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R-001  作者: 白宮 安海
第一章 自由を求む暴発
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第1話「N-905」

 


  気がつけば廃墟に寝転んでいた。頭上には赤く錆びた鉄骨の群れが、交差を成して存在しており、天窓から暖かい日差しが伸びている。記憶も朧気なまま、自分の体が浮遊している感覚に陥った。

 死後の世界にいるのではないかとも思った。無防備に上体を起こすと鈍い痛みが脇腹に走り、顔面を萎めて渋い顔を浮かべそこを手で抑えた。

「いて」

  上肢の痛みからここが現実世界なのだと覚醒しだす。記憶をほじくり返す。何か薬を打たれたのか、鈍っていた脳が徐々に過去の記憶を浮き上がらせるとネオは、ひっと声を上げ、頭を抱えて腹の奥から叫んだ。

「ア、ア…うわあああああ!!」

  悪夢のような恐ろしい惨事が頭の中に垂れ流れてくる。

「トルネ!トルネ!」

  背中に刺された傷から血を垂れ流す光景。自分を嘲笑う歪んだ魂のない友の顔。その二つの残酷な絵が交互に自分の脳内を蝕む。

  夢であってくれ。そう叫び願う度に痛む腹の感覚が、無残にも現実だと己を追い込む手助けをした。


  陽の光があるのにネオの頭の中は忌々しい雨音で満たされた。振り払う気力もなく、そのまま頭を垂れていると「気がついたのデスね?」と、抑揚のない機械的な声が話しかけてきた。 顔をばっと引き上げ警戒態勢をとろうと、銃に手を伸ばした。しかし、銃はおろか上部の衣服すら着ていない。よく見てみると上半身には包帯が巻かれ、傷の手当が施されている。

「ソレは危険ナノデ、(わたくし)ガ預からせて頂きマシタ」

  古い型の──恐らく合成金属素材の──ロボットが奥の影から現れてきた。それは何ともひょうきんな顔の造りをしていて、ネオは任務でこんな型のロボットを見た事がなかった。

  ネオは後退ると、近くにあった木の枝を拾い上げ応戦しようとした。最悪だ。この状況で、最も忌み嫌うものに遭遇するとは、なんてツキがないんだ。

「くっ....、俺を殺す気か?」

「イイエ。まさか。とんでもとんでもございません。私は──」

「テメェの言うことなんか信用出来るか!!」

  嘲り笑うかのようなあの赤い目が頭に思い浮かんで、ネオは、右の掌を目前の機械へと翳した。しかし踏んばってもどう足掻いても、力は湧いてこない。おろか、右腕に耐えられない位に痛みが走った。


「っ、クソ!クソ!」

「あの、あまり無理をなさらない方が」

「うるせぇ!ロボットが俺に話しかけるんじゃねえ!」

「ハ、ハイ!かしこまりました。少々静かにしておりマス」

「早く、あいつを、あいつを探しに行かねぇと」

  だが、体を少しでも動かすとぎしぎしと内部が軋んだ。ロボットは静かにネオの元から一旦退くと、向こう側から水を器に入れて持ってきて差し出した。確かにどうしようもなく喉が乾いていた。ネオは不本意ながらロボットの手から水を一杯奪い取り、それから一気に喉へ飲み下す。

「もしかして、お前が治療してくれたのか?この怪我…」

 と、尋ねてもロボットは黙り込んだままだったので、ネオは「喋れ」と許可をした。すると両方の眉をぐんと上にあげて笑顔のような表情をした。

「ハイ。怪我をしていたので私めが治療させて頂きマシタ」

「そうかよ」


 喉の乾きを潤したところで、ネオは「いちち」と、痛みを抑えながら立ち上がった。

「どちらへ行くのデスカ?まだ怪我は治っておりマセン」

「決まってんだろ。あの野郎を探して懲らしめに行くんだよ!」

「少し休んでからでは駄目なのデスカ」

 ネオは左手で制止の言葉を振り切った。

「駄目なんだよ!早く見つけねぇとどんどん奴の犠牲が増える。あいつは、もう昔のあいつじゃねぇ」

「事情は分かりマセンが、そういう事なら私もお供をさせて下さい」

「おい、何で俺がロボットなんか連れて行かなきゃならねえんだ」

「私も探しているからデス」

「何を」


「夢の正体を」

 ロボットはそう言った。しかしネオは下らないと頭の中で一蹴した。

「夢?はっ!俺は一人で行くぜ。おいロボ公。服と武器を持ってこい」

「かしこまりマシタ。デスガ、その前に私を連れて行くと約束して下さい」

「ロボットのくせに、人間に提案するのか?」

「これは交換条件デス。こんな古い型のロボットが一人歩いていたアカツキには、通報され廃棄されてしまいマス。なので人間である貴方の助けが必要なのデス。私は修理、治療、計算などで必ず貴方の役に立つでしょう。なのでどうかこの哀れなロボ」

「あー、ストップ!わーったよ。その代わり妙な真似したらすぐにお前を壊すからな」

「ありがとうございマス。マスター」

 礼を言うと人間のように律儀に頭を下げた。

「マ、マスターぁ?その呼び方はやめろ。俺の名前はネオだ。お前の主人じゃない」

「分かりマシタ。ネオ」

「まだ信用したわけじゃないねえからな」と、ネオはロボットに背を向けながらピアスに触れコンピュータを起動する。しかしERRORと表示され、何度動かしても使い物にならなかった。

「チクショウ。このフーテンが」

 ネットが起動できないとなると、ギデオンも呼べないことはおろか、仲間の居場所さえも分からない。

「私が修理して差し上げましょうか?」

「出来るのか、そんなこと」

「私はこう見えて高性能なロボットデスので」


「お前俺を何でこんな所に連れてきたんだ。それにあんなところに、何でいたんだよ」

「あそこに居たのは単なるマグレです。さっきも言ったとおり私は夢の正体を探していたところ、怪我をしている貴方を発見した。私は貴方の生命力があと数%と判断し、人間に見つからぬこの場所まで連れてきて治療をシマシタ」

「ここはどこなんだ」

「ここは人間に棄てられた土地。なので私達のような棄てられたロボットがここへ来マス。私は壊れたロボットをこの場所で修理していマス」

 と言うと、地面に積み上がった瓦礫からオンボロの機械の玩具が顔を出した。それから他の瓦礫からも、何体も汚れて破損状態の機械たちが覗いている。

「ここの者達は人間に壊され、棄てられたロボット達デス」

  人間であるネオを不信に、だが興味のあるように全員が注目していた。ネオは心の中でゾッとするな、と唱えた。

  このまま意地を張っていても、のたれ死ぬだけだ。こんなロボット達と同じ墓で眠るのだけはごめんだ。そう思うと、苦しくもピアスを外し、その精密な機械をお喋りなロボットへ差し出した。

「本当に直せるんだろうな。壊すのだけは絶対に許さねえぞ」

「ええ勿論デス。私は修理の腕は確かなのデスよ」

「なら少しの間預けておく。俺は外で空気でも吸ってくるから」

「ハイ、行ってらっしゃいマセ」


 ネオは廃墟の外へと出て、肺いっぱいに息を吸った。穏やかな午後の空気の味だった。ここは殆ど整備がされておらず、辺りに苔むして骨格のさらけ出た廃墟が建ち並んでおり、植物も生い茂っていた。

  都会では滅多に見かけない緑にネオは足を惹かれた。長く伸びるツタに手を触れようとすると、急に振動が震えた。

「何だ」

  警戒して一歩距離を取ると、緑の群れの中から鋼の大きな翼を持った巨大な鳥がやってきた。機械鳥──。その大きな身体にネオは思わず尻餅をついた。

  「うわっ何だこいつ」

 機械鳥は喉奥を震わせてクルルと鳴いた。それから鳥らしい仕草で以って、ネオに近寄った。

「寄るな!」

 ──餌にされる。ネオはそう覚悟したが、機械鳥は攻撃することもなくネオに、自身の頭を擦り寄せた。羽根以外は全身鳥毛なので、その感触はとても柔らかかった。

「何すんだよ」

  ネオは嫌な顔をして睨んだ。

「その鳥は人間に懐いていマス」

 と、お喋りロボ公がやって来て言った。

「貴方を連れて行こうとした際、その鳥が背中に乗せてくれマシタ。私は恐らく、その子の翼が大昔、人間によって機械に変えられたモノだと思っていマス」

「ひでーな…」ネオは呟いたが、ロボ公は否定した。

「救済処置だったのではないかと私は思いマス。彼がまた大空を飛べるように──。さてネオ。お預かりしたモノの修理が完了致しマシタ」

「随分早いな」

「プログラム通り組み立て直しただけなので。どうぞ」

 ロボ公はネオにネットピアスを差し出すと、それを受け取って耳に早速装着してみた。指紋認証で起動させると、問題なく作動し始めたため、ほっと胸を撫で下ろした。それでもまだロボットに礼を言うのは癪だった。

  通信履歴が何件も届いている事に気がつく。仲間からのものだった。それはそうだ。今頃探しているに違いない。それからまた新しく通信がやってきたので、ネオは急いで応答した。

「こちらネオ!」

「ネオ!!やっと繋がった!今どこにいるんだい。心配したんだぞ」

  画面に浮かぶのはリックの姿だった。仲間の顔を見て、急激に息を吹き返した心地になった。

「悪い。早い所そっちに戻る。ギデオンを呼んで…」

「ああそうしてくれ。皆待ってる。それから統帥からもお呼び出しだ」

「だろうな。大丈夫だ。寄り道せずに向かうから」

  通信を切ると、ロボ公へ振り返った。

「行くのデスね。あちらに服と、それから…コチラは渡したくないのデスが、武器も置いておきマシタ」

「分かった。そろそろ俺のギデオンが着く頃だろう。お前も一緒に来い」

「いいのデスか」

「不本意だが俺は約束は守る男だ」

「ありがとうございます、ネオ。しかし申し上げにくいのデスが。私の名前はお前ではありマセン」

 眉をひそめて、「じゃあ何なんだよ」と聞く。

「私の名前は、N-905デス」


  ギデオンが空を駆け抜けて到着したのはそれから10分後の事だった。ネオはそれまでに準備と、ルウに倣って精神統一をしていた。これから生きるか死ぬかの戦いが起こる。そう体が直感していたからだ。

  形態を2シートに変化させると、後ろにN-905を乗せる。乗ったあと、ロボットにヘルメットの着用はいるのかと考えたが、すぐに下らんと跳ね除けた。金の翼を瞬かせて、メイン地区へ向かって空走路を走らせる。後部座席から鳴る下手くそな歌声にうんざりして眉を顰めた。


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