎さんと、不満顔に磨きがかかった平助。ふたりの掛け合いは留まることを知らなかった。

 立場的にも立ち位置的にも真ん中に挟まれているわたしだったが、我関せずとまではいかなくとも聴き役に徹していた。と、いうか、また挟まれるのはごめんだ。

 半分ほど聴き流していたわたしだったが、ふいに上腕を掴まれそちらをみる。

 平助がすっかり貼りついてしまった不満顔のまま、わたしを引き寄せていた。


「山崎さんはおまえのこと知ってるんだし、いってもいいよな?」

「え、なんのこと?」


 すっかり上の空だった。

 首をかしげたわたしに呆れた表情をみせたのは、平助だけではない。

 それに角度を増したわたしの首だったが、山崎さんに手招きをし、狭い路地に連れて行かれた。

 山崎さんが大通り側。壁になっている状態で、平助はわたしに抱きつく。

 目を丸くするわたしをよそに、胸もとの着物を引っ張るようにして唇を寄せられた。


「な、な……っ!」

「山崎さん、おれたち、こういう関係になったから。手、だすなよ?」

「わざわざみせつけんでも、そんなん昨日のでわかっとったわ」


 ほほに集まってくる熱。すぐに離された唇。

 わたしの顔を隠すように抱き寄せられたまま、平助は山崎さんへ顔を向けた。

 完全にわたしの混乱は蚊帳の外だ。


「やっぱりわかってて邪魔してたのかよ!」

「若い子らの恋路って、からかうの楽しいんやもん」

「いい歳したおっさんが“もん”とかいってんじゃねぇ!」

「おっさんやと!? 大人の魅力がわからんのか、このクソガキは!」

「はぁー? そんなんわかりたくもないね! おれにはこいつがいればいいんだから」

「──ああ、もう、はいはい。ごっそさんでした。からかうつもりがすっかりあてられてもうたわ……」


 ものすごい勢いではじまった掛け合いは、平助の言葉に呆れた山崎さんが折れた形で終結した。

 背丈の問題から、抱きしめられたままで会話をされると若干腰が痛む。

 離れようと思えば離れられるのだが、心底大切なものを扱うような腕の力に、離れることはできなかった。

 それでもなんとか山崎さんを視界にいれることができたときには、後頭部を掻きながら去って行くうしろ姿。

 そしてようやくわたしは解放された。

 少し肩を押され、ゆるりと離れた身体。近い位置で視線が交わる。

 先ほどの口づけのせいか、平助の真剣な眼差しのせいか。速いが心地よい鼓動がわたしの中でひびいていた。

 ほほに手が添えられる。行き交う人々にみられてしまうかもしれない。そう思いながらも、空気には逆らえなかった。

 丁寧に重ねられた唇。そこからは、ようやくふたりになれた、と彼の気持ちが伝わってくるようだ。

 吸いつくように離れたそれが、名残惜しかった。


「……乱暴にして悪かった」


 そんな風に目線をそらしていわれたら、なにもいえない。

 つまる胸。そこから溢れてくるこの気持ちが、“愛しい”というものなのだろうか。

 頭で考える前に身体が動いていた。わたしより小さなその身体を抱きしめると、気持ちはとめどなく溢れてくる。


「平助……好きです。すごく、好いてます」

「え、な、なに。どうしたんだよ?」

「“好いてる”だけじゃ伝えきれない……」


 我を忘れたように彼の髪にほほを寄せていた。

 立場は逆転。今度は、困惑する彼の気持ちを、わたしが置き去りしている。

 わかってはいてもとめられない。先ほどの平助も、こんな気持ちだったのだろうか。

 ようやく離れたころには、彼にすっかり顔を紅くしていた。

 見上げられた瞳はずっと胸に押さえられていた苦しさからか、はたまた照れからかうるんでいる。この表情は正直反則だ。

 胸を撃ち抜かれるほどの衝撃をなんとか耐え、前髪にほほを寄せる。

 さすがに唇を重ねることはできない。これが精一杯だ。

 呆気にとられている平助に照れ隠しに笑ってみせる。へらりとゆるんだほほをすぐに引き締めた彼は、わたしの腕を引き路地を抜けだした。

 刻にしてみればほんのわずか。腕を離されても自然と近くなった気のする距離と、先ほどまでの空気に、これが幸せかと噛みしめていた。

 美味だと評判の甘味処へつくと、なにやら見馴れたうしろ姿。平助もどことなくいやな顔をしてため息をついていた。


「山崎さん……なんでいるの」

「こっちがいいたいですわ。もう邪魔する気あらへんから、あっち行きぃや」

「すみません、ほかの場所空いてないんです。いいですか?」

「沖田組長がいわはるんなら、しゃあないですね」

「おれじゃだめなの!?」


 さすがは評判の店。すでにほぼ満席で、たまたま空いていたのは山崎さんと同席だった。

 ともかく甘味と茶を頼んだわたしたち。茶をすすっていた山崎さんと平助の掛け合いは、先ほどとなんら変わりはない。

 こうしてみると、ほんとうは面倒見のよいからかい好きな兄と、散々兄にからかわれている生意気な弟のようだ。

 このふたりといると笑みが絶えない。どちらが欠けても、この関係は成立しない。

 組長であるわたしたちの方が給金は多いはずなのだが、山崎さんは快く甘味代をだしてくれた。

 ほんとうにもう邪魔する気はないのだろう。笑顔で別れたわたしたちは、さてどうするかと顔をみあわせた。

 夕刻からは巡察が待っている。あまり長くうろついているわけにもいかないだろう。

 結局その日は山崎さんの背をみる形で屯所へ戻ることにした。またいつでもこうしてでかけられると、なんの根拠もなくそう思って。

 しかし、それからまたしばらくはでかけられることはなかった。

 そのひとつの原因として、わたしがまたもや体調を崩しかけていたことにある。

 風邪を引いてしまったのか、食が少し細くなった気がする。


「こほっ……」

「お春、大丈夫か?」

「うん、大事ないよ。最近少し涼しくなってきたからかなあ」


 ときおりでる咳もまた、平助の眉を下げさせる原因となっていることが切なかった。

 大したことはないと笑ってみせても、実は堪えていることは気づいているのだろう。

 近ごろなんだかんだと忙しくなり、疲れている山崎さんに診てもらうのも気が引ける。そのままただの風邪だろうと、安静にしていることが多くなった。

 そんな中、平助の江戸行きが決まる。

 洛陽動乱の怪我も、完治とまではいかないものの、だいぶよくなった。もともと江戸でほかの道場の寄り弟子だったという平助の伝手を頼る意味でも、彼に隊士募集の白羽の矢がたったのだろう。


「あーあ、お春がこんな状態だってのに江戸行きなんて、ついてねぇよな」

「隊務なんだから仕方ないでしょう。気をつけて。ぶじに帰ってきて」


 前より長くなった寝る前の会話。近づいた心の距離とともに、少しだけ近づいた寝床。

 天井を見上げぼやく平助に、わたしは咳を押し殺してほほえんだ。

 隊務とはいえ、長くなればいつ戻るかわからないのだから、案じてもいるしさみしくもある。

 だがそれはわたしのわがままだ。土方さんとも話した通り、今回の江戸行きは平助が適任。

 わかっているからこそ、こうして笑顔で送ることができるのだと思う。


「……お春は、さみしくねぇの?」

「さみしいよ。笑顔もみるどころか、声すら聴けなくなるんだから。でも、仕方ない。新撰組のためだし、なにより平助が必要とされてる証でしょう?」


 寝返りを打ちこちらへ向き合った平助の表情は、ずいぶんとさみしげだった。

 彼を安心させるため。といえば聴こえはよいが、ほんとうは自分の心の空く穴を知ってほしかった。

 つらつらと流れる言葉に、訊いた本人が照れるのだから世話がない。

 そっと伸ばした手のひらが、彼の指先に触れた。

 手探りのようでしっかりと握り合った指に、目をみあわせて照れて笑う。

 触れ合った場所から伝わるのは、彼の体温だけではない。鼓動とともに温かいものが溢れてくるようだ。

 またぶじに顔がみれれば、それでよい。しばしの間顔がみれなくとも。そう思えた。

 出立の日。四度目の口づけをしたわたしたちは、別々に自室をでた。

 幹部である平助がいなくなることで、わたしたち組長の仕事は少しずつ増えていた。

 なんの陰謀か。出立を見送ることもできず、わたしは昼の巡察へくりだした。

 屯所へ戻れば平助はいない。その事実を受け入れたくなくて、わたしはできるだけ足を進めたくなかった。

 隊士を付き合わせて昼餉をとり、屯所へ戻る。土方さんへの報告のためと廊下を歩く足取りも重たい。

 やる気のない言葉尻に眉をひそめられつつ、報告を終えた。その足で自室に向かうのだが、わたしの通ったあとにはどれほどのため息が落ちているだろう。

 ゆるゆると足を進め、自室へ入る。もとより殺風景な場所ではあったが、いまはよりそう思ってしまう。

 むりやりに刻をかけて防具を外す。頭ではわかっていても、心は平助の声を待っていた。

 すべての防具を外し終えると、とくに用もないのに自室を飛びだした。

 人気のない寒々しい部屋にいたくなかったのかもしれない。

 縁側に座ってみたり、当番でもないのに源さんを手伝ってみたり。隊士たちの稽古へ参加してみたり。

 行動を起こせば気は紛れると思っていたが、どうやらそう簡単でもなさそうだ。

 落ちるため息が咳に変わった。

 寝床に入る刻を引き伸ばしに引き伸ばす。

 のぼせるほどに長く風呂に入り、体調が芳しくないというのに縁側に座って髪を拭く。

 平助がいたら叱られてしまいそうだが、どうしても彼のいない部屋にはいたくないと、心が叫んでいた。

 それでも、着々と刻は進む。

 寝床に入らねばならない刻となり、渋々いつもの場所に布団を敷く。当たり前ながら、となりには畳が広がっていた。

 いつもより広く感じる、静かな部屋。外からは大部屋の隊士や虫の声が聴こえるが、ほしい声は聴こえない。

 ようやく、したくなかった実感をする。

 平助が、江戸へ旅立った。

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