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R-001  作者: 白宮 安海
最終章 Thanks Future
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プロローグ 「正義と武器」

 

  幸福に形が見えるとすれば、それはとても柔らかく美しく、光り輝き、触れば溶けてしまいそうな感触がするだろう。しかし幸福は目にも見えなければ、触れることも叶わない。

 

  ネオにとって幸福は、母ミリアが料理を作っている後ろ姿だ。エプロンを腰に巻いて後ろでリボンを結い、長く黒い巻き髪は、自慢の鼻歌と共に小刻みに揺れている。太陽が空を焼かす夕刻、包丁でまな板を叩く音がとんとんと響き、その横では鍋が湯を沸かす音が小さく鳴っている。

  その音をかき消すように、ビビビビ!っと5歳の少年らしい、遠慮のない声を発しながら光線銃を構えるネオ。それは元軍人であった父の真似事だった。

「悪いロボットめ!正義の前に倒れろ!ビビビビ」

  当然、ネオにとって今目の前には本当にロボットが存在しているつもりであったから、一生懸命声を張り上げ、身を床に転げたりと、見えない何かと攻防を繰り広げるのだった。


  そんなネオを、優しいミリアは振り返り眉を下げながら言った。

「ネオ、お父さんの銃はオモチャじゃないの。危ないからしまいなさい」

  母の言いつけを他所に、まだ見えない敵と闘っている我が子に痺れを切らし、ミリアは料理の手を止め、ネオに近寄ると両の肩に手を置いた。その場でしゃがみこんでは視線を捕まえながら母としてこ言葉で言い聞かせる。

「ネオ、お母さんの言う事を聞きなさい。それは武器で正義なんかじゃない。本当の正義を知ってるの?」


 漆黒の瞳の奥に不安が滲んでいた。ネオはその瞳からふてくされたように視線を外した。

「知ってるよ。悪い奴らを倒すことだろ。オレは将来父さんみたいになるんだ」

  それから母の目を射抜くように見て。

「オレがお母さんを守る。お父さんの分もオレがあいつらから守る!」

  母を元気づけようとして自分の胸を力いっぱい叩いて見せた。しかしその言葉は元気づけるどころか、余計にミリアを萎ませるばかりであった。

「正義はね。時にそれ自体が武器になる事があるの。使い方を間違えれば、正義は刃になって人を傷つける事もある。ネオ、よく聞いて。その武器は、本当に大切だと思った時に使いなさい」

「うるさい!お父さんが生きてたらもっと、もっとオレを褒めてくれた。お母さんなんか、嫌いだ」

 奥歯を食いしばって俯く。言った後で少し後悔をしたが後に引けず、ネオは唇と手をきつく結んだ。

「ネオ……」


 ミリアは棚の方へ目を向け、写映に浮かぶ夫カズヤの笑顔を眺める。生前優しく家族思いだったカズヤは、第二次ロボ戦争の軍隊に入隊後、帰らぬ人となった。そんな経験から、ネオには争いのない平穏な一生を暮らして欲しいと毎晩、天国にいる夫に願っていた。それでもネオにはカズヤの正義の血が残酷にも色濃く流れているらしい。


ぐつぐつと鍋が煮立つ音が大きくなる。ミリヤがそれに気を取られて立ち上がろうとした。その時だった。警報が鳴ったのは。家中にウィーウィーと大きな音が鳴り響く。はっとしてミリヤは窓の方へと急ぎ、カーテンを閉めた。それからネオの手を握り「隠れなさい」と言って一緒にテーブルの下に潜り込んだ。

ウィーウィー。警報音の後、窓の外で破壊音が鳴った。すぐ近くにロボットがいる。ネオは心臓が爆発しそうで、息が詰まった。ミリアは大事な一人息子を全身で抱きしめて庇う。ミリアの心臓も、爆発しそうな音を立てている事にネオは気づいた。守らないと。お母さんを守らないと。そう思えば思うほど、緊張で汗が溢れ震えが止まなかった。


外で人の悲鳴がした。きゃああ。女性の悲鳴、その後で男の悲鳴も聞こえてくる。そして恐らく何かが折れたであろう音も聞こえてくる。恐ろしさから二人は、全身の血が凍りついた感覚がして縮こまった。だが本当の悲劇はまだここからだった。

扉をどんどんと勢い良く叩く音がした。すぐ近くに不気味な重圧感を感じる。ひっ!とミリアは両腕に力を込める。

こっちに来るな!ネオはぎゅっと全身を絞りながら神に願った。だが、その願いは一寸のうちに虚しく壊される。扉に金属質な腕が貫通した途端、呆気なく取り外され、縦横無尽に奴は家の中を入り、家の中の物を破壊していく。写映は床に落ち機能を失って、その中のカズヤの笑顔も消滅した。


目に見えなかった幸せの形が次々と破壊されていく。いずれ目の前の呼吸も…そう思うとネオは身震いをした。

黒い機体はキッチンの方へ向かっていった。それから、すっかり煮立って溢れ出る鍋の中を覗き込んで機械の声で呟いた。

「カ…ゾ、ク」

振り返り、ネオとミリアの隠れるテーブルへと歩いてきた。震えは限界に達し、今度は本能が体を駆けのぼってくる。オレがやらなきゃ。みんな死ぬ――。

「動くな!」

軍服を着た男がロボットに銃を向けていた。助かった。一瞬そう思った。ロボットは目に見えない程の速さで軍服の男の首へ、帯状弾性の甲殻型アームを巻きつける。ぐっ!男が喉から苦しそうな声を漏らす。男の首の皮膚へアームは容赦なく食い込んでいくと、派手な音を立てて骨をへし折った。男は泡を吹き、白目を剥くとぴくりとも動かなくなった。


人が殺される残酷な場面を初めて目にした。ネオは恐怖で小便や涙や汗を溢した。次は自分もああなる。その前に母の方かもしれない。今、ロボットの標的は男にある。この一瞬を逃せばチャンスはない。やられる前にやるんだ!!ネオは恐怖を振り払い、惨殺の光景から力の抜けた母の元から抜け出し、銃を握ってロボットの背後をとる。そして素早く指紋認証型トリガーを親指で滑らせ光線を放った。ネオの指紋が登録されていたのは、カズヤの所業だった。


光線銃は勢い良く機体を貫き溶かす。ロボットは少しばかり怯んだだけで、倒れなかった。今度はネオを標的にし振り返ると、アームをぐんと鞭のようにうねらせた。ネオは避ける体勢をとったが、全て避けきる事は不可能だった。上部の帯が腹部に当たると、後方になぎ払われる。床に転がると、内臓が圧迫され息ができず、呼吸の代わりに血反吐を吐き出した。灯りも破壊され、真っ暗な部屋の中で自分の精神だけが灯った。


「ハア、ハア」

――しぬ、オレはここで死ぬんだ。こいつに殺されて。ごめん、お母さん。守ってあげられなくて。

弱々しく呼吸を繰り返す。機体が近づいてくる気配がした。ネオは最後の力を振り絞って銃を握る。手は震えて力は入らない。

――正義って何だったんだ。何も守れてないくせに。


暗闇の中、最後の一弾を食らわす。光が弾けた音をさせて機体を貫く音がし、ネオは意識を手放した。


体中が重く、軋むようだ。瞼をうすら開くとぼやけた景色がそこにある。誰かいる。銀髪の髪に白いマントの男。男の前には大きな機体が横たわっているのが見えた。

「鎮静剤を打ってやったから痛みは然程無いだろう」

と、男は言った。それから続けて。

「よくやった。君の正義は、ひどく美しかった」

男が立ち上がるとネオは涙を溢れさせた。それは男の言葉が身に沁みたからでも、ロボットを倒したからでもない。母を救えなかったからだ。母は、アームに腹を串刺しにされ、血を流しながら息絶えていた。ネオは声にならない泣き声をあげた。世界に轟くかのような声で泣いた。

男が近づいてきて、顔を覗きこむ。目元を覆うレーザーゴーグルが無機質な印象だった。どうでもいい。全てどうでもいい。ネオは男の顔の、どこだか分からない場所に焦点を当て、感度の鈍い頭でそう呟いた。

「憎しみは美しい武器になる。私の元で生きろネオ。奴らを憎んで生きるのだ」


今日、生きる理由が死に。そしてまた生きる目的が出来た。新しい命が小さく悲鳴をあげる。


プロローグ 終

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